色褪せてく現実に揺れる絶望には負けたくない。

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はてなハイクでも触れたんですが、先月の「「自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)」と「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。」目がけてGoogleなどから迷い込む方々には本当に申し訳ありません。うん、「またそういう話題」なんだ。済まない。

月曜日には「パーソナルリアリティを他人に委ねるような人達に負ける気がしない」というキーワードでやって来た方がいました。前回もちょっと書いたセリフの一部なんですが、すいません、それ微妙に間違っています。というか、それで検索すると「今日もやられやく」の『漫画版『とある科学の超電磁砲』AIMバースト戦の本誌とコミックの違い』よりも上にくるってどういうことよ。あれ?このブログってそういう位置付けだったっけ?などと、そこまで深刻に考えたりはしていないのだけれど。
幻想御手編がクライマックスを迎えた第12話『AIMバースト』が先週後半に放送されていたのですが、実はちょっとドキドキしていました。「またアクセス急増したらどうしよう」という矛盾したドキドキ。でも思ったほどアクセスが無かったので、ちょっと胸をなでおろしてみたり。

なのですがなのですが、アクセスが危惧したほど多くなかった理由の一つとして、そして同時に、観ていて腑に落ちなかった理由として、件の台詞がまるっと変わっていたことがあるんじゃないのかなあと思っています。前に書いたときに「数多の人の心を貫いたんじゃないでしょうか」なんて大げさに書いたこの台詞、

「悪いけど『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を他人に委ねるような人達には負ける気がしないわ
こんなとこで苦しんでないでとっとと帰んなさい」

冬川基,鎌池和馬,灰村キヨタカ「七月二十四日(6)」『とある科学の超電磁砲』第3巻,2009,pp88-89


これが、アニメではばすっと改められ、「気がついてあげられなくてごめん、でもまた頑張ろうよ」的なものになっていました。そりゃあ台詞が変わっていたら検索で来る人も少ないという罠。それにしても、なんていうか、「しまった、そう来たか」という感じ。

「ごめんね......。気付いてあげられなくて......。頑張りたかったんだよね......。
うん、でもさ。だったら、もう一度頑張ってみよ。
こんな所でくよくよしてないで、自分で自分に嘘つかないで。もう一度!」

冬川基,鎌池和馬,灰村キヨタカ,長井龍雪「AIMバースト」『とある科学の超電磁砲』第12話,2009



確かに第8話『幻想御手<レベルアッパー>』あたりから微妙に原作とずれていたのも、この〆め方のための伏線だったと考えればすんなりいくんだよね。そういう意味では上手くしてやられました。ただやっぱり、角が取れてしまったというか、丸く収めたなあっていう残念な気持ちは払拭できないんですよね。

アニメ版のような後押しの台詞は、痛いほどに優しい。けれども、仮に手を携えながらだとしても、単にもう一度ハードルの前に導く行為というのは残酷なもの。頑張ろうとしたけどハードルの前で足がすくんでしまう者の気持ちを慮れなかったのとさして変わらないんじゃないかな。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」と「あきらめなかったら試合はひっくり返りますよ」は同義じゃないって前回書いたけど、道標なき後押しっていうのは後者のように見えていささか無責任じゃないかなあ。まあ、「現実はそんな甘いもんじゃないよ、頑張ったって叶わない夢は山ほどあるよ」なんていう中学2年生を見たいかっていうとそんなこともないので、あれはあれで落しどころだったのかもしれないね。ネットの感想をぱらぱら見ていても意外に賛否両論だし。

む。賛否両論?ということであれば、やっぱり原作派に寄ってもいいかなあ。「悪いけど『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を他人に委ねるような人達には負ける気がしないわ」というのは、見方によってはひどく上から目線にも捉えられてしまいそうだけど、それは最大のヒントでありアドバイス。ツンデレだとかそういう安い形容じゃなくてね。その後の「こんなとこで苦しんでないでとっとと帰んなさい」も含め、これも立派な優しさだと思うんだけど。それゆえの原作のあの表情だし、原作のエピローグはそれゆえに成り立っていたのだし。
ちょろっとフォローすると、じゃあその辺がアニメ版に無かったかっていうとそうでもなくて、その思いを込めたのが「もう一度!」であり超電磁砲の一撃だった、っていうことなんだと思う。また、逆に「ごめんね。気付いてあげられなくて」的な要素が原作版では欠けていたかっていうとそんなことはないのは、繰り返しになるけどあの表情しかり、「苦しんでないで」という表現しかり。単行本化したときに描き直したのはGJと言わざるを得ません。要は、どちらに重点を置いたのかっていうことだと思います。

さて。ここで、このブログでもよく引用する『ダービージョッキー』からも少しだけ。

みぃんな言うんだよな。"自分だってこんなに努力してるのに".........ってよ。
学校で習うのかねその言い回しは、ええ?
気づけや、真田。上杉はな、お前とは違う努力をしたんだ。
だから、たった半年のあいだに立ち位置がまったく変わっちまった。
半年前と同じ勝負をしたつもりなのは...お前のほうだけさ。
(略)特別な人間が、これから何をやらかすのか目を見張りやがれっ!!
今見とけば、明日特別になれるチャンスがあるんだよっ!!

武豊,一色登希彦「真田と上杉」『ダービージョッキー』第11巻,2002,pp110-117


「自分だってこんなに努力してるのに」で諦めてしまえば、そこで試合は終了しちゃいます。そこで諦めなかった者の代表として、レベル5という高みというか目標というかに位置する人は、やっぱり本物らしく凛と輝くべきだと思う。だからこそ本当にそうなりたいと思う偽物が試行錯誤と悪戦苦闘を繰り返すのだから。

最後に蛇足だけど再び『ダービージョッキー』から。上の引用で省略した部分には、こんなセリフがあります。

特別なものにはな、敬意を払えや。

武豊,一色登希彦「真田と上杉」『ダービージョッキー』第11巻,2002,p111


あえてもう一回書いておきましょ。おいらはその確固たる気高さに魅せられるのです。と。

★ 追記(12/26 15:45&01/02 16:30)。
はてなのid:denta_221さんが、「アニメ美琴とマンガ美琴:傲慢と優しさ/『とある科学の超電磁砲』12話感想」でソフトにかつ簡潔に書いてますね。読みながらなんとなく近いかなと思ってみたりして(その後の展開と掛けるのはどうかなあと個人的には思うのですが)。おいらはどうも筆が走るのでいくないです。
同じくはてなのid:kkobayashiさんによる「とある科学の超電磁砲 第12話「AIMバースト」」は、アニメ版から割と似たような結論を導いていてこれも興味深いでっす。

★ 補記予定。

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このページは、◆YAUCHInowAが2009年12月24日 18:19に書いたブログ記事です。

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