2009年10月アーカイブ
【ウイグル・台湾】ラビア・カーディル議長が台湾紙の取材に答える「台湾は民主的国家と思っていたが、今は半信半疑」[10/21]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1256137665/
そんな自由時報が2回目となる単独インタビュー記事を30日のに載せていたので抑え気味に訳。こういう記事は突っ走りがちになるから、自重できないおいらは苦手なのでした。
現在日本を訪問中の世界ウイグル会議のラビア・カーディル議長が、東京で本紙記者の単独インタビューに応じた。その中でラビア・カーディル議長は、京都に留学している200人以上の留学生を中国政府が煽動し、講演会場で大騒ぎをさせたと述べた。しかし議長は、とある漢族留学生が議長にあてた手紙も受け取ったという。手紙には「私は、一人の漢族の人間として、ここでウイグルの人々に対して謝りたいと思う。漢族が中共の嘘の下でウイグル人を傷つけたことは、道義上許されるものではない。本当に申し訳ありませんでした」と書かれていたという。
ラビア・カーディル議長は、宿泊先のホテルでこの漢族留学生からの手紙のコピーを本紙記者に手渡す際、27日に京都の龍谷大学で体験したことを話してくれた。その日、龍谷大学では中国の五星紅旗を手にした200人あまりが、「ラビアはテロリストだ。Get out」と大声で叫んでいたという。これらの中には龍谷大学の学生も少しばかりいたが、大多数は学外から来ていた社会人であった。また、現場では日本の学生が掲げていた東トルキスタンの旗も取り去られてしまっていた。
ラビア議長は「私はあのような学生の立場を本当に気の毒に思います。なぜなら、彼らはやむを得ず会場に来させられて示威行為をしているのですから」と語った。ラビア議長はまた、講演の後に龍谷大学の学長から自称「龍谷大学の中国人留学生」の手紙を渡されたと語った。彼女に宛てられた手紙は、彼女を支持すると書かれてあり、大意は以下のようなものであった。
「私は、ラビア議長が邪悪な中共の圧力を食い止められるようになってほしいと思っています。・・・多くの中国人は幼い頃から中共の洗脳教育を受け、真相がはっきりしない前提の下で、抗議するチベット人や抗議するウイグル人、それから中国のその他の少数民族のことについて無知でいます。・・・私はチベット人やウイグル人が受けた傷をよく知っています。中共に対する怒りの気持ちとともに、台湾が中共の圧力に屈することによりいっそうの怒りを覚えます。自らの犠牲を厭わない民主的精神が、『テロリストだ』と非難されることになるなんて。・・・ラビア議長が家族にかけた一本の電話が、あなたをテロリズムの一員や動乱の画策者にしたことは、中共の恥知らずさと台湾馬英九政権の政策の無知さを見るには充分なものです。・・・漢族としての私は、永遠にラビア議長を支持します。私は何が正義であって、何が邪悪なのか知っていますから。・・・」ラビア議長は22日に鹿児島国際大学で、23日に鹿児島大学および鹿児島加治屋町教会(註:原文では鹿児島日治屋町教会とあるが、おそらくここの誤り)で講演を行い、京都に移動後の25日には京都自由大学、27日には龍谷大学、28日にも京都のある大学で講演を行った。各会場とも少ないところで700人、多いところでは1,000人以上がラビア議長の講演を聞いた。ラビア議長は各会場での講演で、「ウイグル人は元々非常に善良な人たちだが、中国が自治区で『いつも白いものを黒いものだと言う』ので、落胆してしまい、だんだんと中国から離れてしまっている」と強調したという。
ラビア議長はさらに自身の台湾訪問の可能性について、現在はコメントのしようがないとしながらも「でも、方向性は非常によい」と話していた。
この龍谷大学での中国人留学生たち(というかそれ以外が多かったみたいだけど)による一件は、永山英樹さんのブログ「台湾は日本の生命線!」でも「在日中国人「赤旗」集団がラビア・カーディル氏の講演現場に―狙いは日本人への警告か (付:ラビア氏講演会の報道動画)」で書かれていますが、やっぱり気になるのは自称「龍谷大学の中国人留学生」からの手紙。
なんか、勘ぐり始めるとキリがないくらいに妄想が膨らむ内容だなあ、と。ほぼ前触れ無く台湾の対応が非難されているのを見ると(いや、台湾がビザ発給を拒否したことに対して前段階で書いてあるんだろうけど)、「あ、自由時報やりやがったか」と思っちゃったり、あるいは逆に「あまりに台湾紙向けなものを見せてくれるじゃないですか」と思っちゃったり。はたまた上の永山さんのブログを併せて読めば、「この手紙で『留学生は悪くない。中共政府が悪いんです』って思わせようとしているのかな」という斜に構えすぎる解釈までできちゃったり。この間書いた「報道の自由と、テラフリーダムな報道と。」じゃないけど、いろいろ考えすぎはいくないです。ダメだこりゃ。白い手紙は白い手紙として受け取りたいものですね。
とはいえ、白い手紙も(そりゃ比喩だろ)黒い文字がないと読めないわけで。白か黒かっていうことじゃなくて、白があってこそ黒い字が書けるような、黒こそが白い地に意味を持たせるような、そういう状態になればいいのにね。いや、北京がそれをできていないから今日に至っているのか。確かに北京の全く学習しないやり方は阿呆だと思うし、それが改められないと同じ話の繰り返しでいつまでたっても結末の時を迎えない。でも、とかく漢人のみことさらに叩かれ、とかくウイグル人のみ盛んに同情を集めるのを目にするけれど、そこを二分して考えても何も解決しないんだよなあと、ちょっと一石を投じられたような感じの記事でした。甘いですか、そうですか。
★ 補記予定。
★ 追記(11/08 04:10)
直しに直しを重ね、改題の上で再公開。
おいらはいったいどれだけ引っ張られれば気が済むんでしょうか。困ったものですの。
でも、まだ補記予定。
そりゃ例えば密林とかになっちゃえば、「木は森の中に」じゃないけれど、ある程度おいらの個人情報も埋没するので警戒感は緩みます。でも、ここでうだうだ書いてる◆YAUCHInowAと、その中の人がリンクするようなことはなるべく避けたいなあって思うんですよね。オフ会なんて絶対行かないし、声だって晒しません。あ、文字は何回かやっちゃいましたね。あれくらいかなあ。
そういう意味では「とらのあな」はまだなんとなくセーフ、でもわざわざ博客来に登録して買うとなるとかなり抵抗感が生まれちゃうんです。ごめんなさい。だったら、中の人がこっそり買えばいいんじゃないかっていう話になるけれど、うん、ついやっちゃうんだ。
そのほかでもあんまり個人的なことって書いてないしね。このブログでも前に「しまった。やっぱりマイノリティなのか。」で年齢層は書いたことがあるし、出身についても「台湾からすごいたくさんの訪問があって狼狽したけど飽きた寝る。」などで触れたくらいで、それ以外のことって綴ってない希ガス。まあ、そんなの並べても面白くないしね。趣味とか嗜好とかは、たぶんこのブログとか東亜+の書き込みなんかでバレバレだと思うんですけど。
なので、そういう個人的なことを聞かれてもぶっちゃけ答える気がないので聞かないで下さい。前に雑談スレか何かで「昼間何をやってる人なんですか?」と直球ど真ん中で問われた時に、本気で「名無しで煽ったり荒らしたりしています」って返そうと思ったけど、マジで受け取られそうなのでやめました。実際やってるんじゃないかって?それは、そのほかのパーソナルな質問もそうだけど肯定も否定もしませんよ。あはは。
それに正直な話、何て答えたところでどこまで本当かわからないしね。上に書いたように、それとなくばれつつある個人情報にしたってそう。そこがネットのいいところでもあり悪いところでもあるわけですが。おいらも実は戦前生まれのシンガポール華僑かもしれないし、実は人には言えない戦歴があるとか裏でなんだかよくわかんない組織とつながっているとか、って後段はそれ何て中二病?
完全に脱線しました。
まあそういうわけなので、ノリが悪かったり話をはぐらかしてもごめんなさい。そういうパーソナルな部分をオープンにしておいらと付き合って下さっている皆さんには、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。
まずは8月の「そういや馬英九と橋龍って髪型が似てるかも。」や先月の「ショートカットの眼鏡っ子にはなれないけれど。」で大騒ぎというか空騒ぎしていたノッツさんの『たくろく!』が
夏コミでLOiDブースにて頒布していた「たくろく!」本復活です
11/25発売予定のヘルメンマロンティックCDの発売と
同時にとらのあなで販売いたします
(CDと一緒に店頭に置かれる可能性あり。)
との事ですまた詳細分かったらお知らせします
NIKKI ■ たくろく!本 再発にっき ■ (ノツレポ)
ということで、きましたわー(AA省略)。通販は後述するけどそもそもシステムそのものにちょっと及び腰、でも買いに行くのももっと抵抗あるのでどうしよう。むむむ。
そしてその2週前になる11月14日には、台湾でVOFANさんの『COLORFUL DREAMS 3』が発売に。全力出版社のサイトもなんだか全力すぐる。
■ INFORMATION:
写真はいつも真相を写し、映像はいつも事実をありのままを描く。
――「真」と「実」の境目は、やはり写意(註:中国の絵画技法で、細かい描写より情趣に力点を置くもの)だ。日々の暮らしの情景を主軸にし、日常の中の非日常を描く
――台北101の幻影風景から夜の学校をさ迷い歩く不思議な話まで――
頭の中に浮かぶ不可思議なことでしかないはずのものが、あなただけの情趣ある幻想となってフルカラーで現れる。本作『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』は、VOFANが2006年10月から2008年1月まで『挑戦者月刊』で連載していた、漫画と挿絵を混ぜる手法に、詩も加えるというスタイルのダイアローグで作成された12作品のカラー詩画(Color llustory)のほか、台湾では初公開となる、日本の講談社の『コミックファウスト』や『ファウスト』誌に発表していた作品を特別に収録している。
巻末にはさらに付録として作者VOFANと『挑戦者月刊』の林依俐編集長、『ファウスト』の太田克史編集長の三人の座談記録が付いている。ここでは『挑戦者月刊』や『ファウスト』に掲載されたシリーズ作品に関することや、西尾維新の小説『化物語』の挿絵の仕事に関する珍しい舞台裏の話が載っている。
■ BOOK:
『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』
作者:VOFAN
出版社:全力出版社
分野:カラー・イラストーリー(Color llustory)
言語:繁体中文
出版年月日:2009年11月14日
仕様:ペーパーバック/112P/12.8×18.2cm/通常版/フルカラー印刷/初版
定価:500TWD
特典:ポストカードセット
出版地:台湾
1.台湾の世界クラスのもの
2.ランドマーク
3.枯れないハクモクレン(原題:ハクモクレン)
4.変わらないこと(原題:2107年・変わらないこと)
5.時代を間違えた檜桶(原題:運の悪い檜桶)
6.挿絵作家の一日(原題:ある挿絵作家の一日)
7.雨の日の謎
8.ヒマワリと穏やかな海
9.深夜12時、踊り場の鏡の中
10.旅行の意味
11.ドスン!(原題:『ドスン!』)
12.寂しいブランコ
13.特別付録(1):極上のペンギンミサイル!
14.特別付録(2):1/60.∞ 六十分の一秒、無限の彼方
15.特別付録(3):VOFAN×林依俐×太田克史「君の知らないロマンティックストーリー」VOFANの新作『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』はまもなく11月14日に発売。さらに全力出版では「博客来」と協力し、11月1日から11月13日までに予約をすれば、21%引きの特価で手に入れることができる!こんなグッドニュースは急いで友達に知らせないと!さもないと間に合わなくなっちゃう!
博客来書籍館の予約ページ■ EVENT:私の好きな『COLORFUL DREAMS』
●参加方法●
- その1 -
「ComiComi」のウェブサイト上で『COLORFUL DREAMS』シリーズの中で
あなたの好きな作品を選び、自分のブログで紹介し、
あなたが好きな理由と作品の見方を書いてください。
できれば文章の最後に『COLORFUL DREAMS 3』宣伝サイトのロゴを貼ってください。
- その2 -
この企画に参加したブログの文章を全力出版のオフィシャルサイトのブログにある
この企画の公表文にトラックバックし、載せたURLを公表文の下のほうに出してください。
(もしトラックバックできなかったorトラックバックに失敗したら直接本文にレスしてください)
- その3 -
その後、あなたの「名前」「住所」「ウェブサイトのURL」をcontributionあっとmaxpower-p.comに
送ってください。件名は「我喜歡的《COLORFUL DREAMS》」で。●開催時期●
- 締め切り -
11月15日(日)まで
- 賞品の発送 -
11月末までに全て発送予定●賞品●
- VOFAN賞 -
VOFANが特に優秀な文章として選んだものには、『COLORFUL DREAMS 3』の
限定布製ポスターと非売品草稿本をプレゼント
- 編集長賞 -
『COLORFUL DREAMS』の1と2を1セットと非売品草稿本をプレゼント
- 全力賞 -
『COLORFUL DREAMS 3』の非売品草稿本をプレゼント
- 参加賞 -
文章を投稿してくれた方全員に『COLORFUL DREAMS 3』のポストカードセットをプレゼント
※非売品草稿本は、『COLORFUL DREAMS 3 [APPENDIX]』と
『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』の草稿本●注意事項●
1.締め切りは「参加方法」の「その3」でサーバがメールを受信した時間とするので、
時間を把握し、なるべく早く送るようにしてください。
2.投稿された文章のうち企画内容に合うものに賞品が送られます。
その基準は全力出版社編集部の決定によるものとし、
他人の文章を盗用しての企画参加はお断りします。
3.当選者の名前はウェブで公開しないので、名前と住所は正確に書くようにしてください。
さもないとプレゼントが届きません。再送付はしないのでご容赦ください。
4.この企画が不可抗力により妨害された場合、全力出版社は企画の中止や延期などの
権限を持ちます。どうかみなさんご容赦ください。■ EVENT:OH!COLORFUL!-新作発表座談会
●読者の応募●
- 応募期間 -
11月8日(日)まで
- 応募方法 -
ウェブ上のイベントのページで申し込めます。
1.もし公募人数が多かった場合には、主催者側で抽選を行います。
2.主催者側の招待の無い人による当日の飛び入り参加はお断りします。
3.11月11日(水)までに電子メールと招待状を送付します。入力項目はくれぐれも正確に。
電子メールのメールボックスからの削除や招待状の紛失があっても再送はいたしません。●イベント内容●
- イベント日時 -
11月21日(土)14:00~16:00
- 会場 -
海峰棋院(台北市敦化南路二段105号9F)
- ゲストスピーカー -
・林依俐(全力出版社編集長)
・VOFAN(『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』作者)
- 主催 -
全力出版社
- 参加方法 -
抽選により50名
- 参加費用 -
150TWD
- イベント内容 -
・『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』の制作過程と得たもの
・『全彩街角浪漫譚 COLORFUL DREAMS 3』読者交流会
- 記念品 -
『COLORFUL DREAMS 3 [APPENDIX]』
- 注意事項 -
1.当日は招待券で入場できます。主催者側の招待の無い人による当日の参加はお断りします。
2.抽選による読者の参加者は、当日の入場時に参加費をいただきます。
3.当日は、VOFANに関連する出版物を持ち込みサインをもらうことも可能ですが、
あまりに大量の持込は作者や他の読者に迷惑となりますので、
スタッフがサインを止めることもあるので予めご了承ください。
4.本イベントの内容詳細や最新情報は全力出版社のサイトをご覧下さい。
5.イベントの流れは当日の進行をメインに行いますので、不可抗力による天災により
イベントの延期や中止があった場合には、改めて読者にお知らせします。COLORFUL DREAMS 3 (全力出版社)
って、何でサイトをまるまる訳してんの(ごめんなさい。なんか紹介文とか泣きそうなくらい上手く訳せない。各作品のタイトルは例によって超絶意訳。これでも抑えたけど)。どっちが全力なの、馬鹿なの(ry
うわ。座談会は無理にしてもこれは欲しい。すごく欲しい。恥ずかしながら博客来って使ったことないので少しいじってみたけど、会員登録しないといけないっぽいし、外国人の場合パスポートの番号とか聞かれるので(
しょうがない。買いに行こっか。ほら、タイトルもそんな感じだし。AAみたく戦闘機でビュッと行ってビュッと帰ってくればスケジュールも問題なくない?って、そんなわけにもいきません。はぅぅ。ちょっと考えます。
ちなみに、座談会とは別にあるもう一つの企画「私の好きな『COLORFUL DREAMS』」ですが、「ブログからトラバが送れればいいってことは...」と、ダメもとで「日本から参加したいんですけど、できますか?」と聞いてみたところ
大歓迎ですよ!
でも、住所は正確に書いてくださいね!
だって。ってそれだけかよ!
なんかやけにあっさりで、かえってびっくりかも。うわ、どうしようかな。すごく迷う。「日本から応募する人ってすごく限られるから、なんか特定されそうで嫌だなあ」という非常にどうでもいい理由で迷う。出版社なんだからそういう個人情報はちゃんとしているはずだけど、すごく迷う。っていうか、だったらこんなブログ書かないでしれっと送ればいいんだけど、これを紹介しないで静かに送るくらいだったら、これを紹介してどうでもいいことで悩むさ。
まあ、それよりも頭を使うべきは、「参加するならちゃんと中国語で書けよ」っていうところなんだけどね。あはは。ちなみに、個人的にいちばん好きなお話は指が六本あっても『雨天的尾巴』。いちばん好きな一枚は『地標』の最後のページです。
興味がある人はぜひご応募&ご購入あれ。
★ 追記。(11/01 01:40)
上の全力出版の「私の好きな『COLORFUL DREAMS』」のサイト、先方からのレスのすぐ真下にどこかで見たことのある日本語含みのタイトルが。 ま た あ な た か 。 いやいや、この場合は向こうから見て「何やってんすか」って感じかな。あはは。
先週20日、「国境なき記者団(RSF)」が「報道の自由ランキング(Press Freedom Index)」の2009年版を発表しました。このランキング、まあその評価の正しさは是々非々あるようだけどいちおうの指標にはなります。さて今年の結果ですが、2008年版で36位だった台湾は順位を大きく下げて59位という評価になりました。対照的に日本は前年29位から17位に上昇しています。
ただ、大きく順位が下がったと言っても、ほかの東アジア諸国を見てみると日本の次が香港の48位で、台湾は地域で3番目。過去を見てみれば、2006年と2007年のように台湾が日本よりも上位にいたこともありました。今年69位の韓国や、いわんや168位の中国、ブービー174位の北朝鮮とは訳が違います。
この「台湾が下落し、日本がアジアでトップに」という傾向は、今年5月に人権団体「フリーダム・ハウス」が発表した年次報告でも見られていたものでした。こう書くとやれ「これだから馬英九は」という安直な流れになっちゃいそうなんですが、実際国境なき記者団の評価の理由は「政権によるRTIへの介入」「陳雲林訪台時における記者への暴行」なので、案外間違ってはいないという罠。
【報道】台湾、国境なき記者団による「報道の自由ランキング」で23ランクの大幅ダウンで59位に後退[10/20]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1256140106/
「報道の自由」で日本がアジア首位 台湾の順位下落で
http://sankei.jp.msn.com/world/america/090502/amr0905020951004-n1.htm (産経新聞)
とは言いつつも、情報収集や情報伝達に対する制限や圧力の有無と、その成果品の出来栄えというのは別問題です。最近では、今月上旬に発生した台湾籍の漁船「漁群166号」の事件なんかがそうですね。あらすじはめんどいので以下のスレ参照。
【日台】インドネシア人船員に刃物で脅され船長が閉じ込められた台湾籍漁船、日本側が入港を拒否[10/06]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1254817673/
【日台】台湾での「台湾籍漁船の入港を日本が拒否」報道について、「人命最優先で許可したが、船側が応じず」と交流協会[10/07]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1254888110/
発端となったのは6日の台湾各紙が「台湾籍漁船の船内で、乗組員のインドネシア人が台湾人の船長を脅している。小笠原に寄港しようとしたら日本側に拒否された」と伝えたもの。
はい?
何を言っているんだと思うけど、主要全紙がこの内容で伝えている以上、「そういうこと」で広まっているのは間違いないみたい。うーん。夕方まで様子を見て、国内機関の反応が無いのと国内メディアが報じなかったのを確かめてから自由時報でスレ立て。
結果としてこの6日の報道は、翌7日に交流協会がプレスリリースしたように事実ではなかったのでした。その内容で立てたのが下のスレですね。しかもこの一連のニュースは、産経の山本台北支局長が後日コラム記事で触れている程度で、日本のその他のメディアでは全くといっていいほど伝えられませんでした。
【日台】 漁業問題が"アキレス腱" 友愛を掲げる鳩山政権は解決の突破口を [10/18]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1255866503/
一歩間違えれば、6日のニュースによるスレだけが立って、続報が立たないことも充分ありえた今回の件、φ★としてどうすればよかったのかっていうのはやっぱり悩みどころです。いや、悩まず立てる人もいると思いますけど。
こういうとき、+板でスレを立てる大原則として拠りどころとしては、ひろゆきの
37 名前: ひろゆき 投稿日: 01/10/17 04:59
えっと、スレッドの基準としては、
「***という事実がある」という情報が基準になりますです。
正しいかどうかという価値判断は、2以降のレスに任せるってことで、、、ニュース速報+雑談スレッド (ニュース速報+板)
に頼らざるをえません。今回の例で言えば、台湾の各紙でそういうニュースが紙面を飾っている以上、その事実は>>1になりえるわけだし、ことの真偽や続報は>>2以降で論じるものになります。もと言ってしまえば6日の時点でそういう報道があって立てたからといって、7日の続報が立つ保障も責任もありません。っていうか、+板はそういうものだし、2chはそういうものなんです。
なのですが、ここでちょっとだけ余計に手を動かせるというのが、人間がφ★をやっている欠点でもあり利点でもあるんですね。上のRSFの時にもちょっと触れたけど、台湾のメディアは東亜+でもあまり評判のいいものじゃありません。ましてひっくり返ることも想定しなきゃいけないとなると、6日のニュースを立てるなら藍系メディアより緑系メディアをソースにした方がいいに決まっています。ほら、そうなってもならなくても「台湾のメディアは中国資本に牛耳られている」とか「国民党がメディアを操っている」とかめんどくさいレスの対応をするくらいなら、「自由時報でもこう報じていたんだって」っていう方が、どっちに転んでもいくらか傷は浅いんだから。
などと実に余計なことを考えて立てたら、本当にひっくり返ったのにはびっくりした。うーん、確かに報道の自由はそれなりに与えられていると思うけれども、報道の自由が守られるっていうのと報道がフリーダムすぎるというのは大きく違うんですけど。
で、この続報を立てるときもまたまた余計に手を頭を動かします。7日に出された交流協会のプレスリリースの内容は、台湾各紙でも取り上げられたほか、外交部も「日本に拒否されたようなことはなかった」と発言するほどになっていました。とはいえ、「そういうことはなかった」という内容で立てるのであれば無理に台湾のメディアで立てる必要はないので、素直に交流協会の発表で立てちゃう。
ところが>>1にそれだけを書くと「日本側はそう発表した」という事実だけしか残りません。これだと「台湾は何をやっているんだ」となるので、交流協会の発表内容は台湾メディアでも報じられていることも添えようか、と考える。であれば、当然そのソースも前日のソースとして使った自由時報が相応しいよね。もう一度泥をかぶってもらう形になっちゃうけど、「間違ったことを言って言いっぱなしじゃないんですよ」くらいの足しにはなるんじゃないなあと思って>>1に突っ込んでみる。7日のスレの変な>>1も、あれはあれで無い頭を無駄に絞った結果なんです。
ひろゆきが書いたように、内容について百家争鳴するのは>>2以降でいいんですが、>>1で提供する事実の取捨選択によってはそれがとんでもない方向にブレかねないのが怖いところ。おいらのように余計な考えを混ぜて立てるのも、決して誉められたものじゃないかもしれません。あー、本能のままに中国時報なり聯合報なりで立ててたほうが、案外伸びたかもしれないしね。
なので、けたたましくもやれ「マスゴミ」だのやれ「ネットに真実がある」だのと叫ぶ人は、足元を掬われないようお気をつけあれ。報道の自由の結果が「テラフリーダムwww」な内容になっちゃ元も子もないように、報道された情報の選別も自由がある以上、おいらだっていつ何時φ★の魔力でコケるかわからないんだから。
★ ねむいので補記予定。
得撫島より北の島々では、樺太・千島交換条約によって日本領となった際に得撫郡、新知郡、占守郡の3つの郡が置かました(町村は設置されず)。これらの島についてはサンフランシスコ平和条約において放棄しているので、現在は少なくとも日本の領土ではないのですが、日本の法令の上でもこれら3郡は存在しています。
例えば北海道の支庁設置条例では、根室支庁の所管区域に北方領土のほかこれら3郡を入れた上で、附則にて「ただし北海道根室支庁所管区域中国後郡、色丹郡、択捉郡、紗那郡、蘂取郡、得撫郡、新知郡及び占守郡については当分の間これを適用しない」としています。
ところがこの3郡の扱いについてはかねてより道議会でも取り上げられていたこともあり、支庁再編で平成22年度から導入される総合振興局・振興局では、根室振興局の所管区域は択捉島までにとどめられました。
となると、日本の法令上残っているのは、これもWikipediaなどでよく出てきますが、財務省組織規則のみになりました。財務省組織規則は、その別表第九で北海道の根室税務署の管轄区域にこれら3郡を含めています。
かと言って根室税務署がこれら3郡に対して権限を行使しているかというとそんなわけもなく、言ってみれば残滓みたいなものですね。おお、出た残滓。
さてさて、巷であまり話題になっていないので正直しょぼーんなんですが、昨日付けの官報でこの財務省組織規則が改正され、この3郡が別表から削除されました。別に北方領土好きではないけど、地理好きなおいらとしてはどきどきするネタなんだけどなあ。
別表第九旭川中の項中「(石狩国)」を削り、同表旭川東の項中「上川郡(石狩国)(旭川中税務署管内の地域を除く。)」を「上川郡(旭川中税務署、帯広税務署及び名寄税務署管内の地域を除く。)」に改め、同表帯広の項中「上川郡(十勝国)」を「上川郡のうち新得町、清水町」に、「 中川郡(十勝国)のうち幕別町」を「中川郡のうち幕別町」に改め、同表名寄の項中「上川郡(天塩国)」を「上川郡のうち和寒町、剣淵町、下川町」に、「中川郡(天塩国)」を「中川郡のうち美深町、音威子府村、中川町」に改め、同表根室の項中「得撫郡 新知郡 占守郡」を削り、同表十勝池田の項中「(十勝国)」を削り、「帯広税務署」の下に「及び名寄税務署」を加える。
財務省令第六十七号 (平成21年10月26日 官報第5181号)
まったく、改め文はいつまでたっても読むのに慣れませんね。ご覧のとおり別に3郡のみを狙った省令改正ではなく、道内に二つあった上川郡と中川郡の表記の整理する手続と一緒に行われています。
さすがに勢い余って択捉以南まで外すことはなかったんですが、先の振興局条例と併せて整理がひと段落着いたといったところでしょうか。なんて書くと方々から怒られちゃいそうだけど。
ここでその手の人から言われそうなのが「これも鳩山政権になってからうんたらかんたら」というもの。えっと、税務署の管轄範囲に実質的な変動がないとは言え、この省令改正に着手してから告示まで2ヶ月以内というのはありえません。
なんて書いてたら妙に気になってしまったので、ついでなのでてけてけ遡ってみたら今年3月に出された二つの質問趣意書に行き着きました。ま、これが必ずしも引き金になったとは言い切れないんですが、可能性としては充分あるんじゃないかなあと思います。上に書いた時間的な問題も、うーん、半年ならどうだろう。影響する法令や官庁が無いからなんとかなるのかなあ。
本年三月十六日付の北海道新聞三面に、「千島 国税庁と道 今も管轄 一九五一年に領有権放棄-誤り放置」との見出しで、国税庁と北海道庁が、現在も千島列島を管轄区域としている旨報じる記事(以下、「道新記事」という。)が掲載されている。右を踏まえ、質問する。
一 国税庁のHPには、根室税務署の管轄区域に「得撫郡 新知郡 占守郡」と、千島列島が含まれているが、右を外務省は承知しているか。
二 一九五一年のサンフランシスコ講和条約締結後、我が国として南樺太及び千島列島の領有権を放棄し、同地域に我が国の管轄権は及んでいないと承知するが、国税庁のHPに一で挙げた記述が現在もあることは適当か。外務省の見解如何。
三 「道新記事」には、一九九八年当時、道議会議員から一で挙げた三郡を管轄区域から除くのは当然との指摘を受けた当時の堀達也北海道知事は、関係省庁と協議が整い次第条例改正を提案する旨答弁したとある。また、「ところが、関係省庁が異を唱えた。道は『外務省に照会すると、静岡・川奈で開かれた日ロ首脳会談の直後で、時期的に適当ではないとの回答があった』と説明する。」との記述があるが、右記述は事実を反映しているか。
四 三の記事が事実を反映しているのなら、一九九八年当時、外務省として北海道庁が管轄区域から一で挙げた三郡を外すことに反対した理由は何か説明されたい。
五 「道新記事」によると、国税庁HPに一の記述があるのは、北海道庁の支庁設置条例にあわせたものであるとし、北海道庁としては、一九九八年当時、外務省から反対されたことを受け、現在まで道条例の改正がなされることがなかった旨述べており、論理的に考えると、国税庁と道庁において千島列島が未だに管轄区域とされている根本の原因は外務省にあると読み取れる記述がなされているが、右に対する外務省の見解如何。
六 千島列島が我が国の領土でないことは明々白々であるところ、外務省として、国税庁、道庁に対して速やかにその旨を通告し、国税庁に対しては同庁HPにおける一の記述の削除を、道庁に対しては十四支庁の再編とは別に、得撫郡、新知郡、占守郡の三郡を管轄区域から外すことを求めるべきであると考えるが、外務省として右の措置をとる考えはあるか。右質問する。
千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する質問主意書 (衆議院/強調は引用者)
この3月16日の質問趣意書に対する答弁書はこちら。3月24日付です。
一及び二について
御指摘のホームページに御指摘の記述があることは、外務省において承知している。外務省としては、当該記述は、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において北海道庁等における検討状況を踏まえつつ今後所要の改正について検討が行われるものと承知している。三から六までについて
我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)に基づき、千島列島及び我が国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部等に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄しており、外務省としては、御指摘の条例から御指摘の地域名を削除することについては異存はないとの立場である。
御指摘の平成十年当時の北海道庁からの照会については、外務省としてこの立場を伝えつつ、当時の状況にかんがみ、御指摘の条例の改正を一定期間見合わせるよう要請したものである。また、平成十九年の北海道庁から同様の照会がなされた際に、外務省としてこの立場に基づき、平成二十年に、御指摘の条例から御指摘の地域名を削除することについて異存はない旨回答したところである。衆議院議員鈴木宗男君提出千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する質問に対する答弁書 (衆議院/強調は引用者)
ああ、質問趣味書と言われたあなたか。
とはいえ、ここで全てが一つにつながった感じ。国の法令で唯一残っていた財務省組織規則について、北海道の支庁設置条例との関係を示しつつ、財務省においても検討の予定であること、また、平成10年当時は条例改正を見合わせるよう要請したけれども、基本的には削除することに異を唱えることはなく、昨年もそのように回答しているということがわかります。
その後、この答弁書に対して3月26日に再質問趣意書が提出されているのですが4月3日の答弁書と併せて以下抜粋。
「前回答弁書」(内閣衆質一七一第二一七号)を踏まえ、再質問する。
四 得撫郡、新知郡、占守郡の三郡のみならず、千島列島が我が国の領土でないことは明々白々である。「前回答弁書」では「外務省としては、当該記述は、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において北海道庁等における検討状況を踏まえつつ今後所要の改正について検討が行われるものと承知している。」との答弁がなされているが、北海道庁における検討状況如何に関わらず、国税庁のHPから右三郡の記述を削除することは不可能であるのか。右質問する。
千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する再質問主意書 (衆議院/強調は引用者)
四について
御指摘のホームページの御指摘の記述については、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において、北海道庁等における検討状況を踏まえつつ、今後所要の改正について検討を行い、その結果に応じて御指摘のホームページの御指摘の記述についても修正することとしている。衆議院議員鈴木宗男君提出千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する再質問に対する答弁書 (衆議院/強調は引用者)
はたしてその後、前年に制定された「北海道総合振興局設置条例」を改正した「北海道総合振興局及び振興局の設置に関する条例」が3月31日に制定され、総合振興局と振興局が地方自治法に定める支庁として置かれることになり、この別表では得撫郡をはじめとする3郡は根室振興局の所管区域から除かれました。さらに、先日の10月9日には道の公報で同条例の施行日が平成22年4月1日と定められています。
ここまで流れから察するに、国立印刷局への入稿を逆算すれば、霞が関の人たちが道庁と綿密に協議のうえ、最終的にこの道公報を確認のうえ官報掲載に投げ込んだというのは、あくまで想像ですがあり得ない話じゃない。ああ、そういうことかっていう感じ。
上にも書いたのですが、おいらの中では一大事件と言っても過言じゃない出来事(過言だけど)なんですが、こうして空想してみると、ことは淡々と淡々と進んでいたんだなあと、ちょっとだけしんみりなのです。そして恐らくは、地方自治法の規定に則り、今後北海道議会で3郡の廃止の議決がなされるとともに総務大臣に届けられ、同じく官報で告示されるはず。終戦から65回目、サンフランシスコ平和条約の発効から58回目を迎える来年の春、北国がまだ雪と氷と静寂に包まれる中で、静かに静かに名目上も日本の施政の範囲から外れるのでしょう。ああ、ますますしんみりっす。
★ 追記。(10/27 22:55)
なぜかν速にスレが立っていたので記念真紀子。まさか元祖でソースになると思わなかったのでびっくりでっす。
日本国政府、北千島(得撫郡 新知郡 占守郡)について正式に放棄by官報
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1256637264/
この兼任ですが、日本でも自民党政権時代は「総理総裁」なんて言われていたように、そこまで違和感ある話でもないなあって思ったり(不見識だって怒られちゃいそうだけど)。もっとも、日本のそれは与党の党首が行政府の長に就いているというもの。総統は、その行政府の長である行政院長を指名する国家元首だから微妙に大きく違うんですけどね。
台湾でも、というか中華民国でも、中国国民党による「以黨治國(党が国を治める)」や「以黨領政(党が政治をリードする)」時代がありました。今回再び総統が党主席を兼ねることによって、党の位置付けはいったいどうなっちゃうのか。まずは引き継ぎ前日にあたる16日の聯合報、観察站から。
昨年5月20日の政権交代以降、馬英九政府と中国国民党は、これまでずっと党と政府の活動を模索する時期にあった。既に「以党領政(党が政治をリードする)」時代には引き返せない。現在の党主席である呉伯雄を尊重するため、「党政分離(党と政治を分離する)」は推進できず、最終的には「党政分際(党と政治に境目を設ける)」を導き出すしかなかった。
この枠組みの下で、政務部門の人物は中山会報(註:中国国民党の幹部会議)や中央常務委員会に出席し、逆に党主席も月曜に行われる府院党の五人会議に出席していた。党と政府の二つの部門はあたかも権力のシーソーの両端のようであり、わずかな時間のかりそめのバランスを保っている。馬英九総統が党主席を兼任することによって、今後はこのバランスが根本的に打ち破られ、新たに再編されることになるだろう。
馬主席は全く新しい政策決定のモデルを作ろうとしている。国民党秘書長の詹春柏が呉伯雄に代わって五人会議に出席し、同心円の最も中心の円に位置することになる。さらに、その中間の円である中山会報にだんだんと広がるが、逆に中常会はほとんど形式だけの外側の円になり、馬主席が意見を聞く座談会形式になってしまうだろう。呉敦義と朱立倫が副主席を兼任しなかったことも、「強政、弱党」の傾向をさらに確立させている。今後、次世代を担う者は政治的な実績をもって一所懸命に争うこととなる。そのうえ、党が弱体化し、しばらくは代理人の争いもなくなり、府院が政治的実績を争うことにプラスとなるだろう。
もし策略をもって論じるとすれば、呉敦義と朱立倫が副主席が退いた陣容は、党内のとりとめのない話を根絶することができる。王金平はなおも立法院に座し、実力派が党中央をフェードアウトしたことにより、馬英九が党内権力を固め、党務の改革を有効に進め、選挙での指名をコントロールし、伝統的な派閥という悩みの種を脱することにプラスとなるだろう。強政弱党 馬英九主席の新たな構造 (聯合報)
今回の大会を経て、党の地位は相対的に低下するけれど、それは決して「馬英九に権力が集中し独裁化する」ということではなく(東亜+で立ててたら絶対こうなった希ガス)、一つは能力ある者を政権側に汲むことによって強化するというもの。このへんは日本でも民主党が言っている「官邸主導」に近いものがあるかもね(ただし、対行政という点ではなく、対党という点で)。そしてもう一つはここで党内改革を行わないとまずいという危機感の表れということかと。
ことに、立法院では国民党がほぼ3/4を占めながら、馬英九が就任直後から考試院と監察院の人事でつまづいたように、どうも一筋縄ではいっていません。後述の『遠見』の世論調査でも国民党の立法委員に対する評価は、58.5%が「不満足」と答えるような状況なので、年末の三合一を前に大鉈を振るう必要があると考えているのでしょう。
これについては17日の大会でも馬英九が触れています。内容を伝えている18日の中国時報から抜粋で。
馬英九総統は17日、正式に国民党主席を兼任し、「以党輔政」のシステムを稼動させた。馬英九は、年末までに党資産処理の最終的な方策を提示することを保証し、党職員の退職金と党務経費を留保するほかは、その剰余金を全て公益のために寄付することとした。今後の選挙費用は募金を主体にすることとし、今後は党として営利事業の経営を行わない。このほか、県市長選挙の選挙戦を間近に控え、馬英九は「買収や地方派閥が地方資源を独占することはしてはならない」と示し、「栄誉ある勝利」を強く求めることを指し示した。
17日の国民党第18回全国代表大会で、馬英九は「『以党領政』の時代は既に去った」と述べ、今後は党と政府は境目を作るべきだが分離してはならないとし、より緊密に党と政府が協力することにより、さらに有効な国政運営を促進せねばならないと述べた。中常会は党と政府の調整の場とし、機能をより強化する。党主席を引き継いだ後、馬英九は18日から選挙応援のスケジュールを展開し、そのトップバッターとして彰化県で県長選挙に出馬する卓伯源の決起集会で気勢を上げる予定だ。
三合一選挙戦について馬英九は強敵との戦いに触れた。一部の党員が党規に反して出馬することに対し、馬英九は語気を強めて「必ず、断固として党規の処分を与えねばならない。さもなくば党規は形骸化し、党はバラバラの砂のようになってしまう。団結の維持など言うこともできない」
地方派閥についても馬英九は次のように述べた。「地方派閥は民主政治の自然な産物であり、地域に働き民意を集め新人を抜擢することができるというプラスの機能もある。少数の派閥によるよくない習わしにならうべきではない」。一方で馬英九は「地方派閥の発展は公共の利益を上回ってはならず、地方の資源を独占してもならない」と強調した。
以前「ブラックサタデーの黒は「黒道」の黒か。」で引っ張ってきた聯合報の社論のように、地方派閥というのは今でも選挙の行方を占う重要なファクターだったりします。それは国民党にとって集票組織ではあるものの、先だっての雲林・澎湖で指摘されたように悪しき側面も持ち合わせている諸刃の剣。綱紀粛正を示したのは、地方を含めた党全体をコントロールするためにも、そして12月の選挙で勝つためにも必要だという考えの表れでしょう。
けれども、この党組織や地方派閥の問題は、民主化後もこれまで続いてきているように根が深い問題。党大会の直前に行われ、20日に遠見が発表した世論調査でも、51.7%の回答者が「馬英九が国民党主席を兼任しても、賄賂を根絶したり国民党に清廉なイメージを作ることはできない」と答え、「できる」と答えた人の割合も28.7%と、台北市長だった2005年8月に初めて国民党主席を兼ねた時の52.0%に比べて23.3ポイント落としています。まあ、仕方ないね。
さらにこの調査では、「党内の民主的改革を推進する能力があるか」と馬英九の力量についても質問しているところ、「能力がある」と答えたのは2005年の65.2%から33.5ポイント減らして31.7%、逆に「ない」と答えたのは14.7%から34.4ポイント上昇して49.1%とほぼ半数に迫っています。
党大会での弁はごもっともだと思うし、確かに喫緊の課題ではあるんだろうけど、問題の難易度とそれに対する期待感を見る限り、これはちょっと前途多難にもほどがあるように思えちゃいます。まあこれだけ温度差があると「あー、やっぱり無理だったのね」で終わっちゃいそうだから、傷を浅くするためのポーズなんじゃないかっていうヒネた見方もできちゃいそうだけど。
あ、蛇足だけどこの遠見の世論調査、いつものように「統一か独立か」の調査がある中で、「馬英九は統一・独立についてどういう立場だと考えるか」の結果の変化が面白かったので、機会があればまたいずれ。
総じて言えば、2005年8月に台北市長だった馬英九が当時最大野党であった国民党の主席を初めて兼任した際、人々は高い期待と評価を与えたものの、4年後の2009年10月に馬総統が再び国民党の主席を全面執政という優勢な状態で兼務した時には、国民の印象と評価には当時と大きな隔たりがあったということになる。その主な原因は、全体的な執政を行って以降の舵取りの能力と施政に対する評価が疑問を招いたことだ。
ちょっとご無沙汰していたら、台湾では馬英九総統の中国国民党主席への就任が行われていました。選挙からずいぶん間が開いたね。おいらもうっかりしていたんですが、っていうかすっかり足が遠のいていたのがダメなんだけど、東亜+にスレ立ってなかったのね。うーん。
中国国民党は17日、「一致団結、台湾再生(同心協力、再造台灣)」をスローガンに第18回全国代表大会を開催した。馬英九総統は呉伯雄の手から党主席を引き継ぎ、馬英九の完全執政時代の到来を象徴させた。
馬英九はさらに江丙坤、林豊正、詹春柏、蒋孝厳、曽永権、黄敏恵の6人の党副主席をそのまま留任する任命を行った。正副の行政院長、呉敦義と朱立倫は党の職との兼任はされなかった。引継ぎの式典の前、大会では呉伯雄の在任中の記録映像が流れ、呉伯雄は目を赤らめながら、「馬英九主席の後をついて行き、生涯、党への奉仕にあたりたい」と述べた。
大会ではまた、「年末の選挙で勝利するための政治任務に関する件」として、年末の県市長選挙に国民党の候補者として出馬する18人に対し、馬英九から旗が授けられた。さらに、連戦、呉伯雄そして蕭萬長副総統、呉敦義行政院長、王金平立法院長とともに、団結ムードを作り上げていた。
馬英九は、「年末の3つの選挙は激戦であり、まだ公認を受けていない者は人物像をアピールしなければならない」と強調した。また、一部の者が党規に背いて出馬することについて「党規により断固とした処分をしなければならない。さもなくば党規は無意味なものとなり、党はバラバラの砂にようになってしまい、どうして団結できようか!」と述べた。
今回の大会では馬英九の就任がメインだったのですが、年末の三合一に向けた団結のアピール、そして呉敦義と朱立倫が副主席から外れたなどの動きがありました。今後国民党がどう変わるか、というか変わらないのかということについては次回で。今回は、呼んでもいないのにステージに上がってきた中国側とのやり取りだけで、どうやらおしまいになっちゃいそうです。
馬英九の党主席就任によって、これまで主席を務めていた呉伯雄は栄誉主席(いつも訳に困る。原文にならって栄誉主席にするか、日本で一般的な名誉主席にするか)に就任しました。既に栄誉主席の座にいる連戦・元主席と同じポストに就いたわけです。このことについて17日の聯合報は国民党内の人物の話として以下のよう伝えています。
党政府筋の者によると、馬英九総統はシンガポールで行われる今年のAPEC首脳会議でも、連戦を代表に委任して出席させるつもりであり、呉伯雄は国共両党の土台作りを推進することに責任を持たせ、二人の栄誉主席が両岸関係、外交関係の推進を補佐し、連・呉両名も密接に分担することになる。
指摘によれば、馬英九総統が党主席を兼任した後は、党政の枠組みは「党が政治を補佐する(以党輔政)」ものになるという。党の組織が政府を助ける重点は、両岸関係にあてられる。呉伯雄が栄誉主席に就任することにより、馬英九総統の代理という身分によって国共のプラットホームの推進を続ける。既に馬・呉の二人は何回も意見交換を行っている。国民党の者によると、年末に予定されている第4回の江丙坤・陳雲林会談ではECFAは議題に入っておらず、最速でも来年の第5回協議でようやく署名にこぎつけることができるという。国共論壇は、この第4回・第5回の海基会・海協会会談の間、すなわち来年3月か4月に開催される見通しで、タイムスケジュールはよりいっそう特別な意味を持ち、「これは馬・呉の二人の暗黙の了解だ」という。
ちょっと推測に頼っている部分も見受けられるのですが、「総統が党主席を兼任し、一方で前・元主席が栄誉主席として両岸交渉にあたる」というのは、その手法はともかく、人物や肩書きという点では「ああなるほど、そういう手もあるか」とも思えなくもないなあ。
これに対して大陸側は連戦・呉伯雄に対しても祝電を送ったとか。旺報の記事を転載する形で伝えた18日の中国時報から。
馬英九は17日の国民党第18回全党代表大会で党主席に就任した。北京はすぐに「中国共産党中央委員」名義で祝電を発した。その後、北京の祝電とは別に、連戦と呉伯雄の両栄誉主席にも祝電が送られた。しかし、中共はこの2通の祝電では胡錦濤総書記の名義で出している。
なぜこのような「異なった待遇」があるのか?ある者によれば、連戦と呉伯雄はかつて胡錦濤と面会したことがあり、そのため胡錦濤が自ら「古くからの友人」に向けて祝ったのであって、まだ会ったことのない馬英九主席に対しては中共中央委員会の名義で出したのだという。実際、7月に馬英九が国民党主席に選ばれた際には、中共中央委員会総書記胡錦濤として祝電が送られている。(中略)胡錦濤は祝電の中で、連戦が国民党栄誉主席に留任したことについて真摯に祝意を述べ、連戦が2005年に国民党代表団を率いて大陸を訪問したいわゆる「破冰之旅」の苦労について強調している。署名は「中国共産党中央委員会 総書記 胡錦濤」であった。
これに対し連戦は「両岸は、九二共識の土台の上で制度的な協商を回復させて以来、海峡の平和的安定を促進し続け、両岸の人々の福祉を増進してきた。今後もさらなる努力を重ねるべきであり、五項目の平和ビジョンを強化しなければならない」と返信している。
さらに、胡錦濤と呉伯雄の往復電文では両人とも「両岸の平和発展への共同ビジョン」について触れている。これは2005年4月から5月にかけて初めて連戦・胡錦濤が合意したものだ。違いがあり?胡錦濤、連戦と呉伯雄にのみ祝電を送る (中国時報)
と、もともと両岸関係は馬英九政権や行政院が、というよりも彼らが前面に出てきていたようなところはあったけど、馬英九の党主席就任で手綱が移ることはなさそう。言いようによっては、重鎮を使った重量級の外交ってことになるけれども、結局は九二共識を国民党流に解釈した従来の流れのまま進むのと変わらない。
総統と党主席の兼任により、見た目では完全執政状態になった馬英九。早くも馬英九・胡錦濤会談なんて話も出ているけれど、当面の間、これまで同様に両岸関係で直接名前が出てくることはほとんどないでしょう。そのための両輪の栄誉主席であるし、その方が両党両政府首脳にとって都合がいいはずなんだもの。
それにしてもこの北京の中国共産党中央委員会が送ってきた祝電、お祝いどころかどう見てもケンカを売りに来ているようにしか見えないんですけど。
17日、中国共産党が送ってきた祝電の内容は以下のとおり。
「台北の中国国民党中央委員会および馬英九主席:
ここ数年、我らが両党の共同の努力により、両岸関係の平和的発展に関する重要なコンセンサスを双方でまとめることが積極的に推進され、両岸関係の歴史に新たなページが加わった。我らが両党が、『両岸の平和発展への共同ビジョン』を共に形にすることを継続することを心から願っており、九二共識を堅持し、台湾独立に反対するという既存の政治的基盤の上で、互いに信頼を深め、交流を促進し、相互信頼を拡大し、両岸同胞の福祉を増進し続け、ともに中華民族のよりよい未来をつくろうではないか」これに対し中国国民党中央委員会も直ちに返信を行った。
「北京の中国共産党中央委員会および胡錦濤主席:
お祝いの手紙をいただき、謹んでお礼申し上げます。我らが両党は、実務のフレームに基づき、また将来の共同体関係を創始し、両岸関係の平和的発展のコンセンサスを推進を確立してきました。両岸人民の幸福をはかるため、また炎帝と黄帝の子孫が平和を作るため、相互信頼を増強と互いの利益を築く努力を続けることを期待する」馬英九が主席を引き継ぐ 胡錦濤は祝電を送る (中国時報)
春の『けいおん!』ほどじゃないけど、周囲の人から「ねえ、『とある科学の超電磁砲』観てる?」って聞かれます。ごめんなさい。観てません。おいらの趣味嗜好がどういう風に理解されているのか、聞かれるたびに不安になって仕方ありません。
とは言いつつも、前回の「優しく積もるこの雪のように。」でも書いたようにおいらはタイトルで釣られやすい性格です。『とある魔術の禁書目録』と合わせて、心を鷲掴みにされるタイトルですね。うん、タイトルだけなんだ。うん、実は読んだことないので中身はよくわかってません。
インデックスの方は、「いつか『とある美術の焚書目録』とかってタイトルでブログ書くんだ」なんて意気込んでいるんですが、そういう用意をしているものに限って書くネタがやってこないし(故宮博物院関係でないかなあ)、あるいは気がつかずに文字通りお蔵入りになっちゃうのでした。いちおう今回だってこれでも本文書く1.5倍くらいの時間使って捻ったんだけどね。捻った結果がこの程度かよ!っていう。
さてさて、まずは科学っていうか化学のお知らせから。
こすもたんのサイト、「CHEMICAL SYSTEM LE」がついに「chemsys.cc」に移転しました。ばんじゃーい。「探しものは見つけにくいものでした。」などで書いたように、このドメインをぐぐってここに迷い込む人が多かっただけに、
でもって今度のお知らせは科学。
2カラムになっているこのブログのトップには、左側にどうしょうもないメニューがでろろろろろっと並んでいます。このいちばん下のほうにBOINCの個人成績のgifが貼ってありますが、ここでお分かりのとおり、おいらはTeam 2chのメンバーだったりします。
板チームはUD時代から@hiyoko、つまり東アジアnews+板じゃなくて初心者の質問板なんですけどね。2chでの本拠は完全に移っちゃった感じがするけれど、板チームを移転するのはなんか心苦しくて@hiyokoのままです。
そんなBOINCで、実は10以上のプロジェクトに足を突っ込む超雑食家ですが、メインはやっぱりWorld Community Gridです。このへんがTeam 2chっぽいなあ。このところ自分のクレジットに占めるWCGの割合が下がってきていたので、最近はずっとWCGばかり。75%くらいまで減っていたのがちょっとずつまた戻りつつあります。
そんな中、WCGを始めてから2年半もたってようやく10万クレジットを達成しました。ばんじゃーい。
台湾と日本、中国の合作により2010年に公開が予定されている映画『台北飄雪(邦題:台北に舞う雪)が、マンガにもなり、来月から日本の携帯電話のサービスで連載が開始される。
映画『台北飄雪』は日本の青春恋愛小説を脚本化したもので、台湾にやってきた大陸の女性歌手が喜んで人助けをする男性に出会い、仕事探しを手伝ってもらうと同時に、彼女もまた台北で性格の異なる男女と出会うというストーリーだ。作品では一人の女性と三人の男性とのすばらしい愛のエピソードが綴られている。この作品はまた、今月17日から始まる第22回東京国際映画祭にもエントリーされている。
この映画は霍建起(フォ・ジェンチイ)監督がメガホンを取り、日本からの脚本のほか、陳柏霖(チェン・ボーリン)、楊祐寧(トニー・ヤン)、莫子儀(モー・ズーイー)、童瑤(トン・ヤオ)などの台湾、大陸の有名映画スターが出演する。さらに、まもなく出ようとしている同名のマンガ作品は、田代親世が書いた脚本を漫画家の五條さやかが描くもので、11月2日から日本の携帯サイト「Wonder Comic」で連載が開始される予定だ。
日本語ソースが見当たらないなあと思っていたら、普通に毎日新聞に記事があってびっくりした(台北に舞う雪:日中台合作映画をケータイマンガ化 「ワンコミ」で11月から配信)。脚本が田代親世というのと、既に試写か何かで観た人の感想がそんなでもないというのが個人的に少し心配。あ、マンガは絵を見たけどちょっと...かな。映画に期待です。ちなみに、こういうので脚本とか出演者とかよりもまずタイトルで食指が動くのがおいらです。『台北に舞う雪』。わ、超惹かれる。でもこういう人は、釣られ率がハンパないです。
東京国際映画祭での上映は19日だそうなので、それ以降になったらまたレビューとかも充実するのかな。
ところが、ここにきて先週あたりからパラっと増えたのが、「chemsys.cc」。なんでやねん。と思って試しにぐぐってみたら、いちばん上に「小ネタ39連発。」が来たし。どうやら「http://chemsys.cc/」が死んでいるみたいで、きっとその行方不明の理由を知りたかった人が、ますます誤った方向に進んでしまったようですね。皆さま、たいへん申し訳ありませんでした。ちなみに、消失してしまっている原因は、
>chemsys.ccのほうきえてね?やっぱ全裸のレンのせいか......
まじでそうかもしれない。◆2009/09ログ◆ (CHEMICAL SYSTEM LE)
ああ。そういうことなら仕方ないね(えー)。
当サイトは、あらゆる意味でchemsys.ccの復帰を祈念しています。
それとは全く関係がないのですが、おいらの記憶から行方不明になっているボカロ曲があって、ちょっと前から頭の中でひっかかりっぱなしになっていてちょっと困っています。発端はフェイPの
ついに昨日からJOYSOUNDリクエスト投票が始まりました!
対象となる楽曲は以下の5曲です。
フェイP feat.鏡音レン 青色ラプソディー
フェイP feat.GUMI きみにごめんね
フェイP feat.初音ミク 白いつばさ
フェイP feat.鏡音リン 飛んでけ!片思い!
フェイP feat.鏡音リン バイ-Bye-Bicycle
恐らく、当面はきみにごめんねの入曲を目指す感じになると思いますが
ポイント余ってましたらみなさんよろしくお願いします!「きみにごめんね」殿堂入り!&カラオケ投票開始のお知らせ (作曲活動ブログ)
っていうアナウンス。あ、フェイPが悪いわけじゃないんですよ。フェイPの曲かなり好きですし。リョータイさんのすっ飛んだ歌詞(あそこまで日本語を駆使するのはすごいと思う)といい、いいコンビだなあって思います。
こういう時に、初音ミク Wikiで項を立ち上げた曲にやっぱり少し思い入れが強くて、ラインナップを見ていて「この中だと『バイ-Bye-Bicycle』でしょう、常識的に考えて」と思っちゃうのがおいらのよくない癖。ていうか下3曲がそうなんですけど。今見てみたらウォッチリストに19曲もあるので支援はちょっと辛いかなって気がしますが、やっぱり全力支援っていうことで。
で、その流れで「あれ?あの曲がないな」と思って探しているのが件の脳内行方不明の曲。実は歌詞をワンフレーズたりとも覚えていないんですが、「小さな頃から住んでるこの街も、家が増えていろいろ変わっちゃったね」という感じで、ミク・リン・レンが出てくるパステルカラーなPVで、なんとなく「引っ越し」のイメージがある曲。そんだけ。書き出して改めて思ったけど、ほぼノーヒントじゃんか、これ。
印象には残っているんだけどおいらのiPodには入っていないので、たぶん気に入ってwikiで項立てしてそのまま記憶の箪笥に仕舞い込んじゃったんだと思う。曲のイメージ的にフェイPかと思ったんだけど違った。じゃあ希望Pかと思って探したんだけど、これも違った。うーん。正直手詰まりなので、ボカロ厨のみなさんでピンと来た人がいましたらぜひ教えてください。あ、ティンと来た人でもOKです。
さてそんな10月10日というのは、台湾というか中華民国にとっては国慶節にあたる双十節の日でした。なので誰かやるかなと思っていたら、本当にやってくれた人がいました。今からでも遅くはない。逃げてー。
本来であれば大々的に祝うというのが本来の姿なのですが、今年は八八水災で多くの犠牲者が出たこともあって、総統府内での式典と総統談話の発表に留められました。図らずもお隣中国が60周年ということで本気出したのとは対照的になっちゃいましたね。
それこそ去年は「萌えの日」に浮かされたおいらが「こんな日に国慶典礼の話なんかをするのは無粋っていうもの。そっちの話は東亜+に期待しよっと。って、立ってないじゃんか」なんて書いてましたけど、今年は馬英九の国慶談話の中身でも。まあ、どうせ数日後には台北駐日経済文化代表処のサイトに日本語訳の全文が載っちゃうんだけどね。しかも今見たらやっぱり東亜+にスレ立ってないしね。ま、そっちは後ででいいか。何はともあれ、就任2年目の馬英九総統の国慶談話はこんな感じでした。
蕭萬長副総統、呉伯雄主席、宋楚瑜主席、郁慕明主席、五院の院長、資政、国策顧問の皆さん、そして各首長のみなさん、来賓の皆さん、さらに全国の同胞の皆さんこんにちは!
今日は、中華民国98年の国慶節です。8月中旬、政府は今年の国慶節では核となる典礼を行うほか、その他全ての慶祝行事を注意することを決めました。これは「八八水災」で700人以上の国民の命が奪われ、または行方不明になったからです。私たちは、自分の身内を失ったのと同じような悲しみを抱き、それゆえに国慶節の行事を行うような気分にはなれませんでした。ただただ、亡くなった方々が安らかに眠ることと、故郷がより安全になり悲劇が二度と起こらないことを願いうばかりです。これらは全て私たちが被災者や全国の国民の皆さんに向けて行う最も厳かな約束です。
(中略:災害に強い国土作りに向けて)昨年5月の就任以降、世界がまさに急速に変化し、難題に満ちた時代に入ったことを強く感じました。国家がどのようにこの難題に挑むかは、その衰退ないしは存亡の鍵となります。
(中略:世界金融危機に対する対策と成果について)数ヶ月前、メキシコでH1N1型新型インフルエンザが流行した際にも、世界で再びパニックがひきこされました。それらはSARSのように命に関わるようなものではありませんでしたが、私たちは油断することはできませんでした。
(中略:新型インフルエンザに対する対策と、今後の備えについて)台風モーラコットは決して最後の台風ではありませんし、H1N1新型インフルエンザも最後の疫病ではありません。今後起こりうる天災に対し、私たちは「敵を量るには寛大に、敵を御するには厳重に」という気持ちで備えなければなりません。どの台風もモーラコットのように立ち向かい、どの伝染病もSARSのように予防しようとしなければなりません。そうすることによって被害は大きく減ることでしょう。
(中略:災害に対する意識について)この一年、両岸関係は大幅に好転し、台湾海峡には平和の機会が訪れました。これは、両岸が協力して努力した結果であり、大多数の人々の期待に一致するばかりではなく、国際社会の全面的な承認をも得たものです。一年あまりの間、両岸は「九二共識」の実務の土台の上で、9項目の協議にサインをしました。大陸からの観光客から両岸三通の直航、食品の安全から司法の協力に至るまで、協力の範囲は日に日に拡大し、善意と相互信頼が徐々に積み重ねられていっています。私たちは、両岸の「金融監理協力覚書(MOU)」、両岸の「経済協力枠組協議(ECFA)」を含め、両岸の人々の福祉に利する多くの仕事が実を結び、私たちの進めることが待たれていると信じています。しかし、両岸の隔たりと懸念は、その歴史的要素もあって一足飛びにしたりすぐに取り払ったりすることはできません。今後、両岸関係の平和的発展は、やはり双方が信じる気持ちを持ち、現実を直視して段階を追って進める必要があり、相互の信頼関係を拡大させることで、異なる点を変化させ一致する部分を求める必要があります。
最近、人々を感動させ喜ばせたこととして、昨年大陸で発生した四川大地震で台湾各界が積極的に義捐金を送り、その金額とボランティアの数は世界のトップとなったことがありました。今年の台湾の「八八水災」では大陸も互いに負けてはおらず、その救援物資や義捐金はやはり世界トップでした。両岸の人々のこうした「血は水よりも濃い」という民族感情は、将来の両岸関係に自信と期待を与えてくれます。
私たちは、両岸関係の平和的発展が、同時に、国家の主権と台湾の利益が損なわれるのではないか、と一部の人々になおも懸念を抱かせていることも理解しています。私たちは国会や政党といった各種のルートによる対話と交流を通じて、全国民の大陸政策への共通認識を凝集させたいと思っています。台湾は一つの民主的社会であり、政府が両岸のテーマを扱うにあたっては、国家主権を維持し国民の福祉を増進することを原則としなければなりません。また、民意と国会の監督を受け入れ、この点をいつも忘れずにし、必ず身をもって体験し、努力実行することを確実に行わねばなりません。
(中略:両岸政策の成果)
このように、両岸関係には大幅な改善が見られますが、私たちはまた、対岸の軍事的威嚇を軽んじたたことはありません。私たちは台湾海峡の平和を積極的に追求しますが、台湾の国防と安全を犠牲にすることは決してできません。そのため「防衛し守り抜く、効果的に抑止する」という国防戦略を今までどおりに私たちは堅持します。私たちは、志願制をベースとした専業化した軍隊と、「小さいけれども立派な、小さいけれども強い」国防武力を積極的に発展させるとともに、これらにより台湾・澎湖・金門・馬祖の安全を護ります。98年という中華民国の歴史を回顧すると、感慨深いものがあります。中華民国政府は大陸に38年間ありましたが、北伐後の「黄金の10年」を除けば多くの期間で戦乱が頻発し、人々の生活は困窮を極め、国父である孫中山の建国の理想が全面的に実現される充分な機会がありませんでした。しかし、中華民国政府が台湾に移って60年が経過し、土地改革が実行され、普通教育が普及し、経済発展が推進され、社会福祉の体制も構築され、民主的憲政が実施されました。この60年間の国家建設を通じ、台湾の中産階級は成長し、メディアも自由に開放され、公民社会も安定し、環境保護の意識も高まり、社会コミュニティが作られ、ボランティア活動も盛んに発展しました。私たちは一歩一歩、一種の台湾の特色ある中華文化を創造してきました。これは、私たち国民全体の共同の財産であり、誇りであります。
この60年来、中華民国と台湾の歴史および文化は、既に一緒のものになっています。いわゆる「台湾精神」は漠然としたスローガンではなく、かつてこの土地のために奮戦した人々の身の価値と風格を示したものです。台湾先住民の歴史を記した連雅堂、民権運動の啓蒙を推進した蒋渭水、日本人の抑圧に抵抗した莫那魯道、台湾文学の種を蒔いた頼和といった日据時代の人々から、土地改革を推進した陳誠、経済のモデルチェンジを行った李国鼎、孫運璿、『自由中國』から『美麗島』まで数十年にわたり民主人権を勝ち取った志士たちといった近代の人々まで、理想を堅持した百年来のこうした人物たちこそが「台湾精神」の代表人物なのです。こうした精神は、例えばオリンピックやデフリンピックでたゆまぬ奮戦を見せたスポーツ選手のように、災害の中で寄附や救援活動を行ったボランティアと慈善団体のように、緊急時に自らを犠牲にし全ての乗客を救護した2人の大型バスの運転手、蘇勝裕と侯文田のように今日まで続いています。さらには優人神鼓、表演工作坊や小西園掌中戯団などが台湾文化を世界に示しています。このほか、朱銘の彫刻、廖修平の版画、劉國松の創り出した新国画なども世界の人々から高い評価を受けており、世界の芸術界で一定の地位を占めています。台湾では各分野でこうした手本がほぼいつでも示されており、「台湾精神」の象徴となっています。また彼らは、悠久で豊かな中華文化の中に活き活きとした台湾の特色を注ぎ込んだのでした。
この「台湾精神」は、台湾人の中核をなす価値観を明確に表しており、中華文化の深みが内に豊かに満たされ、台湾を育て、私たちを育ててきました。そして私たちの次の世代も育てていくことでしょう。私たちは互いにこれを大事にしなければなりません。手を携えて前進し、「台湾精神」を大いに発揚させ、後世に伝承させていかなければなりません。(中略:あと400日あまりで建国100周年になることから準備委員会の設置を表明)
国民のみなさん、私たちの信念は確固不動のものであり、私たちの歩みは着実でまっすぐなものであります。私たちは各種の国家建設に全力を傾けて推進し、中華民国のために今後の100年間の繁栄の確固たる基礎を固めていきます。最後になりましたが、中華民国の国運の隆盛を祝い、来賓各位のご健勝を記念します。馬英九総統、「中華民国建国98年国慶典礼」を執り行う (中華民国総統府)
うん。実は作業していたらノッツさんのUstが始まって、しばらくそっちに頭が行ってしまい訳どころじゃなくなっちゃったので途中なんです。
ああいう状況下でも絵を描いたりリスナーの相手ができるというのは本当にすごいや。で、単にそれで作業が止まったのならまだいいんですが(よくないよ)、おんぼろノートPCが動画に耐え切れず物理的に止まりやがりました。MTの自動保存機能で半分くらい戻ったんですが、逆に言えば半分があぼーんですよ。というわけで残りは今日の夜にでも。っていうか残りの部分がおいらとしてはメインなんですけどね。うーん。パソコン買い換えよう、そうしよう。景気が回復したらパソコン買い換えるんだっ!(逃げ前提のフラグ)
★ 追記(10/15 02:00)
って、4日もかけてどうすんのさ。ちょっとずつ訳していたらいつの間にか台北駐日経済文化代表処が日本語訳を出しちゃったじゃんか(馬英九総統、中華民国建国98年国慶節祝辞)。めんどいので、全文はそっちを読んでください。
前半の国政報告と今後の方針はまあよいとして、個人的に「あれ?」と思ったのは真ん中の両岸関係のところと、後半の「台湾精神」のところ。
四川大地震と八八水災を例に出して「血濃於水(血は水よりも濃い)」と両岸関係を形容したのは、以前にもスレを立てた記憶があるので今回は驚かないのですが、そうした両岸関係の密接さ(密接っていう距離感の形容じゃないけど)やECFAなどの推進を謳いながら、国内のコンセンサスや中国の軍事的脅威といった文言も入り一定の配慮をしています。あくまで一定のなんですけど。
こっちは日本でも報道されてましたね。スレはRTIの日本語版で立ってます。しかし伸びないね。
【台湾】 馬総統、双方の災害支援で"血は水より濃い"と今後の両岸関係に期待。双十節の式典での演説で [10/11]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1255261647/
そして、今回は「中華民国の満98年の慶祝行事」なのに、後半では98という数字よりも「台湾に政府が移ってからの年数」である60の方が多く出てきました。それはある種喜ばしいことなのかもしれないんですけど、台湾の歴史は60年前よりはるか以前から脈々と刻まれてきたものです。行事が行事だけに仕方のないことではあるものの、そこに微妙に釈然としない部分があったり。
また、馬英九の祝辞の中でひっかかった部分として、「中華民國與臺灣的歷史與文化早已結合為一(中華民国と台湾の歴史および文化はもはや一つとなった)」あたりはともかく、「也在悠久博大的中華文化中,注入了鮮活的臺灣特色(悠久で豊かな中華文化の中に活き活きとした台湾の特色を注ぎ込んだ)」とか、「我們一歩一歩地創造了一種具有臺灣特色的中華文化(私たちは一歩一歩、一種の台湾の特色ある中華文化を創造してきました)」とかが上げられるかな。なんていうか、「どっちがメインやねん」とツッコみたくなるような違和感を覚えたのでした。
うわっ。またかよ。
1年近く前に書いた「【100回&6,000HIT記念】折角なので「ぶちぬけ!2008!」を歌ってみた。」
あ、でも、ヒマなときに筆ペンで落書きしているのは本当です。初音ミクなんて描いたことないけど。まさに落書きレベルです。なんで筆ペンなのかっていうと、案外すらすらあっと描けるのが好きなのと、いざというときにガガガっとすぐに塗り潰して消せるから。あはは。
じゃあ、「うp汁」以外の注文を聞こうか。
9月のシルバーウィークあたりからちょっと生活が不規則で(ていうか規則正しい生活なんてずいぶんしていないんだけど)、ブログも連休挟んで10日近く放置していたかと思ったら、精神状態を疑うような内容のものまで込み込みで2日で5回も書いたりして、本当にごめんなさい。
しかも、ここ数週間ロクにメールも返していないは、そういえば借りたDVDも返してないはで仁義を欠いてばかりです。
そのくせ、だいぶ放置しっぱなしの高速道路の話とか、台湾各紙の話題とか「週末くらいには書きたいなあ」という積み残しがちらほら。っていうか、先週もそんな風に考えていたおいらがいました。書いていません、ええ書いていませんとも。
とまあ、11ヶ月で100回もどうでもいいことを書いておきながら、まだ何か書き足りないようです。困ったものです。とは言うものの、おいら自身にあんまり余裕が無くて、そっちでも困ったものなのです。別に数を競っているわけじゃないし、誰に期待されているっていうわけでもないので、粗製濫造に走るよりゆっくりしていったほうがいいのかもしれないですね(いや、ゆっくりやったからって質の高いネタが生まれないのは重々承知しているんだけど)。
ていうか、本当に1年弱で100回も更新していたのかあ。そっちの方が驚きだなあ。(正確には、No.103「10年後の彼女が幸せでありますように。」が非公開になっているのと、No.179が欠番なので、「書いたのは99回、公開しているのは98回分」ということに)
それだけ書いているのに文章の稚拙さに向上が見られないし、ネタもさして面白くないまま(そっちは諦めてください)。現状認識はイヤというほどわかっているので、どうか次の100回に向けて生暖かい目で見守ってくだされば幸いでっす。
最後にちょっとだけタイトルに微妙に近づけてみます。前回の「おおええああええおおええ(ry。」の冒頭でちょこっと触れたgedanさんが描いてらっしゃった初音ミクを携帯の壁紙にしてみました。
おおお。こんな時(たぶん年に4回くらい)にしか使わないPhotoshopで目分量で調整しただけなのに、携帯の時計表示が意外にいい場所に収まったので、しばらくはこれを使おうと思った。
こういうのを見るとますますあれだね、おいらなんかチラシの裏に描いてろって感じだね。まー、実際んとこ、そんな感じなんだけどね。
さてさて、6日発売の「SPA!」に「民主党政権誕生でネット右翼はどこへ行く」という見出しの記事があって、これがどのくらい「ウヨ脂肪wwwwwwwwwwwwwww」なのかとwktkして立ち読みしたんですが(買えよ)、あまりに大したことなくてしょんぼりでした。ネット右翼の痛さの一端は世の方に伝わったと思うのですが、現在位置の捉え方もイマイチな特集が行く先を予見できるわけがないのでした。
一方その頃、『沖縄ノート』の一件をはじめ何かとネット右翼諸氏の評判が芳しくない大江健三郎が、台湾を訪問なう。おお、ようやくタイトルにつながった。
台北では今回の訪問に合わせて、中国の中国社会科学院と台湾の中央研究院が共催するシンポジウムも開かれるとあって、いちノーベル文学賞作家の訪問というだけではなく、中台関係という方面にもちょっと影を落としてます。
しかし、この文学検討会は今まで行われなかった。民進党籍の民代がこの「国際検討会」が中国の圧力により「両岸検討会」に降格するのではないか、と問うたためだ。場外の政治的きな臭さが、かなり濃かったのだ。
大江健三郎は台湾到着後の記者会見で(中略)「私の最大の希望は、中国の学者と台湾の学者が、平等かつそれぞれが独立した状態の下で、私の文学について議論されることだ」と述べた。日本の作家、大江健三郎が訪台 両岸文学界が集って議論 (中国時報)
なので、中央研究院中国文哲研究所の研究員を務める李明輝が6日の自由時報に寄せた『大江健三郎の来訪と両岸関係』を中心にうだうだ書こうと思ったのですが、6日の聯合晩報に気になる記事を見つけたので予定変更で。
なんでも、6日に行われた作家・朱天文との対談で、大江健三郎が「おそらく最後の長編小説」と言う『水死』のあらすじを初めて語ったとのこと。まあそれならそれで「へー」で終わるんですが(おいおい)、設定がちょっと一波乱呼びそうなのでそっちの記事を訳してみたり。ざくっとぐぐってみたのですが、やっぱりプロットがここまで明らかになったのって初めてみたいですね。うーん、そういうのを国外で言うのも珍しいんじゃないかなあ。
「もし、第二次世界大戦末期に、爆弾を満載した神風特攻隊が東に飛び、東京上空に達して天皇を爆死させていたら、日本はより強大な方向に発展することができただろうか?」
大江健三郎は6日、小説家の朱天文との対談の際、最新作の小説『水死』のあらすじについて初めて明かし、日本の天皇制に対する自らの深沈たる見解を表した。大江健三郎は、「『水死』は、現在執筆している小説だ。その表現された世界の背後の一つには、語り手が長く辛い旅路を重ねるT・S・エリオットの著名な詩『荒地』がある」と話した。大江がこの小説に登場する父親に与えたキャラクターは、天皇に対して強烈な愛憎の念を抱いており、常々「死ぬのであれば、『死に行く』ことが死なのか?それとも『殺される』ことが死なのか?」と考えているというものだ。
小説の背景には、第二次世界大戦末期の1945年、当時多くの神風特攻隊の隊員が九州から飛び立ってアメリカの戦艦に体当たりし、国のために殉死していたというものがある。小説の中の父親は、「もし飛行機が東にずっと飛んで東京にまで達することができたら、皇居の防空壕にぶつかって行くことさえできれば、ひょっとしたら天皇を殺すことができたかもしれない。戦後の日本もあるいは違ったものになったかもしれない」と奇抜な考えをふと思いつく。
しかし、小説の中の父親は、最後には船を操縦して海に出て行き、行方もわからないまま終わる。対談に参加した大陸の小説家、莫言は、「結末を少し改めることはできないだろか?例えば、航海に出た父親をアメリカ、あるいは中国に向かわせて、ラストでは白髪だらけになって再び故郷に帰るというのはどうだろう」と異なる結末を提案した。
これに対し大江は、「この小説『水死』は3つの章で構成され、今なお何度も筆を入れてる最中で完成していない」と答えた。今回の検討会参加は、大江にとっても初めての台湾訪問であり、一着のスーツのほか、荷物の中にはこの作品の原稿も入っており、この2日間もどのようにして脱稿するかずっと決めていたという。大江は笑いながら「ひょっとしたら、朱天文と莫言の提案が私に対するインスピレーションとなるかもしれない」と話した。もし本当にそのようになるのならば、「今日、この場にいる全ての人が、この小説にとっての証言者になるだろう」。
長編小説の登場人物の「ふとした思いつき」とやらで作品の全貌を掴もうとするのは無理なことですが、聯合報のタイトルにもあるように、ひっかけとしてはインパクト大だよね。おいらもちょっと気になってしまったくらいだから、ある意味釣られてますね。
とはいえ、そんな仮定でさえも「作者:大江健三郎」というのと相まって、「てめぇこのやろう」となる方々がたくさんいるのも事実なわけで。ま、いつごろ発表になるかわからないけど、忘れそうになりながら待つしかないですね。
ちなみに、わざわざ台湾まで持っていったというこの作品、いくら書きかけとはいえわざわざ台北まで原稿を持ってくるのもなんか不思議だなと思ったのですが、7日の中国時報によれば、
大江健三郎が「最後の小説」と口にする『水死』は、大江が台湾に来る前日になってようやく初稿が完成した。大江はこの小説の原稿をスーツケースに入れて台北に到着した。大江は6日、「昨夜、ホテルで、ようやく最後の2つのパターンの中から選ぶことができた。今回の台北訪問は、私に小説の結末を見つけさせるためのものだったのか!」
『水死』の結末、大江は台湾に来て見つけ出した (中国時報)
とあるので、個人的にはこちらのほうがちょっとありうるのかなあと思ったり。
★ 追記(10/08 08:10)
なんか前に似たような話をした気がするなあと思っていたら、違うほうの大江で「おおええああええおおええああええ。」を書いていたことが発覚。1年たってもタイトルの発想が変わっていない!なんてこったい!(AA略
しかも「アンインストール」が権利者削除で
★ 追記(10/08 08:15)
昨日の夜、雑談スレでちょろーんと聞いたのは、「ていうか確かに台湾での催しでの発言だけど、内容として東亜+で立てるのは微妙じゃない」と思ったから。そんなチキンなおいらをよそに、立ってた。ま、いっか。
【日台】大江健三郎さん、台湾で最新小説「水死」について対談 日本の天皇制に対する深い見解語る[10/06]
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1254931690/
この国慶節、日本から見れば海の向こうの国の建国イベントなのですが、台湾からすればこれはちょっとばかし扱いに困るもの。それこそ「海の向こうの国の建国イベント」と割り切ることもできそうだけど、当の北京サイドはあくまで「台湾地区の中華同胞が共に祝った」と扱うし、そもそも中共の成立は中華民国政府が南京から台湾に転じたことに起因するわけで、国民党としても面白いものじゃない。
そんなわけで、当初4人の国策顧問が国慶節に呼ばれていたのですが(1日の自由時報の記事では工総理事長の陳武雄が抜けている)、与野党からの猛反発の末、結局は北京まで行ったものの出席を取りやめています。そこで「個人の問題だから」と言う総統府もかなり苦しいところですめ。
中国では今日、建国60周年の国慶節と閲兵式典が行われる。統一戦争の効果により、広く台湾から100人あまりが招待されているが、その中には弁護士の許文彬、電電公会の許勝雄理事長、功文文教機構の蔡雪泥など3人の総統府国策顧問の名前が載っており、争議を招いている。与野党の立法委員は共に不適当だと非難し、すぐに国策顧問の職を辞するべきだと呼びかけている。
総統府は30日夜、「これは国策顧問の個人的な行動であり、総統府はこれら個人の行動に対して論評しない」とコメントした。国民党の立法委員、呉育昇は、「もし国家の職位に就いていなければ大陸の国慶節への出席も彼らの自由であるが、国策顧問を兼ねた身で出席することは、非常に不適当な行為だ。特に今年は台湾が水害のために国慶式典を取りやめているのに、大陸は建国60周年で規模を拡大して行っており、彼らが自らの立場をこのように表明することは、人々を混乱させ、中華民国を辱めることになる。ただちに国策顧問を辞任するべきだ」と非難した。
(中略)民進党の立法委員、蔡煌瑯も「これらの者は、中国が統一戦争の手本となる人物として利用されているのであり、中国が台湾に対して主権を有するということを明らかにするために使われているのだ。総統によって国策顧問に任ぜられている彼らが、敵味方をはっきり意識していないことは、はなはだ遺憾だ」と痛烈に批判した。国策顧問が中国の国慶節に列席へ 立法委員が辞職を促す (自由時報)
この国慶節の催しのうち、華やかな軍事パレードは日本でも報道されていますが、胡錦涛が講話の中で台湾海峡問題について触れたことも忘れてはいけません。お約束だけどね。
我々は、「平和的統一、一国二制度」の方針を確固不動に堅持し、香港・マカオの長期にわたる繁栄と安定を維持する。また、台湾海峡の両岸関係の平和的発展を推進し、祖国の完全なる統一という中華民族の共通した願いを実現するため、努力することを続ける。
共和国成立60周年大会が盛大に行われる 胡錦涛が講話を発表 (中華人民共和国政府・強調は引用者)
これに対し、台湾では大陸委員会が当然反発、行政院で頼幸媛主任委員が「受け入れられない」と断言します。まあ、これも含めてお約束。セレモニーにお約束はつきものだ。
行政院大陸委員会の頼幸媛主任委員は、立法院内政委員会での答弁の中で、「彼の述べたことは、我々の政策と異なる」と述べた。頼幸媛は、「台湾は一国二制度を認めることはできず、両岸政治の現状に高度な主権争議があることは事実である。中華民国は主権独立国家であることも事実である。また、台湾の多くの人々と政府は、中国の言う一国二制度は受け入れられない」と強調している。
一方、呉敦義行政院長は、中国が軍事パレードの規模を拡大させたことについてこんなコメントを。
呉敦義行政院長は、「大陸が建国60周年式典の中でどのような形式で行うかは我々の干渉できるものではなく、またすべきものではなく、彼らを尊重しなければならない。私は、両岸の平和的発展がすでに皆さんの共通認識となっていると固く信じている。我々は大陸の指導者当局がこの点で非常にはっきりとした確固たる方針を持っていると確信している」と述べた。
呉行政院長は、両岸の平和的発展こそが両岸の政局の安定と国民の福祉に対し、最大の意義を持つものであり、アジア太平洋地域の平和と安全、また全世界に対しても大きなプラスの価値を持つと指摘した。
中共建国60周年 呉行政院長:両岸の平和的発展は共通認識 (中国時報/一次ソースは中廣)
そうは言ってもやはりあの軍事パレードは「これが何のために使われるのか」を考えると、気にしないわけにはいきません。そんな状況に対して馬英九総統は、
中共は建国60周年の国慶節の規模を拡大し、閲兵を通じて国力を見せ付けた。馬英九総統は1日、中秋節の軍隊慰労のため宜蘭に向かい、国軍が戦闘準備を抜かりなく行うことを期待し「我々は決して戦いを恐れない。しかし決して戦いを求めてもいない。防衛を固め、効果的に国境を守るのだ」と述べた
馬総統が大閲兵:戦いを恐れず、戦いを求めず (聯合報)
と。ある意味これまでと変わっていません。うーん。この国慶節の軍事パレード、日本同様台湾のメディアも装備などに強く着目しているんですが(そりゃ矛先になりうるわけですから)、個人的にツボだったのは、1日の中国時報がさりげなく「言えない秘密」を入れてきたこと。
多くの自国開発の武器装備、中でも外部の者がことのほか注目する2つの砲撃部隊のロケット弾および長年にわたって準備されてきた「空警2000(KJ-2000)」と「空警200(KJ-200)」の早期警戒機がある。しかし、中共の軍備倉庫の中には、なおも多くの「言えない秘密」があるようだ。今回の閲兵のリストにもまだ含まれておらず、世間の目に触れたことのない2種類の大陸間弾道ミサイル「東風41(DF-41)」と潜水艦発射弾道ミサイル「巨浪-2(JL-2)」だ。
中共建国60年 言えない秘密? (中国時報)
で、逆に個人的にいちばん驚いたのが1日の聯合報の社論。うん、「また」なんだ。済まない。正直なところ、まさか中国の国慶節でそういう視点の話が出てくるとは思っていなかったので驚いた。うーん、そうかあ。って。いろいろと突っ込みどころはあろうかと思うのですが、うんざりするほど長いのでちょっとはしょりながら転載して今夜のところはおやすみなさい。
両岸は1949年の分裂統治から既に60年が経過した。台湾独立論からすれば、1949年は台湾の災難の発端となる。なぜなら中華民国中央政府がこの年に台湾に移ってきたからだ。しかし大きな歴史観から言えば、1949年はより重要な意味を持つ。この年に、台湾は中華人民共和国の一部分ではないことが決まったからだ。
(中略)1949年は台湾においてこれまでずっと一つの社会的タブーなテーマだった。例えば、明らかにそれは大敗走だったが「転進」と言ったりすることだ。こうした類のタブーによって、異なる政治的人物が、それぞれ偏った理念によって1949年を解釈したり操作したりし、一般国民は1949年にについて深く考えたことがなかった。しかし、60年後の今日、だんだんとより多くの志を持った人たちが1949年に立ち返ろうとしている。例えば齊邦媛の『巨流河』であったり龍應台の『大江大海一九四九』だ。また、一部の学者も試みに学術討論を提起し始めている。その趣旨は、「1949年は台湾の苦難だったのか恩典だったのか?」だ。
もし、双方の異なる意見に対して妥協するのであれば、「苦難の伴った恩典だった」あるいは「恩典を伴った苦難だった」などと言っても差し支えない。しかし、もし大きな歴史のマクロな視点で見れば、1949年は台湾が中華人民共和国の一部分ではないことが決まったのである。これは台湾の恩典であるばかりではなく、中国の恩典でもある。1949年がなければ今日華人の世界で唯一総統を直接選挙で選んだり、罪を犯した総統に刑罰を科す自由民主国家たる中華民国はなかったのだ。公平に論じれば、中華民国は1949年に台湾を頼ってようやく生き延びることができ、台湾は中華民国によって「三十年間の災難」(三反五反運動から文化大革命まで)を免れることができ、今日の自由で民主的な地位に達することができたのだ。(中略)当然、台湾ではこの60年の間に苦難(228事件、白色テロ)も経験したが、大きな歴史観から論じれば、1949年は台湾にとって主要な一つの恩典でなければならない。1949年がなければ、今日の台湾はなかったのだ。今日に至るまで、実は台湾はずっと「1949年は苦難だったのか、恩典だったのか」という相違の中に陥っていた。「災難説」を擁する者は、このように考えている。「『終戦』後に外省人(今では中国豚と言う)が台湾に侵入した。1949年は『外来政権』をもたらし、『中華民国』は『亡命政府』だ。台湾を国共内戦に深く落とし入れ、抜け出せなくした」と。
一方、「恩典説」の論者は、「1949年は台湾を赤禍に陥れなかった。冷戦時代も反共保台で、『中華民国』により中共の政権と軍事・外交対立(823砲戦)を行った。ポスト冷戦時代の中華民国は、ちょうど戒厳解除により完全な民主政治が実現し、中共政権との『平和的発展』の立脚点を勝ち取ることができた」と主張する。(中略)この文章の見地は、「台湾は1949年によって多くの苦難を受けてきたけれども、多くの恩典もまた得ている」というものだ。そればかりか、1949年は中国に対しても苦難と恩典の化合物である。この60年間、大陸は山河から悲惨な経緯を経て共産主義の教義を持ち出してきた。台湾は自由で民主的な社会を実現させ、北京の新思考の手本となった。両岸はまた、食うか食われるかという状況から「平和的発展」に向かっている。もし1949年が無かったのなら、もしこの60年が無かったのなら、今日という日はありえなかったのだ。
1949年:台湾の苦難か恩典か? (聯合報)

