書を買いに町へ出よう。
言うまでもないことですが、日本でもいろんな要因が相まって「本屋さん」は減っています。日頃から密林をよく使っているおいらとしても耳の痛い話ですけどね。全国の小売書店で作られている日本書店商業組合連合会の調査によれば、昨年4月1日時点で連合会に所属する組合員(書店の数)は5,502店と、23年連続の減少。ピーク時の昭和61年と比べるとほぼ6割減になっています。また、アルメディアが調査した今世紀に入ってからの書店の数も、平成13年の20,939店から平成21年(10月現在)の15,482店と右肩下がりを続けています。
もともとは書店の後継者不足やいわゆる商店街の凋落に始まり、さらに店舗の大型化やオンライン書店の広まりによって小さな店舗や地方部の書店が打撃を受け、悪循環が続いています。ここにきて密林が始めようとしている新サービスで、さらにこの傾向が加速するんじゃないかなあと個人的には思っているのですが、そんな前振りよりさっさと28日の聯合報の記事でも。
ネットの影響を受け、伝統的な書店が全台湾の各郷鎮から急速にきえてしまっていっている。台湾全土のおよそ300あまりの郷鎮市のうち、少なくとも120あまりの郷鎮では、書店が既に失われてしまっている。
「かつての本の香りは今どこにあるのだろうか?」
20年以上にわたって「世界文明史」などの講義で教壇に立っている弘光科技大学の計文徳教授は、読書や本を買った在りし日の悠久の時間を思い感慨にふけった。「不公平な郷の人々は、しまいには記憶の中にのみ留めおくことができるようになるかもしれない」。書籍社会が都市部のみの現象となることがはっきりしてきており、ある種の「都市と農村の格差」になりつつある。
本誌の記者の取材によれば、屏東県の33の郷鎮のうち27の郷鎮では1軒の書店も見つけることはできない。彰化県、宜蘭県、高雄県などの県でも、半分以上の郷鎮で伝統的な書店に漂う本の香りを嗅ぐことは二度とできなくなってしまっている。計文徳教授は、書店の最もよいところは宝探しのように自由に眼を通すことだと話し、「一冊一冊の本の表紙が未知の領域の始まりだ」と語り、その空気感は「キーボードを打つ」だけでは手に入らないものだと感嘆した。「本を売るだって?馬鹿言ってんじゃないよ」
嘉義県渓口郷には、10数年前まで5つの書店があったが、今では2つの「文房具店」が「残っている」だけだ。ある店の店内にはもう半分ほど本が無くなっており、小学生や中学生に最も人気があるはずの参考書すら売れていない。「みんなが本を読むことを嫌いになったのではない。ネットに対抗することもできない」と店主の陳さんは語る。農村部における読書人口は都会には及ばず、本も売れず、店の業務内容を変えるしかなかった。
高雄県には27の郷鎮があるが、そのうち15の郷鎮で書店がない。このうち田寮郷には書店が無いばかりか「文房具屋も無い!」という。県議会議員の張文瑞は、これは田寮の悲哀だと語る。
雑貨店を経営する朱さんは、店内には各種の商品が揃っているが「これまでずっと、文房具の販売はやってこなかった。誰も買わないからさ」と話す。記者は田寮国中や新興国小、崇徳国小の周辺の雑貨店を回ってみたが、本当にどこの雑貨店でも学生向けの文房具を売っていなかった。
偏った田舎の書店における一店一店の稼ぎは、文学の盛んな台中県清水鎮や高雄県美濃鎮でもこのような状況だ。大樹郷図書館の陳世宗館長は、「ネット販売」という概念が栄えた後、伝統的な書店の現象が加速し、さらに日常的な割引により、田舎の伝統的な書店の客層は限りがあることもあって、「食い止める力が無いことも必然的だ」と語っている。
高雄県美濃鎮は、これまで300人あまりの博士を輩出し、「博士のふるさと」という誉れを受けてきた。しかし、鎮内には数十年来わずかに2軒の本屋があるのみで、しかもだんだんと文房具店にスタイルを変えつつある。鎮内で「榮文書局」を構える鍾榮清は、「郷鎮の書店の役割は、文房具を売ることが主体だ」と打ち明ける。
榮文書局は美濃鎮で数十年にわたって営業を続け、まだらの壁でできた棚の上には文房具類が幅を利かせている。書籍の類はわずかに3列ほど「棚上げ状態」で並べられており、その多くは字典などで、ベストセラー作家の書籍などは見当たらない。
鍾榮清は33年前に父親が開いた書店を引継いだが、およそ10年前からすでに新書を入れることをやめている。鍾榮清は、25年前が書店の黄金期であり、冬至は三国志や紅楼夢などの中国の古典文学が最も好まれていたと話す。しかし鎮内の青壮年が鎮外に出て行くに連れ、また少子化の流れもあって「今の農村部では、書店に行って新しい本を買おうとする人が本当に少ない」という。
美濃博士人協会の古錦松秘書長は、小中学生は授業で本を読むことが中心になり、授業以外で読む場合には、大半が校内の図書館で借りている。しかも博士の学位を取得するのならば、教科書を理解するかどうかが鍵となり、さらに、それによって毎回の試験で好成績を収めることができるようになる」と話す。
屏東県恒春鎮にある「春成書局」は、台湾最南端の書店だ。近年、オンライン書店やコンビニでの販売による挟撃により、経営は苦しくなっている。店主を支えているのは、「恒春古城から書店を絶やしてはならない」という使命感だ。
「あなたたち恒春では、なぜ書店が無くなってしまうのか?」
50歳になる春成書局の店主、呉威徳は、10年前の友人の一言が「火を点けた」と話す。ほどなく「その言葉にぶつかり、コストにこだわらず高級感ある書店を作ることを決心しました」という。文化大学地理研究所の修士号を持つ呉威徳は、カナダで学び、台北でIT企業を経営した経験を持つ。既に父が他界していたこともあり、事業を捨てて老いた母親とともに帰省し、自らの書店を立ち上げたのだ。
恒春の人々に「時間つぶしの書店」という楽しみを与えるため、20坪近くのスペースに、当時の金石道書店クラスにならって内装を施した。当時、打ち合わせをした本の業者は、これをまったく良しと思わず、彼は頭がおかしいのではないかと訝ったという。
「本はめくられることを心配しない。誰にも読まれないことを恐れる」と呉威徳は笑いながら話す。田舎で書店を開くことは「功徳を施す」ことであり、彼が売ろうとしている本は、全て眼を通すことができる。幸いにも店先は自分の家で、家賃の心配もない。近年、書籍の販売はどんどん低下し、市場メカニズムに対応した結果、面積で8割を占めていた雑誌は7割にまで低下した。「それはもう、私の最低ラインです」という。呉威徳の母親は82歳、日本統治時代には台南市の私立女子高で学んだ、鎮内でも極少数の高学歴老婦人だ。自分の息子が書店を開くと聞き、さらに100年前の雑貨店の名前から「春成」引用すると聞いて、「息子は本を忘れていなかった。私は諸手を上げて賛成しました。知識は力の源ですから」と話したという。
呉威徳は、恒春古城商圏発展促進会の幹部も担っている。時間があれば店内で最新の雑誌を手に取って最新の情報を入手し、進歩的な歩みを取る。「他人の利益は自分の利益ですから」という。
呉威徳はある時、辞典類の棚で置きっぱなしにされた「ハリー・ポッター」の最新巻を見つけた。彼は、もともとある女学生が誰かにこの本を買われてしまわないように、辞典類の棚に「隠し」、毎日来ては2章ずつ読むのを黙って観察していた。彼は店員に元の場所へと戻さないよう指示し、女学生が読み終わるのを待った。「5日後、彼女が読み終えて元の位置へ戻した時のあんな楽しそうな笑顔を、私は今でも覚えています」彼は、電子書籍は必ず紙の書籍に取って代わると話す。「政府は書籍の社会を作ろうとするのではなく、知識産業を奨励するやり方を生み出すべきだ。小さな書店がしだいになくなってしまう。なぜ老世代の人は感傷的にならないのか」。
海角唯一/恒春で書店を開く使命感 (聯合報)
むむむむむむ。これは何を言うのも辛いなあ。「立ち読みこそ本屋の妙味」というのは激しく同意できるのですが、上に書いたように密林は便利だし、何より「『COLORFUL DREAMS 3』がやってきた。」みたく簡単に台湾から本が買えたのも、オンライン書店の恩恵だもの。
利用者からすれば、流通におけるショートカットや情報入手のデジタル化は、値引きだったり手軽さだったりをもたらすもの。同時に取捨選択を利用者がしなくちゃいけなくなるわけで、それは利用者がツールを使いこなすことも、確かな判断をすることも求められることを意味します。かたやすっ飛ばされる出版社や書店は、感傷的になるかどうかじゃなくて、いかにして彼らを町に戻すかを考えないと死活問題です。
オンライン書店や電子書籍は確かに便利だし魅力的。本っていう媒体が既に限界を迎えているはよくわかる。流通の進歩に伴いマンガ雑誌が月刊から週刊になったけど、今や週刊どころか一瞬での伝達が求められる世の中。新聞同様に雑誌の存在価値も揺らいでいるしね。
Amazonのアレも「年中無休のコミケがすぐそこにある」というのは言いえて妙だと思う。ただおいらは同時に、そのカオスさが持つ「底の見えなさ」が不安で仕方ありません。手を伸ばした先で、どこまで手探りすればいいのか?手探りできているのか?っていう漠然とした不安です。そして、玉石混交の情報の海を全ての人が泳ぎきれるのか、その海にもたどり着けない人はどうすればいいのか。すごく便利な世の中になるのと同時に、すごく不便になるような気がして心配なんだよね。本っていう媒体と、本屋さんっていう存在のレゾンデートルは、もはや王道ではなくそこらへんに活路を見出さないといけなくなっちゃうのかな。
★ 補記予定。
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まりちゃん^ω^ノシ
そうだね、最近は本屋さんが少なくなったね。私の住んでいる所でも本屋さんが無くなったし…。最近は私も本は密林で買って本屋さんはあまり使わないよ(>_
電子書籍もこれから普及するだろうから、本自体が売れなくなっていくだろうね。この時代に本屋さんは生き残るには、相当思い切った事をしないといけないだろうね。例えば電子書籍を取り扱う本屋さんに転業するとか…。
どの業界も時代の波に乗って生き残るのは難しいね(-_-;
今日は休みだったからお昼寝したよ、お昼寝の一時が一番良い時だね^^
まりちゃんも休める時は無理しないでゆっくり休むんだよ、体が一番大事だからね…お休み(^_^)
> 雨彦さん。
本屋さんの雰囲気(図書館とも街の雑踏とも違う音と空気)は好きなんですけどね。版元と小売は大変な時代になって来そうです。まあ版元は形態を大転換して生きのこれるかもしれないですけれど、小売は台湾の例のように文房具屋かあるいはそれ以外に転じるかしかないんでしょうかね。ちょっと寂しいですね。