職務を忠実に行い、国民の福利を増進し。
先ごろ、馬英九総統が八八水災の被災地を巡視した際に、CNNに対して「彼ら(被災者たち)の準備がうまくできていなかった」と答えたことに対し、台湾では批判の声が上がっています。っていうか、批判の対象はそれに限った話じゃないんだけどね。
この発言、文法的には決して間違っていないし、100%被災者が無責かっていうと必ずしもそうじゃない例もありそうだけど、あったとしても所詮その程度。あたかも責任転嫁とも取れる発言に(っていうかたぶんそのまんまその通りなんですけど)、その配慮と責任感のなさに中国時報が15日の社論でブチ切れです。
14日くらいからちょっと方針転換をして、なるべく八八水災のスレを立てるようにはしているのだけれど、あまりに長いのとあまり上手に訳せていないのと、何よりyutori7鯖が落ちているのでこっちに貼ることに。っていうかさ、確かに馬の不手際は大きく目立つんですけど、十把一絡げで馬を叩くあの傾向だけはどうにかならないかなあ。
八八水災も既に一週間を迎え、ここ一両日になってようやく被災地救援の調整が軌道に乗ってきた。しかし、既に救助ための「黄金の72時間」を逸してしまったことは、誰の目にも明らかだ。
過去一週間の大部分の国内世論は、ほぼ実況報道に集中し、救援活動の効率について非難や批評をする者は少なかった。大切なことは全体の情勢に重きを置くことであり、励ましや慰めにより救援活動の効果が増すことを期待する。また、政府と被災者との間に少しでも仲違いないようにし、救援と復興が遅れないようにしたい。こうした気持ちが、大多数の台湾の国民に共通していなければならない。しかしながら、人々を残念な気持ちにさせるのは、民間と世論が一体となって困難な局面に努力している時に、政治家の不適当な行為や発言によってしばしば邪魔されたりぶち壊しにされてしまうことだ。
先日、馬総統は被災地を巡視した際にCNNの取材に対し、「今回の被災地ではこれまでにこのようなことを経験したことがなく、そのため『彼ら』も準備がうまくできていなかった」と答えた。この発言は、被災状況が深刻な理由は、「彼ら」(被災者)が事前の早いうちに避難していなかったためだ、として網友たちから厳しい批判を浴びた。我々は、その取材時の原文を仔細に調べ、批判を呈する価値があると判断した。馬総統が、被災状況の深刻さを住民が事前に避難しなかったことに起因するとしたが、これはその前に行政院のコメントと一致する。どうやらこれは総統府と行政院の共通認識のようであり、中央政府が責任を免れるためのものであるらしい。ことの前後の順番を言ってしまえば、先に避難をしなかった被災者が、その後の災害でうける損害が深刻なのは、論理上当然のことであり間違ってはいない。しかし、もしその責任は行政か国民かという感想の角度から見ると、おそらくそれらは極めて不適当な発言だろう。
被災者たちの避難を例にすると、その実行は間違いなく地方政府の業務ではあるけれども、避難するか否かは当然被災者の自己決定によるものだ。しかしこの時に被災者の「準備がうまくできていなかった」と論評するのは、見聞きした国民に明確な境界線を引かせてしまうものになり、極めて不適当だ。被災地は山奥にあり、情報も危険意識もとうてい中央災害指揮センターには及ばない。それだからこそ、センターを作る必要があるのだ。(すごく中略)
馬総統の取材時の発言でもっとも網友たちの不満を招いたのは、おそらく「彼ら」の二文字だろう。総統が外国メディアの記者にする発言としては、「『我々』は準備がうまくできていなかった、『我々』はできるだけ早く被災者たちを避難させるべきだった」というものがふさわしい。総統が被災者に用いた「彼ら」という表現は、避難の主語を「彼ら」にすることで、相対的に被災者と通達責任を持つ政府機関とで「我々」という初期設定にするものだ。
総統は平時の際には国家行政のリーダーであるが、災禍に襲われた時には国民の精神的なカリスマでもなければならない。総統と中央政府のすべての行動と発言は、すべからく肯定的なプラスの効果を発揮すべきであり、すべからく慎重で厳粛、熟慮されるべきなのだ。これらの効果を達成するためには、当然できるだけ多くの国民を内側に入れ、一部の国民が外に出されるのを避けねばならない。
しかし馬総統や先だっての行政院の発言は、明らかにこうした思考に達していない。メディアによる世論調査で見られる国民の政府の救援活動に対する大きな不満は、一部はその行為に由来し、おそらく別の一部分はその発言によるものだろう。八八水災はここ数年の台湾でまれに見る大災害である。現在の死傷者や損害規模と救援防災の効率という点で見ると、中央政府と地方政府は回避しがたい行政責任が絶対にある。今現在、世論は責任の追及や推論をしたいと考えていないが、しかし不遠慮に言ってしまえば、中央政府と地方政府の多くの職員が、おそらく罪状を待つ身であろう。現在のあいまいな立場に加え、死傷者の規模と国民の不満からすれば、「我々」の政府の上層部の発言ははたして不謹慎なのだろうか?
そういえば中華民国憲法に載っている就任の際の誓詞、最後はこのように言わなければならないことになっています。
「もし、この誓言に背くことがあれば、国家による厳しい制裁を甘んじて受ける。以上のことを謹んで誓う」
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珍しく仕事してるから天気でも悪くなるのかな?
とか思ってたら鯖が
>それだからこそ、センターの作る必要があるのだ。
ここがようわからんです
> 名無しさん。
実は、その前後を含めて悩んだ場所がいくつもありました。その後ろがバッサリされてるのは、例え話が出てきているので切ったというのもあるんですが、自信が無くて強引に削ったというのもあります。ごめんなさい。
で、当該部分ですが、あえて無難な訳にしようとして助詞をしくじってます。
「それだからこそ、センター『を』作る必要があるのだ」
あたりで通じるでしょうか。住民は情報も判断能力も不足していて当たり前だし、だから政府がそういう機関を作らなければならない、という主張かと。
ちなみに、その他の場所はまったく見直していません(こらこら)。