もう一回尖閣諸島の話をしようと思ったら「ほぼ終わった」とな。
今回の那覇地検の判断である処分保留、つまり釈放後は帰国してしまうだろうから(というかしてしまったから)、実質的に不起訴になることについて随分騒いでいる人がいるようですが、那覇地検の説明要旨を見る限り、論理的には筋の通った経緯だと思います。途中まではね。
というのも、一般的に刑事事件だと検挙率だとか、あるいは刑事裁判の有罪率なんかが注目されるけど、逮捕や告訴等を受けたもので実際に起訴される数というのは意外に多くありません。一般的に警察が逮捕し、検察が立件し、それで初めて裁判がスタートするわけですが、まず警察から全ての事件が検察に送致されるわけじゃありません。刑事訴訟法第246条但し書き、いわゆる微罪処分というのがそれです。警察署には引っ張られたけど、前歴だけカウントされてそのまま帰してくれるというパターンがけっこうある。
また、検察に送られたものの全てが起訴されるわけじゃありません。別に有罪の証拠が集められないとかそういうわけじゃなくて、刑事訴訟法第248条により、当人の人柄や犯罪の程度、親告罪であれば示談の有無なんかを勘案して検察官が公訴しないことを決められるんです。起訴便宜主義ってやつです。それが問題だって言うんだったらそれは別の話になっちゃうのでここでは置いておくとして。
例えば法務省の検察統計統計表を見ての通り、平成21年の起訴率は37.5%、刑法犯に限ると18.0%しかありません。と、書くと誤解を与えそうなのでネタバレしますと、多数を占める「自動車による過失致死傷」を抜くと、刑法犯の起訴率はかなり上がって43.9%になります。完全に罪状にもよりますが、それでも2人に1人は不起訴になるんです。
完全に罪状による、というならば今回の公務執行妨害は、というと平成21年は61.3%。ここ数年は60%台で推移していますが、以前は50%を切っていたようです。これは推測ですが、あまり好き勝手に使っていくと、かえって首を絞めることにもなりかねない、という気持ちが警察検察にあるんじゃないかな。転び公妨なんて言葉もあるくらいですかね。
さて、今回の那覇地検の説明を見ると、なるほど「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた」という構成要件には当てはまっているので、海保の手続きは正当だったと言っています。一方、そこから先が検察の判断ですね。犯罪の軽重や前科等にも触れていて、そもそも「これだったらやむなしか」と言いたそうな気持ちも見えなくはないよね。
ところがここから先の発言で判断を誤った感は否めません。一つは粛々と判断すればよかったのに、「引き続きセン船長の身柄を拘置したまま捜査を継続した場合のわが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮」したと「言ってしまったこと」。もう一つは、10日間の勾留期間延長手続きまでしておいたのに、ここにきて「考慮」してしまったこと。この2つですね。
別に処分保留の判断や、その後の流れで不起訴になるというのは間違っていないと思うんですよ。那覇地検も言っているように、逮捕は正当な判断だった。国内法に基づいた手続きも粛々と進めてきた。残念だったのは、そのタイミングと余計な判断材料を口にしてしまったことです。
蛇足だけど、じゃあ口にしなければ良かったのかっていうと、そうだね、それはあるね。公務執行妨害なんて濫用が懸念される罪状で公判に臨むのを避けたいのもあるだろうし、何より万が一正式裁判になんてなったら、それこそこの船長には「日本で裁判に掛けられた」という余計な勲章まで与えられちゃうんだから、という逆方向の政治的判断すらあるしね。中国の人が考える裁判っていうのが、日本のそれと大きくかけ離れたものであってもね。
さて、例によって前置きが長くなってしまったけど、タイミングと理由という2つの残念な点について何となく触れている25,26日の中国時報のうち、まずは25日のから訳。
法律は結局、政治に抗うことはできない。2週間以上にわたって延焼し続けた中国と日本の釣魚台の漁船衝突事件は、最終的に船長の釈放という形で幕を下ろした。日本について言えば、日本は法律の前で屈服した、「民主党タカ派」と見なされていた菅直人首相や前原誠司外相は、黒星を一つ喫した。しかし彼らは、国際政治は支配力の政治であり、これまでの歴史の中でも他者より拳が強いかどうかが全てであるという事実を認めていないのは明らかだ。日中の争いは紆余曲折したが、早いうちにこうした結末は予想できた。
18日間にも及ぶ漁船衝突の争いは、2段階に分ける事ができる。第1段階は日中が理性的に交渉していた。これが約10日間続いたが、19日に中国側は制裁措置の発動を宣言するに至った。第2段階で中国は態度を硬化させた。20項目に及ぶ両国の交流を中止し、温家宝はニューヨークで「主権問題は決して譲歩しない」と述べ、日本に自らの考えのみで進まないよう警告した。これが基で争いは終局を迎えた。
これまでの釣魚台の争いの図式を見てみると、通常であれば外交的な文書を出すか、各々が主権の帰属を主張する声明を出していた。今回、日本は「法に則り処理する」ことを堅持することを選択した。海上保安庁は当初、漁船が警告を無視して「故意に衝突した」とみなし、国内法の「公務執行妨害」にあたるものとを決めた。実は、主権に争いのある(訳註:原文まま)釣魚島列嶼に「国内法」を適用させて処理することは、世界でも論拠に乏しいものである。
日本は13日に14人の船員を釈放した。これは、両国の外交的衝突を延焼させることを避けるための譲歩として捉えられた。しかし19日、日本は船長の勾留を10日間延長し29日までとし「主権を宣言した」。また、中国に対しても6回目の大使出頭要請に聞かぬふりの対応をし、北京が制裁に動くキーポイントを作ってしまった。保釣人士であろうと、また日本から「冷静に」と求められた民族主義者であろうと、この時ばかりは気持ちを落ち着かせることはできなかった。19日、中国は省部級の交流の停止を宣言、日中国交回復以降38年間で最も厳しい仲違いと見られた。
世界では、実力というものが重んじられ続けている。実力とは支配力のことである。日米両国は、あるいは今回の事件を利用して中国の戦略の深さを探ろうとしたのかもしれないが、日本が理解できていなかったのは、中国が主権や領土に関して「1mmたりとも譲ることはない」ということだった。日本が今回の事件で犯した最大のミスは、中国に対する見立てを誤り続けたことだ。この領土争いに対する中国の姿勢を見誤ったとことで、大きなダメージを負うことも恐れず、さらに制裁の発動ということになれば、日本はより多くのことを失うだろう。
日本の海上保安庁は以前、この船長に対し罪を認めるのかどうか尋ねたところ、船長は「ここで私が罪を認めれば、中華民族の罪人ということになる」とはっきりと答えたという。双方がぶつかっていた点は異なっていた。日本人は法律を重視し、法に則って処理することを求めた。しかし中国は政治的な現実をより重要視した。今回の争いは、政治の世界の実力こそが王道であることを証明してしまったのだ。
中国経済が発展を遂げて以降、アジア市場はもう日本に依存しなくなった。アメリカも中国の顔色を伺うようになった。この上、政治的な実力の面でも日本は弱体化してしまっている。今回の日中の衝突が今後の事件解決のモデルとなるかどうかはなお観察が必要だ。しかし、一つ予見できることは、釣魚台の争いを解決することは、簡単ではないということだ。国際政治は力で押すもの 日本も屈服した (中国時報/強調は引用者)
この中国時報が冒頭で書いている一文が全てだろうなあって思うんですよね。こういう風に受け取られちゃう事がいちばん痛い。
ただ、じゃあ「中国が勝って、日本が負けた」かと言うとそうでもないとは思っていますけど。一つは、逮捕から処分保留の手続きに至るまで、いちおうは一気通貫で日本の法律に基づいて粛々と処理しているんですから、何も負けちゃいません。だからこそ、あれを「言わなきゃよかった」んです。仮に最終的に処分保留だったとしてもあの「考慮」に触れていなければ、「一中各表」じゃないですけど、「中国は中国で国内に向け外交的勝利を喧伝するし、日本は日本で国内法に基づく手続きを粛々と行った事実」が残るんだから。
なので、「これで尖閣海域に中国漁船が入ってきても取り締まれない」などと言っている人がいるようですが、そんな事はないでしょう。ネズミ捕りと一緒にするのも変だけど、同じような展開になれば今回同様粛々と捕まえればいいんです。ただ心配なのは、2回目3回目となった時に本来であれば否応無く起訴に至るはずが、今回の経緯によってかえって日和るようになっちゃうと、その時こそ負けでしょうね。だから、今回はまだ中国には負けてないんじゃないかな。オウンゴールはしているけど。
もう一つは、中国があまりになりふり構わず来てしまっていた点です。その強引さで掴んだ今回の結果を「勝ち」と中国が捉えるのであれば、それは今後諸外国からの警戒と反感を招くという部分と、国内の期待感という部分で自らハードルを上げちゃったのだから、やがて自分の首を絞める結果にならなきゃいいんだけどね。温家宝発言にしろレアアースにしろ、それからフジタの社員の件にしろアジアのメディアは経過を細やかに報じてます。それは中国が南シナ海やインドとの間で「第二の事件」を招くかもしれないという警戒感の表れなんだと思います。
だから、単に「起訴に至らなかった」という点をもって検察や政府批判を行うことは、ちょっと「おや?」って思うんですよね。この後のことを考えれば「負けた」と捉えるんじゃなくて、「日本の法律に基づいて粛々と対処した」ということを(最後がアレだけど)主張するべきなんだと思う。それでも今回の措置は生温いって言うのなら、立法府に対して領海侵犯に関する法整備を訴える方が有意義なんじゃないのかな。
ということで例によってgdgdになったけど、最後に26日の中国時報の短評から訳。
日本が中国漁船の船長を釈放する決定は、政治的考量によるものだということが強く明らかになった。しかし結局この終わり方は、新たな展開の始まりに過ぎずなお観察する必要がある。
本件での中国の態度は非常に強硬だった。多岐に渡る交流活動の停止だけではなく、温家宝・総理までもが速やかな無条件釈放を求めた。日本政府はこの緊張した局面を打開するため、前倒ししての船長釈放を決めた。しかし中国は、善意ある反応で応えるようなことをせず、かえって謝罪と賠償を求め、日本の外務省はこれを拒否している。
中国を見てみると、あたかも抗日戦争の勝利のようで、日本に対する強硬姿勢を示すことは正しい戦略だったと言える。日本が素直に釈放した結果、彼らの日本に対する恨みの民族感情を満足させることができたばかりではなく、保釣を声高に叫ぶ声にも興奮を与えた。
一方、日本の国民を見てみると、弱腰に屈服してしまったというように映り、悪い結果という評価と気弱に見える点から、日本政府は強烈な批判に晒されている。薄氷を踏むようにして代表選挙に勝った菅直人は、恐らく再び苦しい立場に追い込まれるだろう。日本政府は、自らの主権を護る努力を証明するために、釣魚台海域や南西海域を護る部署の増強に動くかもしれない。また、より進んだ態度表明をアメリカに求めることもあるだろう。
今後、もし再び中国の漁船が「合法」に釣魚台海域に来て漁を行ったら、日本はこれを阻むだろうか? もし再び衝突したら日本は逮捕するだろうか? 逮捕した後に、もし再び中国の圧力があったら日本は釈放するだろうか? 1人を釈放する事が10人や100人とならないだろうか? 日本の釣魚台に対する主権の地位は損なわれていないだろうか? これらは稀なケースであるかもしれないが、より複雑な局面の変化を招かないとも限らない。今回の争いは、始まりにすぎないのかもしれない。短評―厄介事はうまくいったが (中国時報/強調は引用者)
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