「海角七号」と「神舟七号」。
昨日立てたスレに
【台湾】映画『海角七号』の売上が『ラスト、コーション』を抜く この10年で最もヒットした台湾映画に[10/04]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1223135884/
というのがあるんですが、このソースの中にあった「電影公司保證「兩條絕對沒有剪掉」,拿回家可以彈。」という意味が最初はさっぱりわかりませんでした。なんで映画会社がそんなことを約束するんだろう?ってね。しょうがないので直訳して「映画会社は「その2本は絶対に切ることが無い」と家に持ち帰っても弾けることを保証している。」としたんですが、今日たまたま観た予告編でその意味がなんとなくわかる場面が映ってました。気になる人は以下のリンク先から。
ニュースにもあるとおり、過去10年で台湾映画最大のヒット作となった海角七号(海角七號)。いわゆる國語(中国語)のほか、日本語、台湾語も入っていて、海に浮かぶ島国台湾ならではの歴史的経緯や文化を象徴しているような感じです。ストーリーも、やれ日本統治時代がどうだとか日台友好がどうだとかを抜きにして面白そうだしね。二つの異なる時代やぞれぞれの時代で繰り広げられる話をどう結びつけるのか、かなり気になります。日本でいつ公開されるのかな。
ちなみに、よく見かける「海角七号ってどういう意味?」だけど、別にロケットの名前でも周星馳でも(それは違う映画)漫才コンビの名前でも(古っ)合成着色料の名前でもなくって、住所の地番のことです。「○号」っていうのが「○○番地」に相当するんです。「港町十三番地」(これまた古っ)なら、向こうでは「港町十三号」って表記するっていうわけですね。んーと、この程度ならネタバレにつながらないよなあ(観てないけど)...。
さて、一方で大陸では同じ七号でも9月25日に打ち上げた「神舟七号」がそれなりに話題になったみたい。もっとも、東亜+では船外活動の映像でいろいろ言っているみたいですね。素人が台湾の政治やら経済やらを取り上げて好き勝手に言っているこのブログですが、科学技術とか映像技術とかってもっとよくわかっていないので、おいらからはノーコメントで。不得手な分野を得意げに語るほどおいらは度胸がないので。
なので、あえて打ち上げの時の動画を貼ってみたりして。
ほぼ同時期に台湾海峡の両側で話題になったそれぞれの「七号」、かたや過去から現在に至る道を照らし、かたや科学技術の粋を集め未来に向かうものなのは面白いよね。しかも、それを意図しているかどうかは別として、それぞれの国のアイデンティティにつながるものだからなおのこと。
と、ここで「あれ?」と思った人もいるかと思います。台湾の自由時報が29日に(イギリスのガーディアン紙の記事をほぼ丸写しなんだけどさ)伝えたこの記事のように、中国の「七号」が当局の意図しているように国威の発揚や国民の希望につながるものとは必ずしも言えそうにありません。
【中国】「神舟七号」の成功に国民の反応は? 宇宙に投じられる大金より日々の生活に関心[09/29]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1222657895/
この二つの「七号」は、比べてみるとけっこう面白いのでいろいろ書いてみようかなって思ったら、上の元ソースである29日の自由時報(「自由談」っていうコーナー)に「海角與神舟」というちゃんとした記事があったので、それを訳すことにします。「ニュースかどうか」っていう点で東亜+には立てられないしね。うーん、またしても台湾の人に先を越されちゃった。あはは。
この内容、さすが自由時報と言うべきか、内容はかなりの中共バッシングになっています。海角と神舟を比べるというところからここまで持っていくのは、読んでいて若干引き気味になるくらい。やりすぎて「台湾のやっかみじゃないか?」って言われそうなくらいだもん。とはいえ、本質的にはおおむね同意かな。
確かに科学技術の向上が国民に夢を与えるっていうのは、いくら1980年代生まれのおいらにだってわかります。けれど、中共の言うその「誇るべき偉業」が、誰が誰に対して誇るべきものなのかと言うと、おそらく13億の中国国民の大多数の人がその主語に「我们(あるいは我们中国人)」という言葉を心の底からは使わないと思う。「多くの人が見た」という点でも共通なこの二つの「七号」、果たしてCCTVで観た人と映画館に足を運んだ人のどちらの生活と心を豊かにするだろうって考えると、(海角七号をまだ観てないのに偉そうだけど)やっぱりなんだか複雑な気分になります。
前置きが長くなったけど、上に書いた29日の自由時報、「自由談」の記事を訳したものを貼ります。
例によって誤訳あったらマジでごめん。でも謝罪はするけど賠償はしませんのであしからず。
そして、なにより早く日本でも公開されることを願っています!
海角と神舟
---
台湾には「海角七号」があり、中国には「神舟七号」がある。
両者はどちらも「七号」ではあるけれど、海角は人々の生活の中にあり、神舟は天空の彼方にある。
我々の海角七号は、無名の人物が日々の暮らし、思ったこと、仕事について綴った郷土の詩だ。
一方、彼らの神舟七号は、毒粉ミルクや悪意に満ちた商品、政治的権力の網が広がり、
一面の災禍に覆われた中国の大地が苦心して作り上げたあまりに漠然とした天に昇る神話だ。
海角の大ブームはごうごうと騒がしいが、人々の心の声であり叫びだ。
しかし、神舟が大空へ飛び立っても、それは統治者の飛龍在天、唯我独尊を意思を示したにすぎず、
人々はただ天を仰いで大きなため息をつくだけだ。
民主はあたかも混乱のようであるが、混乱の中にも秩序はある。
人々の生活は普遍的な世の中の価値によって作られた制度の中にあり、
生き生きとした一人の人間を育んでいる。
専制政治はあたかも安定しているようであるが、崩壊の危機はその中に潜む。
長い年月エネルギーを溜め込んだ火山に座っているかのように、
いつでも溶岩が噴き出して大地を壊滅することがありうるのだ。
民主は神話を求めていないし、壮大な象徴も求めていない。主役は生きたままの一般市民だからだ。
少数の権力者がたとえ一時権力を掌握しようとも、歴史の舞台の上では端役にすぎない。
専制体制では、統治者の地位は神に等しい。
雲の中に座り、献上品の机を置いて、人々が願い跪くさまを見受けるのだ。
そして見渡す限りの大地を支配し、人々は取るに足らない存在であるかのようだ。
中国の改革開放の初期、映画の題材には多くの一般市民の話が
取り上げられ、一種の「しっかり生きよう」という意思が表われていた。
一般市民は強固で打ち破ることのできない独裁政権の対照として描かれ、
道端で人に踏まれるような雑草のように低い立場のようだが、
かえって比類なき強靭な生命力をあらわにしていた。
こうした映画は小作品であったが人の心に触れるものであり、現在の中国映画のようではなかった。
雄大な自然、千軍万馬、宮殿、豪華な衣装を取り除いたら、いったい何が残るというのだろうか?
台湾は海角にあり、中国は空の果てにある。
我々は他の人々と同じに立ち、彼らは神と同等でありたいと願う。
この二つの国家をどのように見ても、同じ国だとはとうてい言えない。
★ ソースは、自由時報 [台湾] とかから訳。
http://www.libertytimes.com.tw/2008/new/sep/29/today-f1.htm (中国語・繁体字)
【台湾】映画『海角七号』の売上が『ラスト、コーション』を抜く この10年で最もヒットした台湾映画に[10/04]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1223135884/
というのがあるんですが、このソースの中にあった「電影公司保證「兩條絕對沒有剪掉」,拿回家可以彈。」という意味が最初はさっぱりわかりませんでした。なんで映画会社がそんなことを約束するんだろう?ってね。しょうがないので直訳して「映画会社は「その2本は絶対に切ることが無い」と家に持ち帰っても弾けることを保証している。」としたんですが、今日たまたま観た予告編でその意味がなんとなくわかる場面が映ってました。気になる人は以下のリンク先から。
ニュースにもあるとおり、過去10年で台湾映画最大のヒット作となった海角七号(海角七號)。いわゆる國語(中国語)のほか、日本語、台湾語も入っていて、海に浮かぶ島国台湾ならではの歴史的経緯や文化を象徴しているような感じです。ストーリーも、やれ日本統治時代がどうだとか日台友好がどうだとかを抜きにして面白そうだしね。二つの異なる時代やぞれぞれの時代で繰り広げられる話をどう結びつけるのか、かなり気になります。日本でいつ公開されるのかな。
ちなみに、よく見かける「海角七号ってどういう意味?」だけど、別にロケットの名前でも周星馳でも(それは違う映画)漫才コンビの名前でも(古っ)合成着色料の名前でもなくって、住所の地番のことです。「○号」っていうのが「○○番地」に相当するんです。「港町十三番地」(これまた古っ)なら、向こうでは「港町十三号」って表記するっていうわけですね。んーと、この程度ならネタバレにつながらないよなあ(観てないけど)...。
さて、一方で大陸では同じ七号でも9月25日に打ち上げた「神舟七号」がそれなりに話題になったみたい。もっとも、東亜+では船外活動の映像でいろいろ言っているみたいですね。素人が台湾の政治やら経済やらを取り上げて好き勝手に言っているこのブログですが、科学技術とか映像技術とかってもっとよくわかっていないので、おいらからはノーコメントで。不得手な分野を得意げに語るほどおいらは度胸がないので。
なので、あえて打ち上げの時の動画を貼ってみたりして。
ほぼ同時期に台湾海峡の両側で話題になったそれぞれの「七号」、かたや過去から現在に至る道を照らし、かたや科学技術の粋を集め未来に向かうものなのは面白いよね。しかも、それを意図しているかどうかは別として、それぞれの国のアイデンティティにつながるものだからなおのこと。
と、ここで「あれ?」と思った人もいるかと思います。台湾の自由時報が29日に(イギリスのガーディアン紙の記事をほぼ丸写しなんだけどさ)伝えたこの記事のように、中国の「七号」が当局の意図しているように国威の発揚や国民の希望につながるものとは必ずしも言えそうにありません。
【中国】「神舟七号」の成功に国民の反応は? 宇宙に投じられる大金より日々の生活に関心[09/29]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1222657895/
この二つの「七号」は、比べてみるとけっこう面白いのでいろいろ書いてみようかなって思ったら、上の元ソースである29日の自由時報(「自由談」っていうコーナー)に「海角與神舟」というちゃんとした記事があったので、それを訳すことにします。「ニュースかどうか」っていう点で東亜+には立てられないしね。うーん、またしても台湾の人に先を越されちゃった。あはは。
この内容、さすが自由時報と言うべきか、内容はかなりの中共バッシングになっています。海角と神舟を比べるというところからここまで持っていくのは、読んでいて若干引き気味になるくらい。やりすぎて「台湾のやっかみじゃないか?」って言われそうなくらいだもん。とはいえ、本質的にはおおむね同意かな。
確かに科学技術の向上が国民に夢を与えるっていうのは、いくら1980年代生まれのおいらにだってわかります。けれど、中共の言うその「誇るべき偉業」が、誰が誰に対して誇るべきものなのかと言うと、おそらく13億の中国国民の大多数の人がその主語に「我们(あるいは我们中国人)」という言葉を心の底からは使わないと思う。「多くの人が見た」という点でも共通なこの二つの「七号」、果たしてCCTVで観た人と映画館に足を運んだ人のどちらの生活と心を豊かにするだろうって考えると、(海角七号をまだ観てないのに偉そうだけど)やっぱりなんだか複雑な気分になります。
前置きが長くなったけど、上に書いた29日の自由時報、「自由談」の記事を訳したものを貼ります。
例によって誤訳あったらマジでごめん。でも謝罪はするけど賠償はしませんのであしからず。
そして、なにより早く日本でも公開されることを願っています!
海角と神舟
---
台湾には「海角七号」があり、中国には「神舟七号」がある。
両者はどちらも「七号」ではあるけれど、海角は人々の生活の中にあり、神舟は天空の彼方にある。
我々の海角七号は、無名の人物が日々の暮らし、思ったこと、仕事について綴った郷土の詩だ。
一方、彼らの神舟七号は、毒粉ミルクや悪意に満ちた商品、政治的権力の網が広がり、
一面の災禍に覆われた中国の大地が苦心して作り上げたあまりに漠然とした天に昇る神話だ。
海角の大ブームはごうごうと騒がしいが、人々の心の声であり叫びだ。
しかし、神舟が大空へ飛び立っても、それは統治者の飛龍在天、唯我独尊を意思を示したにすぎず、
人々はただ天を仰いで大きなため息をつくだけだ。
民主はあたかも混乱のようであるが、混乱の中にも秩序はある。
人々の生活は普遍的な世の中の価値によって作られた制度の中にあり、
生き生きとした一人の人間を育んでいる。
専制政治はあたかも安定しているようであるが、崩壊の危機はその中に潜む。
長い年月エネルギーを溜め込んだ火山に座っているかのように、
いつでも溶岩が噴き出して大地を壊滅することがありうるのだ。
民主は神話を求めていないし、壮大な象徴も求めていない。主役は生きたままの一般市民だからだ。
少数の権力者がたとえ一時権力を掌握しようとも、歴史の舞台の上では端役にすぎない。
専制体制では、統治者の地位は神に等しい。
雲の中に座り、献上品の机を置いて、人々が願い跪くさまを見受けるのだ。
そして見渡す限りの大地を支配し、人々は取るに足らない存在であるかのようだ。
中国の改革開放の初期、映画の題材には多くの一般市民の話が
取り上げられ、一種の「しっかり生きよう」という意思が表われていた。
一般市民は強固で打ち破ることのできない独裁政権の対照として描かれ、
道端で人に踏まれるような雑草のように低い立場のようだが、
かえって比類なき強靭な生命力をあらわにしていた。
こうした映画は小作品であったが人の心に触れるものであり、現在の中国映画のようではなかった。
雄大な自然、千軍万馬、宮殿、豪華な衣装を取り除いたら、いったい何が残るというのだろうか?
台湾は海角にあり、中国は空の果てにある。
我々は他の人々と同じに立ち、彼らは神と同等でありたいと願う。
この二つの国家をどのように見ても、同じ国だとはとうてい言えない。
★ ソースは、自由時報 [台湾] とかから訳。
http://www.libertytimes.com.tw/2008/new/sep/29/today-f1.htm (中国語・繁体字)
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 「海角七号」と「神舟七号」。
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.yauchi.net/mt/mt-tb.cgi/84


コメントする