じゃあ「蕩れの日」はいつにしようか。

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去年「そうか!10月10日は萌えの日か。」で書いたように、実は知ってから2年目なのですが、10月10日は「萌えの日」でした。来年こそは萌えの更に一段階上を行く「蕩れの日」が人口に膾炙することでしょう。いつがいいかなあ。「戦場ヶ原、蕩れ」の5月14日か、戦場ヶ原さんの誕生日の7月7日か、あるいは単に「萌えの日」に1ヶ月と1日足して(一段階上ってそういうことか?)11月11日とか?って、そもそも広まらないという罠。ぶっちゃけ、流行らないと思うもん。うん。

さてそんな10月10日というのは、台湾というか中華民国にとっては国慶節にあたる双十節の日でした。なので誰かやるかなと思っていたら、本当にやってくれた人がいました。今からでも遅くはない。逃げてー。



本来であれば大々的に祝うというのが本来の姿なのですが、今年は八八水災で多くの犠牲者が出たこともあって、総統府内での式典と総統談話の発表に留められました。図らずもお隣中国が60周年ということで本気出したのとは対照的になっちゃいましたね。
それこそ去年は「萌えの日」に浮かされたおいらが「こんな日に国慶典礼の話なんかをするのは無粋っていうもの。そっちの話は東亜+に期待しよっと。って、立ってないじゃんか」なんて書いてましたけど、今年は馬英九の国慶談話の中身でも。まあ、どうせ数日後には台北駐日経済文化代表処のサイトに日本語訳の全文が載っちゃうんだけどね。しかも今見たらやっぱり東亜+にスレ立ってないしね。ま、そっちは後ででいいか。何はともあれ、就任2年目の馬英九総統の国慶談話はこんな感じでした。

蕭萬長副総統、呉伯雄主席、宋楚瑜主席、郁慕明主席、五院の院長、資政、国策顧問の皆さん、そして各首長のみなさん、来賓の皆さん、さらに全国の同胞の皆さんこんにちは!
今日は、中華民国98年の国慶節です。8月中旬、政府は今年の国慶節では核となる典礼を行うほか、その他全ての慶祝行事を注意することを決めました。これは「八八水災」で700人以上の国民の命が奪われ、または行方不明になったからです。私たちは、自分の身内を失ったのと同じような悲しみを抱き、それゆえに国慶節の行事を行うような気分にはなれませんでした。ただただ、亡くなった方々が安らかに眠ることと、故郷がより安全になり悲劇が二度と起こらないことを願いうばかりです。これらは全て私たちが被災者や全国の国民の皆さんに向けて行う最も厳かな約束です。
(中略:災害に強い国土作りに向けて)

昨年5月の就任以降、世界がまさに急速に変化し、難題に満ちた時代に入ったことを強く感じました。国家がどのようにこの難題に挑むかは、その衰退ないしは存亡の鍵となります。
(中略:世界金融危機に対する対策と成果について)

数ヶ月前、メキシコでH1N1型新型インフルエンザが流行した際にも、世界で再びパニックがひきこされました。それらはSARSのように命に関わるようなものではありませんでしたが、私たちは油断することはできませんでした。
(中略:新型インフルエンザに対する対策と、今後の備えについて)

台風モーラコットは決して最後の台風ではありませんし、H1N1新型インフルエンザも最後の疫病ではありません。今後起こりうる天災に対し、私たちは「敵を量るには寛大に、敵を御するには厳重に」という気持ちで備えなければなりません。どの台風もモーラコットのように立ち向かい、どの伝染病もSARSのように予防しようとしなければなりません。そうすることによって被害は大きく減ることでしょう。
(中略:災害に対する意識について)

この一年、両岸関係は大幅に好転し、台湾海峡には平和の機会が訪れました。これは、両岸が協力して努力した結果であり、大多数の人々の期待に一致するばかりではなく、国際社会の全面的な承認をも得たものです。一年あまりの間、両岸は「九二共識」の実務の土台の上で、9項目の協議にサインをしました。大陸からの観光客から両岸三通の直航、食品の安全から司法の協力に至るまで、協力の範囲は日に日に拡大し、善意と相互信頼が徐々に積み重ねられていっています。私たちは、両岸の「金融監理協力覚書(MOU)」、両岸の「経済協力枠組協議(ECFA)」を含め、両岸の人々の福祉に利する多くの仕事が実を結び、私たちの進めることが待たれていると信じています。しかし、両岸の隔たりと懸念は、その歴史的要素もあって一足飛びにしたりすぐに取り払ったりすることはできません。今後、両岸関係の平和的発展は、やはり双方が信じる気持ちを持ち、現実を直視して段階を追って進める必要があり、相互の信頼関係を拡大させることで、異なる点を変化させ一致する部分を求める必要があります。

最近、人々を感動させ喜ばせたこととして、昨年大陸で発生した四川大地震で台湾各界が積極的に義捐金を送り、その金額とボランティアの数は世界のトップとなったことがありました。今年の台湾の「八八水災」では大陸も互いに負けてはおらず、その救援物資や義捐金はやはり世界トップでした。両岸の人々のこうした「血は水よりも濃い」という民族感情は、将来の両岸関係に自信と期待を与えてくれます。
私たちは、両岸関係の平和的発展が、同時に、国家の主権と台湾の利益が損なわれるのではないか、と一部の人々になおも懸念を抱かせていることも理解しています。私たちは国会や政党といった各種のルートによる対話と交流を通じて、全国民の大陸政策への共通認識を凝集させたいと思っています。台湾は一つの民主的社会であり、政府が両岸のテーマを扱うにあたっては、国家主権を維持し国民の福祉を増進することを原則としなければなりません。また、民意と国会の監督を受け入れ、この点をいつも忘れずにし、必ず身をもって体験し、努力実行することを確実に行わねばなりません。
(中略:両岸政策の成果)
このように、両岸関係には大幅な改善が見られますが、私たちはまた、対岸の軍事的威嚇を軽んじたたことはありません。私たちは台湾海峡の平和を積極的に追求しますが、台湾の国防と安全を犠牲にすることは決してできません。そのため「防衛し守り抜く、効果的に抑止する」という国防戦略を今までどおりに私たちは堅持します。私たちは、志願制をベースとした専業化した軍隊と、「小さいけれども立派な、小さいけれども強い」国防武力を積極的に発展させるとともに、これらにより台湾・澎湖・金門・馬祖の安全を護ります。

98年という中華民国の歴史を回顧すると、感慨深いものがあります。中華民国政府は大陸に38年間ありましたが、北伐後の「黄金の10年」を除けば多くの期間で戦乱が頻発し、人々の生活は困窮を極め、国父である孫中山の建国の理想が全面的に実現される充分な機会がありませんでした。しかし、中華民国政府が台湾に移って60年が経過し、土地改革が実行され、普通教育が普及し、経済発展が推進され、社会福祉の体制も構築され、民主的憲政が実施されました。この60年間の国家建設を通じ、台湾の中産階級は成長し、メディアも自由に開放され、公民社会も安定し、環境保護の意識も高まり、社会コミュニティが作られ、ボランティア活動も盛んに発展しました。私たちは一歩一歩、一種の台湾の特色ある中華文化を創造してきました。これは、私たち国民全体の共同の財産であり、誇りであります。
この60年来、中華民国と台湾の歴史および文化は、既に一緒のものになっています。いわゆる「台湾精神」は漠然としたスローガンではなく、かつてこの土地のために奮戦した人々の身の価値と風格を示したものです。台湾先住民の歴史を記した連雅堂、民権運動の啓蒙を推進した蒋渭水、日本人の抑圧に抵抗した莫那魯道、台湾文学の種を蒔いた頼和といった日据時代の人々から、土地改革を推進した陳誠、経済のモデルチェンジを行った李国鼎、孫運璿、『自由中國』から『美麗島』まで数十年にわたり民主人権を勝ち取った志士たちといった近代の人々まで、理想を堅持した百年来のこうした人物たちこそが「台湾精神」の代表人物なのです。こうした精神は、例えばオリンピックやデフリンピックでたゆまぬ奮戦を見せたスポーツ選手のように、災害の中で寄附や救援活動を行ったボランティアと慈善団体のように、緊急時に自らを犠牲にし全ての乗客を救護した2人の大型バスの運転手、蘇勝裕と侯文田のように今日まで続いています。さらには優人神鼓、表演工作坊や小西園掌中戯団などが台湾文化を世界に示しています。このほか、朱銘の彫刻、廖修平の版画、劉國松の創り出した新国画なども世界の人々から高い評価を受けており、世界の芸術界で一定の地位を占めています。台湾では各分野でこうした手本がほぼいつでも示されており、「台湾精神」の象徴となっています。また彼らは、悠久で豊かな中華文化の中に活き活きとした台湾の特色を注ぎ込んだのでした。
この「台湾精神」は、台湾人の中核をなす価値観を明確に表しており、中華文化の深みが内に豊かに満たされ、台湾を育て、私たちを育ててきました。そして私たちの次の世代も育てていくことでしょう。私たちは互いにこれを大事にしなければなりません。手を携えて前進し、「台湾精神」を大いに発揚させ、後世に伝承させていかなければなりません。

(中略:あと400日あまりで建国100周年になることから準備委員会の設置を表明)
国民のみなさん、私たちの信念は確固不動のものであり、私たちの歩みは着実でまっすぐなものであります。私たちは各種の国家建設に全力を傾けて推進し、中華民国のために今後の100年間の繁栄の確固たる基礎を固めていきます。最後になりましたが、中華民国の国運の隆盛を祝い、来賓各位のご健勝を記念します。

馬英九総統、「中華民国建国98年国慶典礼」を執り行う (中華民国総統府)


うん。実は作業していたらノッツさんのUstが始まって、しばらくそっちに頭が行ってしまい訳どころじゃなくなっちゃったので途中なんです。
ああいう状況下でも絵を描いたりリスナーの相手ができるというのは本当にすごいや。で、単にそれで作業が止まったのならまだいいんですが(よくないよ)、おんぼろノートPCが動画に耐え切れず物理的に止まりやがりました。MTの自動保存機能で半分くらい戻ったんですが、逆に言えば半分があぼーんですよ。というわけで残りは今日の夜にでも。っていうか残りの部分がおいらとしてはメインなんですけどね。うーん。パソコン買い換えよう、そうしよう。景気が回復したらパソコン買い換えるんだっ!(逃げ前提のフラグ)

★ 追記(10/15 02:00)
って、4日もかけてどうすんのさ。ちょっとずつ訳していたらいつの間にか台北駐日経済文化代表処が日本語訳を出しちゃったじゃんか(馬英九総統、中華民国建国98年国慶節祝辞)。めんどいので、全文はそっちを読んでください。
前半の国政報告と今後の方針はまあよいとして、個人的に「あれ?」と思ったのは真ん中の両岸関係のところと、後半の「台湾精神」のところ。
四川大地震と八八水災を例に出して「血濃於水(血は水よりも濃い)」と両岸関係を形容したのは、以前にもスレを立てた記憶があるので今回は驚かないのですが、そうした両岸関係の密接さ(密接っていう距離感の形容じゃないけど)やECFAなどの推進を謳いながら、国内のコンセンサスや中国の軍事的脅威といった文言も入り一定の配慮をしています。あくまで一定のなんですけど。
こっちは日本でも報道されてましたね。スレはRTIの日本語版で立ってます。しかし伸びないね。
 【台湾】 馬総統、双方の災害支援で"血は水より濃い"と今後の両岸関係に期待。双十節の式典での演説で [10/11]
 http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1255261647/

そして、今回は「中華民国の満98年の慶祝行事」なのに、後半では98という数字よりも「台湾に政府が移ってからの年数」である60の方が多く出てきました。それはある種喜ばしいことなのかもしれないんですけど、台湾の歴史は60年前よりはるか以前から脈々と刻まれてきたものです。行事が行事だけに仕方のないことではあるものの、そこに微妙に釈然としない部分があったり。
また、馬英九の祝辞の中でひっかかった部分として、「中華民國與臺灣的歷史與文化早已結合為一(中華民国と台湾の歴史および文化はもはや一つとなった)」あたりはともかく、「也在悠久博大的中華文化中,注入了鮮活的臺灣特色(悠久で豊かな中華文化の中に活き活きとした台湾の特色を注ぎ込んだ)」とか、「我們一歩一歩地創造了一種具有臺灣特色的中華文化(私たちは一歩一歩、一種の台湾の特色ある中華文化を創造してきました)」とかが上げられるかな。なんていうか、「どっちがメインやねん」とツッコみたくなるような違和感を覚えたのでした。

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このページは、◆YAUCHInowAが2009年10月11日 03:58に書いたブログ記事です。

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