越すに越されぬ田原坂。

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昨日一昨日の記事に対してやけにたくさんのアクセスがあり、喜ぶべきなのかどうか微妙すぎるところですが、昨日の「昨日はちょっとはしゃぎすぎました。」で取り上げた台湾南部の小村、高雄県甲仙郷小林村の話の続報でも。経緯は書き始めると長いので割愛。っていうか、前の記事がそのまんま経緯を書いてるだけなんだけどね。
例によって中央通訊社の記事から時系列を追って抜粋&翻訳。まずは10日の夕刻のニュースから。

土石流によって生き埋めになった高雄県甲仙郷小林村の住民の家族らは、10日午後、県の捜索救助隊が100人余りの住民を発見し、現在高台の上に避難しているということを内政部から知らされた。県の災害応変センターでは11日にもヘリを飛ばして調査と救援を行うという。

小林村の住民は10日、内政部のある友人から電話による通知を受け、国軍の特殊部隊がヘリによって小林村に入り、附近を捜した結果、大人や子供を含む100人あまりの住民が高台のタケノコ作業所にいるのを発見したという。
小林村の住民は、最近はタケノコの収穫期であるとともに夏休みであり、また父の日にもあたったことから、多くの人が帰郷して休暇を過ごしており、全村で少なく見積もっても500~600人、きっとさらに多くの人が救援を待っているだろうと話している。

小林村で100人以上の生存者を発見 (中央通訊社)


そして一夜明けて11日になると被災地にも救援が入ります。軍のヘリコプターが村に入り、散発的に生存者を発見するのですが、生き埋めについてはなかなか情報が入ってきませんでした。

莫拉克台風による被害は極めて大きい。国防部は11日、午前から陸軍航特隊が次々と救援のために飛び立ち、既に小林村においても被災した住民10人を救出したほか、那瑪夏郷からも8人、甲仙郷から4人を救出し、なおも継続中だと述べた。

国防部によると、陸軍航空特戦指揮部は、6時12分から続々と飛び立ち、46人が高雄県甲仙郷小林村や那瑪夏郷、桃源郷などの被災地に入り、救援活動を行っているという。

国軍、小林村などの被災地に入る 立て続けに22人を救出 (中央通訊社)

中央災害応変センターは11日、国軍特殊部隊が空から被災地に入ったことにより、既に高雄県甲仙郷小林村や那瑪夏郷民族村など5つの村の災害状況を把握するとともに、24人を搬送しているが、救助された被災者が言う大量の村民が生き埋めにされたという現場の状況についてはわかっていないという。

センターによれば、小林村の1隣から4隣までは被災者は見当たらず、国軍が続けてヘリを派遣して空から捜索したところ5隣から8隣で150人の被災者を見つけた。彼らはしばらくの間安全な場所で待っていた。国軍は既に1,300kgの物資を空中投下した。9隣から10隣には2人が救助を待っていた。トンネルで救助を待っていた6人が運ばれた。

国軍、空から小林村に入るも大規模生き埋めの情報は得られず (中央通訊社)

陸軍の13名の特戦部隊が被災者の捜索と救助のために高雄県甲仙郷小林村に入った。11日午前には南峰橋まで前進し、現場から衛星電話を使って報告を行った。それによると、小林国小(小学校)から南峰橋までの広い範囲が既に土石流に埋まっており、人の形跡や建物は見当たらないという。

陸軍航空特戦指揮部の政戦主任、李智雄は「10日14時30分、湯登凱少佐は12人の部下とともにヘリに乗って小林村の被災地に入り、捜索と救助の任務を行った。被災者を捜索し、被災区域を標示し、衛星電話を通じて現場の状況を報告した」と述べた。
李主任によると「部隊は10日にまず36人の被災者を発見し、軽航隊のヘリに連絡して、吊り上げて救助を行った後、旗山国中(中学校)に運ばれた。その後、8号橋、9号橋と前進し被災者の痕跡を探し、今日になって小林国小附近まで進んだ」という。
湯少佐は衛星電話で現場の状況をこのように報告した。「土石流によって埋まってしまった一部の区域は、土石流の土砂が膝まで溜まり全く身動きが取れない。地図上は小林国小となっている場所から、まっすぐ南峰橋まで歩いた一面の範囲には、人の跡も建築物も見当たらない。ほとんど全てが土石流で覆われてしまい、地形と地物の見分けがつきにくくなっている

李主任は「13人の部隊は、現在南峰橋にいる。一昼夜絶え間なく捜索という任務を行ったのはたいへん辛いことであるが、彼らは黄金の72時間というリミットのため、救えるかもしれないいかなる命をも放棄することはできない。なおも被災地区に進んでいる。第二陣の特戦部隊30人と陸戦隊28人は既にヘリに乗って小林村に入り、交代で被災者の救援を行う任務を行う」と述べた。
最初に小林村の被災地に入った湯少佐は、もともと谷関特訓センターの教官で、ジャングルでの戦闘やサバイバルの経験に長けており、今回は特別に任務に選ばれていた。

特戦部隊から報告 小林国小は見当たらず (中央通訊社)


さて、ここで救出された人の中にいた大陸から嫁いで来ていた人の記事でも。

「本当に死ぬかと思ったわ!」
高雄県甲仙郷小林村に嫁いで8年になる大陸福建省籍の林さんは、9日早朝の土石流について、今でも思い出すと怖くなるという。「これまであんなに怖い思いをしたことはなかった」という。

49歳の林さんは、小林村に2人いる大陸配偶者のうちの1人だ。夫と一緒に小林村でモモやグアバ、イモを育て、子供たちは台南市にいる。
林さんは「福建にも台風は来るが台湾のようなものではない。今回、家も車もみんななくなった。今はただ、山の果物たちがどうなっているかが、生計を維持し続けるための頼りだ」と話す。

林さんの家は省道台21線のそばにある。9日6時頃のことを思い出して林さんは、「何日も雨が降り、9日も軒下で天気をうかがっていると、突然向かいの山が『煙を上げて』崩れ落ちた。大量の土や石が旗山渓に落ちた。家に入ると夫を引っ張って後方に走った。振り向くと川の水がさえぎられ、2分も経たずに轟音が聞こえ、大量の土砂と一緒に川の水が家を襲った。裏山に向かって懸命に走った」と話す。

林さんは「運よく高台に登ると、他に42人が呆然と到着した。この時、小林村はもう『廃墟になっていた』。家屋は見えず、かろうじて屋根が見える家がある程度だった。作業小屋の合成樹脂の布で雨を凌いだが、寒さと飢えが襲ってきた。みんなで1羽の鶏を分けて食べ、最後の体力を残そうとした」と語る。
林さんは、山の果物がよりよい未来をもたらすと期待しているが、今回の台風が猛烈な雨を降らせたことにより、無情にも彼女たちの夢は潰えてしまった。

小林村土石流 大陸籍の配偶者「死ぬかと思った」 (中央通訊社)


さて小林村の捜索に話を戻します。現地に入った軍の部隊から、夜になってグッドニュースが舞い込んできます。

軍による高雄県甲仙郷と那瑪夏郷で連絡が途絶えた住民の捜索で、かなりの朗報が入ってきた。陸軍は11日夜、特戦部隊が20時に報告してきたところによると、小林村、民族村、民生村などで救援を待つ約700人の住民を発見したと発表した。

陸軍司令部政戦主任の周彦中は、「特戦部隊の兵士が衛星電話で報告してきたところによれば、甲仙郷小林村の入口から約1km入ったところで、避難していた住民約200人を発見し、水と食料を配布したという。このほか、那瑪夏郷の民族村でも避難していた村民200人あまりを見つけ、民生村でも約300人発見した」と述べた。

朗報 小林村などで救援を待つ700人の住民を発見 (中央通訊社)


12日早朝には、いわゆる「黄金の72時間がタイムリミット」を迎えます。まだまだ何か後手後手に回っている感は否めませんが、できるだけ多くの人が助かってほしいものです。
昨日から小林村の話ばかりしちゃってますが、台湾全体を見渡してみても被害はまだまだ広がりそうです。12日20時時点での集計によれば、台湾全土での犠牲者は、死者62人行方不明者57人負傷者35人(ただしこの中には、救援のために飛び立って消息を絶ったヘリの3人を除く)まで拡大。しかも流れ的にこの数字はここからさらに増えそうだし。
このほか、農業損失額は73億元、観光面でも8億元の損失という推計も出ているし、台南県と台南市では水がめの南化ダムが濁ってしまったために給水体制が取れず、計37万戸に給水制限が取られているなど、今後の生活っていう点でも大きな爪跡を残しています。
本当に月並みなことしか書けないけど、一日も早く元の生活に戻れますように。

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このページは、◆YAUCHInowAが2009年8月11日 20:57に書いたブログ記事です。

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