リア充? なにそれ? おいしいの?

| | コメント(1) | トラックバック(0) | | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
前回の「そして最後には幸せな結末を。」からほぼ2ヶ月の放置プレイですか。すいません。でも、その間に誰からも生死の心配は無かったし、アクセス数のペースも以前と余り変わりませんでした。まぁ、ネット上のつながりってそんなもんだよね!

と、無意味にいじけたところで先週14日に朝日新聞に掲載された特集・メディア激変から初音ミクのお話でも。またそういうのですか? ええ、そういうのです。
この特集記事、「初音ミクと-1 お母さんがつくる歌」「初音ミクと-2 数百万回聴かれた曲」「初音ミクと-3 作りたいものを皆が作る」という3部構成で、1でははややPが、2では3月のZEPP東京でのコンサートが、そして3では5月のボーマス12やJOYSOUNDでのカラオケ配信、DIVAが取り上げられています。
おー、と思ったのは はややPが4歳の娘をもつお母さんだったことではなく コンサートやボーマス、カラオケ配信を好意的な視点で捉えていたところですね。とかくこういう自主制作や同人活動というのは隅へ隅へ追いやられてきた感があるけれど、嫌な言い方をすれば陽の当たるビジネスでも無視できない存在になったっていうことかな。でも、なんだかその考えも卑屈だよなぁって思いながら読んでいたんですが、それについては後のほうで。

実はこの特集記事と似たようなものが台湾の経済誌「萬寶週刊」862号(05/10)にも載っていたのでそちらを訳。久々なのでいつも以上の低クオリティ。

ネットユーザに素直にお金を払わせるようなことを誰ができるだろうか? オタクたちを家から出すようなことを誰ができるだろうか? 昨年本誌に書いた予測は速やかに現実のものとなった。

2010年3月9日、東京で行われたある個人のコンサートでは、ファンたちの熱狂がピークに達した。チケットは「秒殺」の速さで瞬く間に買い尽くされ、現地での眼福に預かれなかった3万名ものファンたちは、有料のネット配信でコンサートを鑑賞した。
しかし、この大スター、―――「初音ミク」は、「人間ではない」。

全世界初のホログラフィ投影技術を投影して行われたコンサートのバーチャル・アイドル、初音ミクがステージに登場すると、どの角度から見ても完全な初音ミクの姿を見ることができた。
バーチャルの初音ミクはステージ上で青い髪を舞い躍らせ、多くのファンたちに魅力を放った。他のバーチャル妹弟子たちと一緒に競演し、さらには、人間によるバンドやダンサーとも共演した。あたかもバーチャルと現実の境目がだんだんと消えていくようで、バーチャル・アイドルの幻想的なパワーに、ファンたちも息を飲んだ。

「初音ミク」はそもそも、クリプトン・フューチャー・メディア(Crypton)がヤマハの技術と協力して作ったバーチャル女性シンガーソフトで、ネギを手にした青髪の少女が商品普及のイメージキャラクターにあてられた。使用者は自ら作詞作曲をし、関係するパラメータを入力さえすれば、「彼女」がこれらの基音をシミュレートしあたかも人間の歌声のように合成する。
2007年8月31日は、バーチャル・アイドル初音ミクの「誕生日」であり正式な「デビュー」の最初の日だった。ソフトは販売6日目に在庫不足に陥り、16歳158cm42kg、青い長髪の彼女は、一躍有名人となった。Googleが発表した日本の人物名検索数ランキングでは、「人間以外」で3位に入り、その後も活動の場は日増しに広がっていった。2009年には日本政府の海外向け広報誌『Highlighting JAPAN』でも「バーチャル・アイドル」と題して彼女の紹介が大々的になされ、あたかも国の誉れのようだ。
彼女はもはや、単なる価格15,750円の応用ソフトにはとどまらなくなっている。

これは、未来のゲームスタイルに無限の想像空間をもたらし、自分独りという以前の形態からネットという現在の形に至り、さらにバーチャルのキャラクターはスクリーンに飛び出し、「生き生きとした」アイドルとなった。あなたが思いつく限りの周辺商品を無数に宣伝し、各種の映像ファンの集まりが催された。ゲーム業者は研究開発やソフトウェアの販売の他、今後はゲーム芸能の切り盛りという新しいビジネスチャンスを得るだろう。蔡依林(ジョリン・ツァイ)や周杰倫(ジェイ・チョウ)からも得る価値がいくらかあるだろうが、これらの「真実」の「人間でない」アイドルにはより無限の可能性が秘められている。
クリプトンでは、初音ミクのために別のネットスペースを特別に開設している。使用者が彼女を使って作った音楽作品を収集し、単にソフトウェアの購入者に発表の場を与えるだけではなく、今回のバーチャル・コンサートに大きな共感をもたらした。自分が狂おしいほど熱を上げるアイドルが、自分の作った楽曲を歌うのだ。これは既に裏方が苦心して構想を練ってできあがる伝統的なアイドルのコンサートとは異なっている。全ての初音ミクファンたちが一緒になった成果の発表会なのだ。これは、あたかもFacebookのように、クリプトンは広大なオンラインユーザを利用して情報を提供し、さらにこの情報を繰り返し広大なユーザから吸い上げた。自らが作ったコンテンツに完全に頼ることなくユーザを誘い込むことにより、このように費用を節約することができたばかりでなく、その内容の鮮度という点でもユーザと巧みに同調することができたのだ。
商業的な角度から見ると、最初のソフト販売の段階から偶像を作り上げるまでの成功、その後の各領域に対する人物の権限委譲、漫画や音楽、ゲーム、本、衣類......など、さらにはコンサートの収益、オンライン視聴の収益、さらに進んで最初のソフト販売の利益モデル、こうした全てがつながるという巧みな結びつきが、ユーザの結合度をより強固にしている。これこそ、多くの企業が寝ても覚めても追い求めているものではないだろうか。

初音ミク/オタクビジネスの次のステップ (聯合報/一次ソースは萬寶週刊)

まあ、葱の話は置いておくとして。コンサートの熱狂を「異様な光景」として見るわけじゃなく、ピアプロなんかも絡めて「参考とすべきビジネスモデル」という感じで台湾の経済誌が伝えているのは、不思議な感じですらありますね。

この2つの記事で共通して見られるのが、バーチャルの世界や趣味の世界がいわゆる商業の世界に食い込んできていている、というもの。ただ萬寶週刊が「こうした「本当」の「人間でない」アイドルにはより無限の可能性がある」とツールの違いとして留めているのに対して、朝日は記事の最後をこう締めくくっている。

「それぐらい、利用者が中心の世界なんです」。初音ミクの発売元、クリプトン・フューチャー・メディアで開発に当たった佐々木渉さん(30)は話す。
その利用者たちがこのソフトをきっかけに作り上げたメディア空間は、様々な形で、リアルの場面に流れ出したのだ。

〈メディア激変31〉初音ミクと-3 作りたいものを皆が作る (朝日新聞)

むー。本当にそうなのかなあ。「ネット発のメディア空間がリアルの場面に流れ出してきた」とか、あるいは「リアルがネットを取り込みに行った」とかそういう次元のものなのかなあ。バーチャルの技術なんてこれまでいくらでも「リアル」に出てきているでしょ。じゃあVOCALOIDが超未来的なものかと言えば、そもそも人間の声をサンプリングしたり、作り手だってこう言っちゃなんだけど普通すぎるほど普通の人間だったりするわけで。
例えば朝日の記事にははややPの育児のことも書かれているし、ボーマスやカラオケの記事でコメントしている人は20代のいわゆる社会人。主婦が育児の合間を縫って参加する公民館のサークル活動や、社会人が就業後に社外の仲間と遊んだりすることとどう違うんだろう。24時間人間が生活している中でのいろんなコミュニティの一つとして捉えれば、はたしてそれは「リアルではない」場所って言えるのかな。
むしろ、分けて定義しようとする方々が危惧すべきは、最近のそういう「メディア空間」で活躍する人たちは「リアル」も同様に大事にしているということじゃないかな。いや、そりゃ日の光を浴びずにDTM三昧やらネット三昧っていう生活の人だっているとは思うけどさ。Twitterやブログを読んでいて思うのは、ステレオタイプな人ってかなり少ないですよ。社交性がどうこうというより多様性ですね。楽器を弾けない吹けないが素敵なメロディーを作ったり、爽やかな歌詞を書いている人がTwitterで変態ポストしかしていなかったり。学生もいれば社会人もいる。で、存外普通。ゆえにこっちも勘違いしちゃいそうなんだけど。
それとも何かな。CDなりTVなりラジオなり既存の媒体を起点にしないと「リアル場面」のものとして認めてくれないのかなあ。発信者と受信者を線引きして、「受信者は永遠に発信者になれない」なんていう活字電波の虚妄がとうの昔に崩れちゃっているのは、紙媒体のあなたたちがよくご存知のはずなのでは。

そういえば、「サイハテ」の作者でおいらが敬愛する小林オニキスさんは、先日Twitterで思わずこんなことを呟いていました。

オレは呑まないし、打たないし、買わない、という3拍子揃ったとてもつまんない人間なので、オレにとってのリア充というのは自分の為に曲作ったり制作に没頭する事であって、それで言うと今は忙しくて全然リア充じゃないのでつまるところ働きたくないでござる。

小林オニキス (Twitter)

この方は「働きたくないでござる」とか言って働いちゃう人なのでそっちは心配していないんですが、「オレにとってのリア充というのは自分の為に曲作ったり制作に没頭する事」と言い切るところがさすがですね。朝日の言う「リアル」と、いわゆる「リア充」の「リアル」とは違っているのだけれど、前者が「リアル」から外した部分をも「リアル」とみなす「リア充」が増えてきているのは間違いないでしょう。
さーて、そうした時に、この2ヶ月ブログを1文字も書けなかったくらいおいらはやっぱり忙しかったわけですが(言い訳)、おいらにとってのリアルっていうのはどこまでで、リア充っていうのはどういう状態を指すんだろうね。むー。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: リア充? なにそれ? おいしいの?

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.yauchi.net/mt/mt-tb.cgi/239

コメント(1)

雨彦 :

まりちゃん∩^ω^∩

久しぶり!元気?私は心配してたよ(>_

忙しかったんだ…あまり無理しないでね、私も仕事が忙しいよ(>_

私にとってリアルとはブログを書いたりネットを見ている事かな、私の場合のリアルとは自分にとって大切な事って事だけど、仕事は収入を得る為の止む終えない苦役って感じだよ。

明日も仕事、お互いに健康第一で頑張ろうね(^o^)/

コメントする

このブログ記事について

このページは、◆YAUCHInowAが2010年5月23日 12:32に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「そして最後には幸せな結末を。」です。

次のブログ記事は「台湾の「けいおん!」第3巻は、尖端出版が着せ替え表紙×2を作るらしい。」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

動画とか。

 

・備忘録。
http://www.angusj.com/resourcehacker/rh_japanese.zip
O→F→object TitleEdit: TEdit→MaxLength


Powered by Movable Type 4.25