天長地久の島ならず。

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珍しく北方領土のお話でも。というか、択捉島よりさらに北側の千島列島についての話なので、正確にはいわゆる北方領土じゃないし、東亜+の守備範囲でもないんんですけどね。

得撫島より北の島々では、樺太・千島交換条約によって日本領となった際に得撫郡、新知郡、占守郡の3つの郡が置かました(町村は設置されず)。これらの島についてはサンフランシスコ平和条約において放棄しているので、現在は少なくとも日本の領土ではないのですが、日本の法令の上でもこれら3郡は存在しています。

例えば北海道の支庁設置条例では、根室支庁の所管区域に北方領土のほかこれら3郡を入れた上で、附則にて「ただし北海道根室支庁所管区域中国後郡、色丹郡、択捉郡、紗那郡、蘂取郡、得撫郡、新知郡及び占守郡については当分の間これを適用しない」としています。
ところがこの3郡の扱いについてはかねてより道議会でも取り上げられていたこともあり、支庁再編で平成22年度から導入される総合振興局・振興局では、根室振興局の所管区域は択捉島までにとどめられました。

となると、日本の法令上残っているのは、これもWikipediaなどでよく出てきますが、財務省組織規則のみになりました。財務省組織規則は、その別表第九で北海道の根室税務署の管轄区域にこれら3郡を含めています。
かと言って根室税務署がこれら3郡に対して権限を行使しているかというとそんなわけもなく、言ってみれば残滓みたいなものですね。おお、出た残滓。

さてさて、巷であまり話題になっていないので正直しょぼーんなんですが、昨日付けの官報でこの財務省組織規則が改正され、この3郡が別表から削除されました。別に北方領土好きではないけど、地理好きなおいらとしてはどきどきするネタなんだけどなあ。

別表第九旭川中の項中「(石狩国)」を削り、同表旭川東の項中「上川郡(石狩国)(旭川中税務署管内の地域を除く。)」を「上川郡(旭川中税務署、帯広税務署及び名寄税務署管内の地域を除く。)」に改め、同表帯広の項中「上川郡(十勝国)」を「上川郡のうち新得町、清水町」に、「 中川郡(十勝国)のうち幕別町」を「中川郡のうち幕別町」に改め、同表名寄の項中「上川郡(天塩国)」を「上川郡のうち和寒町、剣淵町、下川町」に、「中川郡(天塩国)」を「中川郡のうち美深町、音威子府村、中川町」に改め、同表根室の項中「得撫郡 新知郡 占守郡」を削り、同表十勝池田の項中「(十勝国)」を削り、「帯広税務署」の下に「及び名寄税務署」を加える。

財務省令第六十七号 (平成21年10月26日 官報第5181号)


まったく、改め文はいつまでたっても読むのに慣れませんね。ご覧のとおり別に3郡のみを狙った省令改正ではなく、道内に二つあった上川郡と中川郡の表記の整理する手続と一緒に行われています。
さすがに勢い余って択捉以南まで外すことはなかったんですが、先の振興局条例と併せて整理がひと段落着いたといったところでしょうか。なんて書くと方々から怒られちゃいそうだけど。

ここでその手の人から言われそうなのが「これも鳩山政権になってからうんたらかんたら」というもの。えっと、税務署の管轄範囲に実質的な変動がないとは言え、この省令改正に着手してから告示まで2ヶ月以内というのはありえません。

なんて書いてたら妙に気になってしまったので、ついでなのでてけてけ遡ってみたら今年3月に出された二つの質問趣意書に行き着きました。ま、これが必ずしも引き金になったとは言い切れないんですが、可能性としては充分あるんじゃないかなあと思います。上に書いた時間的な問題も、うーん、半年ならどうだろう。影響する法令や官庁が無いからなんとかなるのかなあ。

本年三月十六日付の北海道新聞三面に、「千島 国税庁と道 今も管轄 一九五一年に領有権放棄-誤り放置」との見出しで、国税庁と北海道庁が、現在も千島列島を管轄区域としている旨報じる記事(以下、「道新記事」という。)が掲載されている。右を踏まえ、質問する。

一 国税庁のHPには、根室税務署の管轄区域に「得撫郡 新知郡 占守郡」と、千島列島が含まれているが、右を外務省は承知しているか。
二 一九五一年のサンフランシスコ講和条約締結後、我が国として南樺太及び千島列島の領有権を放棄し、同地域に我が国の管轄権は及んでいないと承知するが、国税庁のHPに一で挙げた記述が現在もあることは適当か。外務省の見解如何。
三 「道新記事」には、一九九八年当時、道議会議員から一で挙げた三郡を管轄区域から除くのは当然との指摘を受けた当時の堀達也北海道知事は、関係省庁と協議が整い次第条例改正を提案する旨答弁したとある。また、「ところが、関係省庁が異を唱えた。道は『外務省に照会すると、静岡・川奈で開かれた日ロ首脳会談の直後で、時期的に適当ではないとの回答があった』と説明する。」との記述があるが、右記述は事実を反映しているか。
四 三の記事が事実を反映しているのなら、一九九八年当時、外務省として北海道庁が管轄区域から一で挙げた三郡を外すことに反対した理由は何か説明されたい。
五 「道新記事」によると、国税庁HPに一の記述があるのは、北海道庁の支庁設置条例にあわせたものであるとし、北海道庁としては、一九九八年当時、外務省から反対されたことを受け、現在まで道条例の改正がなされることがなかった旨述べており、論理的に考えると、国税庁と道庁において千島列島が未だに管轄区域とされている根本の原因は外務省にあると読み取れる記述がなされているが、右に対する外務省の見解如何。
六 千島列島が我が国の領土でないことは明々白々であるところ、外務省として、国税庁、道庁に対して速やかにその旨を通告し、国税庁に対しては同庁HPにおける一の記述の削除を、道庁に対しては十四支庁の再編とは別に、得撫郡、新知郡、占守郡の三郡を管轄区域から外すことを求めるべきであると考えるが、外務省として右の措置をとる考えはあるか。

 右質問する。

千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する質問主意書 (衆議院/強調は引用者)


この3月16日の質問趣意書に対する答弁書はこちら。3月24日付です。

一及び二について
 御指摘のホームページに御指摘の記述があることは、外務省において承知している。外務省としては、当該記述は、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において北海道庁等における検討状況を踏まえつつ今後所要の改正について検討が行われるものと承知している。

三から六までについて
 我が国は、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)に基づき、千島列島及び我が国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部等に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄しており、外務省としては、御指摘の条例から御指摘の地域名を削除することについては異存はないとの立場である。
 御指摘の平成十年当時の北海道庁からの照会については、外務省としてこの立場を伝えつつ、当時の状況にかんがみ、御指摘の条例の改正を一定期間見合わせるよう要請したものである。また、平成十九年の北海道庁から同様の照会がなされた際に、外務省としてこの立場に基づき、平成二十年に、御指摘の条例から御指摘の地域名を削除することについて異存はない旨回答したところである。

衆議院議員鈴木宗男君提出千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する質問に対する答弁書 (衆議院/強調は引用者)


ああ、質問趣味書と言われたあなたか。
とはいえ、ここで全てが一つにつながった感じ。国の法令で唯一残っていた財務省組織規則について、北海道の支庁設置条例との関係を示しつつ、財務省においても検討の予定であること、また、平成10年当時は条例改正を見合わせるよう要請したけれども、基本的には削除することに異を唱えることはなく、昨年もそのように回答しているということがわかります。
その後、この答弁書に対して3月26日に再質問趣意書が提出されているのですが4月3日の答弁書と併せて以下抜粋。

「前回答弁書」(内閣衆質一七一第二一七号)を踏まえ、再質問する。

四 得撫郡、新知郡、占守郡の三郡のみならず、千島列島が我が国の領土でないことは明々白々である。「前回答弁書」では「外務省としては、当該記述は、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において北海道庁等における検討状況を踏まえつつ今後所要の改正について検討が行われるものと承知している。」との答弁がなされているが、北海道庁における検討状況如何に関わらず、国税庁のHPから右三郡の記述を削除することは不可能であるのか。

 右質問する。

千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する再質問主意書 (衆議院/強調は引用者)

四について
 御指摘のホームページの御指摘の記述については、財務省組織規則(平成十三年財務省令第一号)に基づいたものであり、同規則については、財務省において、北海道庁等における検討状況を踏まえつつ、今後所要の改正について検討を行い、その結果に応じて御指摘のホームページの御指摘の記述についても修正することとしている。

衆議院議員鈴木宗男君提出千島列島を現在も管轄区域としている官公庁があることに対する外務省の見解に関する再質問に対する答弁書 (衆議院/強調は引用者)


はたしてその後、前年に制定された「北海道総合振興局設置条例」を改正した「北海道総合振興局及び振興局の設置に関する条例」が3月31日に制定され、総合振興局と振興局が地方自治法に定める支庁として置かれることになり、この別表では得撫郡をはじめとする3郡は根室振興局の所管区域から除かれました。さらに、先日の10月9日には道の公報で同条例の施行日が平成22年4月1日と定められています。
ここまで流れから察するに、国立印刷局への入稿を逆算すれば、霞が関の人たちが道庁と綿密に協議のうえ、最終的にこの道公報を確認のうえ官報掲載に投げ込んだというのは、あくまで想像ですがあり得ない話じゃない。ああ、そういうことかっていう感じ。

上にも書いたのですが、おいらの中では一大事件と言っても過言じゃない出来事(過言だけど)なんですが、こうして空想してみると、ことは淡々と淡々と進んでいたんだなあと、ちょっとだけしんみりなのです。そして恐らくは、地方自治法の規定に則り、今後北海道議会で3郡の廃止の議決がなされるとともに総務大臣に届けられ、同じく官報で告示されるはず。終戦から65回目、サンフランシスコ平和条約の発効から58回目を迎える来年の春、北国がまだ雪と氷と静寂に包まれる中で、静かに静かに名目上も日本の施政の範囲から外れるのでしょう。ああ、ますますしんみりっす。

★ 追記。(10/27 22:55)
なぜかν速にスレが立っていたので記念真紀子。まさか元祖でソースになると思わなかったのでびっくりでっす。
 日本国政府、北千島(得撫郡 新知郡 占守郡)について正式に放棄by官報
 http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1256637264/

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このページは、◆YAUCHInowAが2009年10月27日 17:48に書いたブログ記事です。

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