2010年12月アーカイブ
今年も「とりあえず、おいらが聡明じゃないのは確かだ。」に始まり、このエントリで42個目。去年が113エントリだったのでだいぶペースダウンしましたね。気が付いていたら回避していたような数字になってしまいましたけど、お付き合いいただきありがとうございました。そして、運悪く検索でひっかかったりリンクを踏んでやってきてしまった方には1年分まとめてごめんなさい。
今年も去年の「貫く棒の如きもの。」に続き(と言っても一昨年から3回目ですけど)、盛り上がる紅白歌合戦の裏で、ひっそりと取り上げ損ねたニコニコ動画の歌でも。
と言っても、今年はそれほどニコニコ動画を観る機会も多くなかったので、去年の4曲と同じく4曲。このうちこすもたんはいずれ使う機会があるかな?
★ Artemis(スペクタクルP)
Twitterの方でも書きましたけど、逆説的なんですがこの曲がもう少し伸びなければ、間違いなく今年の10選に入っていたでしょう。歌詞といい、ピアノの旋律といいことごとくツボでした。ちなみに、スペPのブログによれば、
これを読んだ時、どこが琴線に触れたかは別として、一気に違う受け止め方をしてぶわっと来そうになりました。何かを表現する人にとって、バックグラウンドを明かすというのは(言い方が悪いけど)卑怯だと思うんですけど、これは2010年最初の衝撃になりました。スペPかっけー。歌手になりたいって小さいころからずっと言っていた親戚が
手術ミスで声帯が傷ついたかなんかして将来的に声が出なくなると聞いて、
センター受験の前日に一気に書いた曲でした。おかげで無事に第一志望落ちましたがなにか!Artemis (無責任でいいなラララ)
ちなみに、超どうでもいいんですが、
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あとあと!wikiに追加してくれたの誰!もー愛してる!!
こいつはクレイジーだぜ (無責任でいいなラララ)
も一つ謝らなきゃいけません。実は今年の真ん中くらいまで、スペクタクルP男性だと思っていました。本当にごめんなさあああああいっ!
★ エコー(KEI)
誰の定義だか忘れちゃったけど、「他人をエンパワーメントできないのならロックじゃない」と言う友人がいて、音楽に疎いおいらはそれ右から左に聞き流しながら「ふむふむ」とうなづいていたものです。この曲も入っているKEIさんのアルバムは、どの曲もそうなんですが、確かに他人にエネルギーを与える素敵なロックだなあと思うんですね。
★ 今日のヒーロー(ストリークP)
実はあまりMMDって好きじゃないんですけど、ストリークPのこれは格別ですね。曲は曲で好きだし、それに合わせる動画も完璧です。2010年はW杯の年だったけど、ブブゼラの音よりもこっちの方が印象深かった気がします。音楽は音楽として聴かれてほしいし評価されてほしいというのはあるけれども、こういうのを観るとニコニコ動画が「動画」だったんだなって事を思い出しますね。
★ 廃都アトリエスタにて(cosMo@暴走P)
思わず口ずさんでしまう「廃都アトリエスタにて~♪」。お伽噺というものは、明確な意図がありながらも、地下を静かに静かに流れる伏流水のように読み手の心に注がれるもの。こすもたんの空想庭園シリーズは、いまだによくわからない部分が多いのだけれど、そこをあえて解説しないところも良いよね。
さて、ここで去年に続いて性懲りもなくやってしまった、「VOCALOID曲10選」。実は1曲途中で削除されてしまっていたので10+1になってしまったけれども、よろしければどうぞ。
上にも書いたんですが、今年はあまりニコニコを観なかったので、最初は10曲集まるのかどうか不安でした。「これは!」というのが7曲くらいしかなくて。なので、候補の曲を含めて20曲弱から選び始めたんだけれど、これが難儀しました。「入れたい」という曲は案外伸びてしまっていた中で、「でもこれは外せない」というのを選ぶというのはかえって難しかったですね。ちなみに、中の人の隣の人に夕方送ったらほどなくして連絡が来たんですが、
隣:しかし......選ぶ方向性は変わらないね。
や:えっ。そんなに露骨かな。
隣:なんて言うか......精神年齢が18歳くらいから成長していない感じ。
や:マジで! 何その高二病!
隣:いや、18歳の高校二年生って少数派すぎるだろ。
こんなおいらですが、2011年も引き続きよろしくおながいします。
来年はどんな曲に出会えるんでしょうか。じゃなかった、どんなニュースに出会えるんでしょうか。皆さまどうかよいお年を。
この記事が気になったのでついつい少し前の記事を掘り起こし。実は「毛沢東やトウ小平が上位を占め」に引っかかっていたんですが、よく考えたら「毛沢東や鄧小平などが上位を独占した」という意味ではなく「この2人が上位の一角を占めた」という事だから間違っていないんだよね。せっかくなので全体の結果がどうなったのか、まずは今月9日の聯合報から。概要は上の産経の記事にあるので抜粋して訳。馬英九政権は来年の「中華民国建国100周年」を盛大に祝うためさまざまな記念行事を計画しているが、早くもひと騒動起きた。「民国100年の大人物」をネット投票したところ、毛沢東やトウ小平が上位を占め非難噴出。責任者が辞任に追い込まれる事態に発展した。
"モザイク社会"の台湾では「中華民国」という名称にも複雑な受け止め方がある。
イベントの主催者は国史館という総統直属の歴史編纂(へんさん)機関。政治、軍事など8分野で民国100年の代表人物(100人)の候補リストを作成し、今秋から来年1月末までネット投票を募った。ところが生存者を除いたためか上位には蒋介石政権とともに中国大陸から渡来した外省人がずらり。さらにこの政権を台湾に駆逐した毛沢東が政治分野で孫文、蒋経国に次ぐ3位、トウ小平が軍事で1位につけた。
「誰のため、どの国のための人物投票か!」と非難殺到で投票は今月8日に中止。林満紅・国史館長は辞任に追い込まれた。故人に限定したため李登輝元総統ら民主台湾の功労者が該当しない。民主を圧殺した毛沢東やトウ小平が評価されるとは噴飯ものだ。馬英九政権の対中融和政策と中国の"微笑攻勢"で台湾の対中警戒心も随分薄れたようだ。
【外信コラム】台湾有情 薄れる対中警戒心 (産経新聞)
実際にはサイトの閉鎖までもうワンクッションあった様子。以下、8日の中央通訊社から抜粋して訳。(略)国防部の趙世璋・副部長は8日午前、立法院で「これは、不適当だと無条件で言える」とありのままに語った。国防部総政治作戦局は速やかに国史館に連絡を取り、昼には国史館が「不周延」を理由にまず毛・鄧の2人をサイトから外した。午後には国史館の朱重聖・副館長がインタビューに対し、「歴史的な観点に立てば、そうしたマイナスの側面も包括されるべきだ」と、客観的に史実を記録したものだと説明した。
しかし8日19時には問題のサイトは閉鎖され削除されていた。総統府筋の人間によると、馬総統が今回の件を「非常に重視」したといい、国史館に対し「厳粛に処理」せよと求めたという。国史館の林満紅・館長は「今回の件で世間を混乱させてしまった事は、たいへん申し訳ないと思っている」と語り、企画が成熟していなかったため、一時中止とする事を決定したという。朱重聖も「今回は教訓となった」と話した。(略)国民党の周守訓・立法委員によれば、国史館の「民国百人誌」のエントリーリストは、国史館内部の専門家によって決定され、2010年以前に亡くなり、当時中華民国の国籍を有していた者から、大陸期40人と台湾期60人を政治・軍事・経済財政・外交・社会・宗教・学術・文芸の8部門でネット投票によって選ぶ予定だったという。
うち、軍事部門では元副総統の李宗仁、陸軍上将の張学良、鄧小平、元国防部長の閻錫山、元副総統の陳誠の5人のうち、鄧小平が90票を獲得してトップになった。政治部門では、毛沢東のほか、国父の孫文、元総統の蒋介石・蒋経国親子もいたが、孫文が2,666票で1位になった。
こうした投票結果に対し周守訓は、「なんだこれは、理解できない」と痛烈に批判した。また「鄧小平は中華民国に対して輝かしい戦功があるのか?」と代表性について問うた上、中華民国を防衛した軍事的人物がこんなにもいるというのに国史館は「よもや誰も選べなかったとでは言うまい?」と疑問を呈した。仮に国史館が事前に国防部に諮らずいきなり人選を提出したのであれば、国の為に当時血を浴びて奮戦した先達たちはどう思うだろうか?「中華民国はどうしてそのような仕打ちに耐える事ができようか!」ありえない! 鄧小平、毛沢東が「民国百人誌」にエントリー (聯合報/強調は引用者)
じゃあお待たせしました。聯合報に載った「暫定順位」でも。めんどくさいので各部門3位まで。なお、聯合報も「国史館が8日夜にサイトを緊急退避させたため、新しい票が累積されておらず、本当の順位を表していない」という註釈をつけているとおり、途中経過という位置づけで見ていただければ、と。もっとも、途中経過にして最終結果になっちゃったっぽいけど。なお、産経が「上位には蒋介石政権とともに中国大陸から渡来した外省人がずらり」とわざわざ書いているので出身くらいは補記しておきましょうか。(略)国史館が毛沢東ら中共の指導者を「民国百人」の投票リストに入れていた事が大きな問題となっている。国史館は8日午後、緊急にWebサイトの投票リストを修正し、毛沢東、鄧小平、周恩来、溥儀の4人を候補者から外し、計96人とした。
(略)国史館はさらに夜になってプレスリリースを出し、「民国百人の投票企画に関し、未成熟な部分があったため、館長は一時停止を決めた。これまでに発生した混乱に対し、本館は深くおわびする」とコメントした。
さらに林満紅・館長は8日の20時半に館内で内部会議を開催、今回の件についての対応を協議した。国史館は「民国百人」の投票サイトをこれまでに既に削除してしまっている。(略)馬総統が厳粛な処理を促す 民国百人企画は停止 (中央通訊社/強調は引用者)
★ 文化芸能
1位:鄧麗君(1953-1995/テレサ・テン。言わずと知れた「アジアの歌姫」/外省人)
2位:林語堂(1895-1976/文学者・言語学者・評論家/外省人)
3位:李天祿(1910-1998/布袋劇の人形師/台北)
★ 社会
1位:呉三連(1899-1988/元台北市長、民主化運動や社会運動の先駆的人物/台南)
2位:蔡阿信(1899-1990/台湾で初めての女性医師/台北)
3位:余紀忠(1910-2002/元国民党中央常務委員、中国時報の創業者/外省人)
★ 経済財政
1位:王永慶(1917-2008/台湾プラスチックの創業者、台湾では「経営の神」とも/台北)
2位:孫運璿(1913-2006/元行政院長、元台湾電力総経理、十大建設を推進した/外省人)
3位:李国鼎(1910-2001/元経済部長、新竹科学工業園区などを作り「科学技術の父」とも/外省人)
★ 外交
1位:宋美齢(1897?-2003/蒋介石の妻/外省人)
2位:顧維鈞(1888-1985/元外交部長、元駐米大使、元国際司法裁判所判事/外省人)
3位:葉公超(1904-1981/元外交部長、元駐米大使、日華平和条約の調印者/外省人)
★ 学術
1位:梁啓超(1873-1929/思想家、政治評論家、戊戌の変法の運動家の一人/大陸期)
2位:呉大猷(1907-2000/物理学者、元中央研究院院長/外省人)
3位:王雲五(1888-1979/元財政部長、金円券を発行/外省人)
★ 政治
1位:孫中山(1866-1925/孫文、中華民国の国父/大陸期)
2位:于右任(1879-1964/元監察院長/外省人)
3位:毛沢東(1893-1976/中華人民共和国の建国の父/終身大陸)
★ 宗教
1位:釈聖厳(1931-2009/仏教の法鼓山の創建者/外省人)
2位:倪柝聲(1903-1972/キリスト教作家/終身大陸)
3位:李常受(1905-1997/キリスト教説教者/外省人)
★ 軍事
1位:鄧小平(1904-1997/中華人民共和国の最高指導者/終身大陸)
2位:張学良(1901-2001/元軍人、西安事件の首謀者/外省人)
3位:陳誠(1897-1965/元軍人、元行政院長、元副総統/外省人)
うんまあ、なんというか......。でも、どうやら鄧小平や毛沢東レベルの「不可解なエントリー」は、中央通訊社にある4人だけだったっぽいですね。
しかし、これには結果がどうこうと言うよりも、ノミネートの人選からして緑系から非難の声が。9日の自由時報から抜粋して訳。
毛沢東や鄧小平といった、一般的には中華人民共和国の人物と認識される人物が入っている事は確かに迂闊すぎるとは思うけれども、白色テロの被害に遭った人たちが再評価される事は決して悪い事ではないんじゃないかとも思ったり。あまりおいらが言う事じゃないですけど。(略)立法院民進党団の管碧玲は8日、「このリストは、『一つの中国』というフレームの歴史観から生まれた乱れた産物だ」と痛烈に批判した。
国史館のリストアップした100人の名簿は、国を売った者、漢奸などと後世の人物から疑われる歴史上の人物もいる。洪憲帝制を打ち立てた袁世凱、日本と手を結び南京国民政府を作った汪兆銘、あるいは中華民国の行き先を見て慌しくアメリカに逃げ出した李宗仁が名簿に上がっているのだ。このほか、名簿には日本統治下の台湾で活躍し、中華民国の歴史とはあまり関係の深くない、林呈禄(訳註:日本統治下の台湾で民主化運動を行った小説家。1886-1968)なども一部名前を連ねている。また、中華民国によって迫害されたために台湾を離れざるをえなかったり、投獄されてしまった人も、皮肉なことに民国百人に多く入ってきている。小説『浪淘沙』のヒロインの蔡阿信(訳註:原文まま。正確には、『浪淘沙』のヒロイン丘雅信のモデルが蔡阿信、というもの)は英国籍を持っていたために中英国交後は台湾を離れなくてはならなかった。日本語を話さなかった林献堂(訳註:1881-1956)は、中華民国に大きく失望したために晩年を日本で迎えた。雑誌『自由中国』を創刊した雷震(訳註:1897-1979)は、10年間にわたって拘禁されたうえ自筆原稿は焼かれてしまった。228事件により日本に逃れた台湾独立運動家の廖文毅(訳註:1910-1986)は、政府から絶えず脅しと嫌がらせを受け、ついに台湾に戻って投降した。
管碧玲は、「中華民国の立場からすれば、毛沢東、周恩来、鄧小平の3人は国民党の蒋介石政権を打ち破った者たちで、国民党政権を中国から追い出した反乱軍の首領である事は間違いない。国民党は当時、『匪』だと称していたが、中華人民共和国の立場からすれば開国の英雄だ。国史館が彼らをリストに加えるという事は、『一つの中国』というフレームを認めたということだ」と指摘する。また、「中華民国の政治の正統性は、大清帝国から受け継いだというもののはずだ。もともとリストに入っていた溥儀を第一弾で外した事は、中国に対する政府のご機嫌取りではないか。自ら進んで政権の正統性を投げ出し、自らを地方政府に矮小化するものだ」と話す。
でたらめの百人選び 国を売った者や漢奸が並ぶ (自由時報)
さて、この「民国百人」の騒動は、最終的には15日の国史館館長の辞任でいちおうの終結を見ます。16日の自由時報から抜粋してはしょり気味に訳。
確かに人選に関して言えば、無用心というかとにかく迂闊という言葉しか出てきません。入れるべき人が入ってなくて、その逆をやってるんだから。でも、だからと言って産経の記事にあるように「民主を圧殺した毛沢東やトウ小平が評価されるとは噴飯ものだ。馬英九政権の対中融和政策と中国の"微笑攻勢"で台湾の対中警戒心も随分薄れたようだ」とか、あるいは東亜+のスレで見られたような「中国の工作員が投票して云々」とかまでは、到底思えないんですよね。国史館の「民国百人」投票企画のリストに、中国の指導者である毛沢東や鄧小平が入っていた事が厳しい非難を浴びている。林満紅・国史館長は15日、立法委員の質問に対し、なお自らの手落ちを自己批判するつもりはないと答え、立法院財政委員会は監察院に調査を引き渡した。しかし、こうした騒ぎを鎮めるため、林満紅は15日夜、馬英九・総統に辞表を提出、馬総統もただちに辞任を認めた。
総統府発言人の羅智強は15日夜、林満紅は最近の国史館に関する混乱にたいへん申し訳なく思っており、政治的責任を負いたいとして辞表を出したと説明した。(略)民国百人問題/林満紅・国史館長が辞任 (自由時報)
なぜかと言うのは、一つは今回の顛末のとおり反発の声が(トーンの差異こそあれ)起きている事。もう一つは、件の人物たちに票があまりに入っていない事。上の聯合報の記事を見てもわかるように、10月10日の双十節から始まったこの投票、2ヶ月たっても鄧小平には90票しか入っていないんです。まあそれを言ったら、「なんで鄧小平が入ってんだよ!」というのにしたって、2ヶ月たってからようやく騒がれた程度なんだけどね。
しかも、8日の聯合晩報に載った主な部門の1位を比べてみると、「政治」の孫中山(孫文)に入った2,666票が最も多く(それも数字的に物足りなさを覚えるけど)、次いで経済財政の王永慶が1,990票、だいぶ開いて文化芸能の鄧麗君が567票、外交の宋美齢は348票、そこからさらに開いての軍事部門の鄧小平90票。ここでも「只愛小鄧,不愛老鄧」ってとこでしょうか。そもそも軍事部門の5人のラインナップを見れば、さもありなん。しかしすごいな90票で1位って。VIPPERだったら1分でひっくり返すぞ、きっと。
だから、絶対的な数字としても相対的な数字としてもさして価値の無い「鄧小平の1位」であって、「鄧小平が台湾の国民から評価されている」とはちょっと言えないと思うんですよね。そこらへんも踏まえて、その8日の聯合晩報の記事から最後の段落を抜粋して終わりにしたいと思います。
(略)国史館の企画ページをよく見てみると、現時点で鄧小平は90票と、「軍事部門」次点の張学良(80票)や陳誠(31票)、李宗仁(22票)、閻錫山(21票)をリードしている。しかし、票数が多くない事から、現地職員の誰かがからかって、兵士たちに投票を呼びかけるよう国防部総政治作戦局に求めたら、たちまち結果は変わってしまうだろう。
鄧小平が軍事部門でトップ 国史館が慌てて削除 (聯合晩報)
まあ、たぶんおいらは行く予定が今のところ無いんですけどね。
ということで、例によってお隣台湾の事情でも。24日の聯合報から抜粋して訳。
翻って戒厳令が解かれた1987年以降を見てみると、1989年に来台旅行客が200万人を突破、その後一時低迷した時期もあって300万人を超えたのは16年後の2005年だったんですが、上に書いたように2009年には400万人を上回り、今年は既に500万人を達成、とここ数年うなぎ上りに増えているのです。まあ確かに大陸からの観光客を制限つきとはいえ解禁したのも大きいよね。1999年に海外から台湾を訪れた約241万人のうち、華僑は約30万人、割合にして12%程度でした。その後、華僑の割合はじりじりと上昇して行き、2008年に大陸の観光客にも機会が増えると割合は約23%と過去最高を更新、2009年は約37%にまで増え2年連続で記録を塗り替えました。訪台する華僑の人数は10年間で約5.5倍に増えた事になります(ちなみに華僑以外は10年間で約1.3倍)。このままのペースだと今年はついに大陸からの旅行客が日本からの人数を上回るそうで、無視できない存在になっているのは間違いないでしょう。今年、台湾の訪れた旅行客の人数が過去最高を記録する事になる。交通部観光局は、来台観光客の人数がのべ550万人に達する可能性があると初めて予測した。来年は建国100周年で一連の祝賀行事がある事から、来台する旅行客のさらなる増加は間違いない。頼瑟珍・観光局長は24日午前、来年の来台旅行客の人数は650万人を目標にし、なおかつ「入国人数が出国人数を遥かに上回る」形態への発展を目指す、と語った。
観光局は24日、「全国観光発展会議」を開催した。(略)毛治国・交通部長は挨拶の中で、「2009年に来台した旅行客はのべ440万人を数えた。今年は11月26日にのべ500万人を達成し、最終的にはのべ550万人を超えるだろう」と述べた。
(略)頼瑟珍は、「観光局では『優良観光案内プラン』を推進する。星クラスの旅館をチェックして評価するほか、台湾好行(訳註:駅と観光スポットを結ぶバスの愛称)、百大感動ルート、国際光点計画(訳註:民間による観光振興の取り組みを支援するプラン)を行う。これらの目的は台湾を訪れる旅行客の人数を増やす事だ。建国百年の来年の目標は来台旅行客のべ650万人とする」と述べた。
観光局の劉喜臨・副局長は「台北花博、そして来年は建国100周年の祝賀行事がある。この2つをPRする事により、多くの海外の旅行客を台湾に呼ぶ事ができると考えている。ランタンフェスティバル、グルメフェスティバル、自転車祭、温泉美食カーニバルの4大イベントも来年の重要な催しだ。観光局は、主要なアジア諸国を売り込む対象として捉えている。香港・マカオからの旅行客は100万人突破を目指し、マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシアといった東南アジア各国にも力を入れて100万人を狙う。日本、大陸などの重点市場もPRを強化し、来台人口を増加させたい」と話している。建国100年 650万人来台を目標に (聯合報/強調は引用者)
さて、じゃあそういう状況に対し、台湾の中で問題は起きてないかというと、やはり危惧すべき点はあるようで。これについては19日の中国時報の短評欄から。江丙坤・陳雲林の第6回会談の関係の記事なので主に大陸からの旅行客メインのお話だけど、仕方ないね。あ、あれですから、「中国人が大挙してやってきて治安が云々」とかって話じゃないから。
確かに、人口500万人のシンガポールに、日本を上回る年間1,000万人以上が訪れているというのは驚異的な事実。でも、観光業に対する取組み方やそうせざるを得ない社会的・経済的な仕組みの違いから考えれば、必ずしもシンガポールの真似をできるかって言うとどうだろうね。本紙掲載の通り、第6回の江丙坤・陳雲林会談により、大陸から台湾を訪れる旅行客の上限が一日あたり3,000人から4,000人に引き上げられる事が基本合意され、将来的には自由な渡航が解禁される見込みだという。しかし、この3割もの拡大というのは非常に大きい。果たして台湾は本当に準備が整っているのだろうか?
直接の恩恵を受ける観光業、ホテル業、飲食業ないしは台北101の店からすれば、より富裕層の旅行客が訪問することはもちろん歓迎される。しかしこの2年来、大幅に増えた大陸からの観光客は、台湾島内の観光産業の能力に大きなプレッシャーを作り上げてしまった。観光客の数が増えること以前に、現在の旅行サービスの品質を十分に検討しなければならないし、不足している部分にはいっそうの補強をしなければならない。そうしてこそ、客もホストも存分に喜べるというものだ。
現在、最も顕著な問題は、ホテルと観光バスの数が不足しているという事だ。観光資源もまた応えるためにいくらかの無理をせねばならないだろう。有名な観光スポットは大陸からの観光客でいっぱいになったまま、道路、駐車場、食事、休憩などの周辺設備も非難を受け続けている。もし、ここにさらに3割の増加が加われば、ないしは将来的にもっと多くの大陸観光客が来るとなれば、弱り目に祟り目という状態になり、台湾の観光に対する評判に影響を与えることは免れられない。
その上、仮にこれに歯止めを掛けるために値上げをすれば、今度は一般市民の国内旅行にも影響を与えてしまう。また、多くの一般市民が旅行に行こうと宿を予約しようとすると、既に大陸の団体旅行の旅行会社が部屋を押さえてしまっている事がわかってしまう。新しめの観光バスも全て大陸観光客に回されてしまう。台湾の市民が何かしようと車を借りようとしてもしょちゅう借りる事ができない。観光地に着いても大量の大陸観光客と一緒にぎゅうぎゅう詰めになってしまい、慣れることができないと思ってしまうことは避けがたい。しかし、実際のところ、より多くの観光客を迎え入れる余裕が台湾に備わっているのは間違いないはずだ。シンガポールを訪れる観光客の数は、毎年毎年、人口の2,3倍を数える。にも関わらず混乱は生じていない。観光客は少しも不便を感じず、現地の人々の生活も邪魔を受けていない。これらは全て、周到な準備と旅行サービスに対するこだわりによるものだ。台湾は観光に取り組むのであれば、まず自らの準備を万全に整える事だ。それができてこそ客をもてなすことができるのだ。
短評―台湾は準備が整っているか? (中国時報/強調は引用者)
とはいえ、人口2,300万人の台湾が「年間650万人を受け入れよう」「おいおい、それどうやって捌くんだよ」という話をしている中で、日本が同じように考えられるかというと、どうだろう。まず日本の官公庁、じゃなかった観光庁がもう少しなんとかしないといけないんじゃないかなあ。休日の分散化なんて頑張ってないでさ。もっとも、それ以上に腰が重そうなのが日本の受け入れ態勢。とりわけ「外国人がやってくる」という事に対する不安感を払拭できないと前に進まないんじゃないかなあ。中国時報にハード面を指摘されていた台湾だけど、日本の場合はソフトがハードの足を引っ張っている気がする。もうちょっと貪欲になってもいいと思うのに。見方によっては海外からお金を落としに来るんだから。
え、これ以上外国人が増えるのは治安の面で問題がある? そうかなあ。観光ビザの個人取得ってそうは言っても要件がそこまで甘くないし、多数を占める団体旅行にはまだ伸びしろがあると思うんだけど。ちなみに、台湾が予想している2011年の年間訪台観光客人数の650万人って人口の3割弱です。単純比較するのもどうかと思うけど、先のJTBが予測した訪日外国人の数、人口の1割にも満たない年間920万人だそうですよ。
繁体字を標準字体とする台湾では「臺灣」が正式な表記であるが、一般的には簡略化した「台灣」の表記が使用されている。
台湾 (Wikipedia日本語版)
とあるので、それを読んで「ああそうなんだ。臺灣じゃなくて台灣でもいいんだ。へー」程度の認識でした。台灣の漢字での正式な表記は、「臺」が正体字であることから「臺灣」である。ただし、異体字の「台」も一般的に使われており、現在では市民やメディアも「台灣」を多用している。一部の官公庁の書類では「臺灣」が用いられている。
台灣 (Wikipedia中国語版)
という事で、いつも通り前フリが前フリになっていませんが、13日の自由時報から訳。
な、なるほど。颱風→台風の書き換えは知っていたけど、臺→台は元の字ありきの字体だとばっかり思っていた。これはちょっと不勉強でした。むむむ。確かに「怡(yi2)」っていうのは「喜ぶ、楽しむ」って意味だから......そういう事かあ。なお、同様の記事は13日の中国時報でも「臺灣それとも台灣? 教育部は正体字を求める」と伝えられています。「台灣」も名前を正さなければならないだろうか?
「臺」の字も「台」の字も、世間ではよく使われている。「台」の字の画数が少ないため、ますます多くの人が「臺灣」を「台灣」と書くようになっている。教育部では、字源を考証した上で次のように発表した。曰く、今後教育部の公文書では全て「臺灣」の文字を使うこととし、各学校や国立編訳館、教科書出版会社に通達を出し、再来年の教科書からは「臺灣」に全て統一される。教育部国語会の執行秘書、陳雪玉は「教育システムの中では標準的に『臺灣』を使用しているけれども、皆さんが普段からより正体字を書く事も奨励している。しかし、人々が長きにわたって使い一般的となった習慣も考慮し、これからも、各学校の進学試験の際に『台灣』と書いても点数を引くような事はしない。一方で、現在のところ路線や目標を変えるような考えもない」と強調した。陳雪玉は、「『台』は『臺』の異体字であって簡体字ではない。教科書の台北、台中、台南などの地名もすべて『臺北』『臺中』『臺南』というように書くべきだ」と指摘している。
陳雪玉の分析によると、漢の時代に許慎が記した『説文解字』の中で、「臺(tai2)」は「四方を観るための高い場所」と説明があり、四方を眺望することができる高くて平らな建築物の意味だったという。一方、「台(yi2)」は喜びを表す意味で、同様の使い方が『史記』の中にもあり、「唐堯は退位し、虞舜は喜ばなかった」と触れている。ここから見てわかるように、両者は発音の点でもも字義の点でも関係が無い。
唐や宋の時代でも、『広韻』や『集韻』といった韻書の中では、「台」はtai2とtai1の両方を読む事ができるようになり、これによって「臺」と「台」の2文字に同音の関係が生まれたのだ。しかし字義の上ではお互いに関係は無い。これが明や清の時代になると、小説『目連記』や『金瓶梅』でようやく「臺」の代わりに「台」を使う例が見られるようになる。
陳雪玉は、「教育部は標準用字を改める際に、『瞭望臺』や『臺階』といった場合に使われる『臺』の字の『四方を観るための高い場所』という本来の意味を考慮し、また『高い所を崇めるという』概念から派生して出てきた『兄臺』や『臺端』といった尊称も考えて、民国71年に『臺』の字を標準用字として発表したのだ。しかし、人々が長らく便利に書いてきた事が習慣となり、非公式の書類では次第に『台』が『臺』にとってかわるようになった。教育部では漢字の形の歴史や形の美しさの価値を保存するため、教育部の公文書および教科書において、今後は『臺灣』を使うようにする事を決めた。他の部や委員会の公文書で使う文字については、教育部が今後行政院と連携を取っていく事になる」と説明している。外部から聞こえてくる「『臺灣』に統一して使う事には政治的な考えがあるのでは?」という問いに対し陳雪玉は、「教育部が公布している標準字体は、全て文献の中に出自があるもので、選定には六書や字の作りの原理に合致するように努力している。正しくする要因は、長きにわたって人々が『臺』と『台』とを簡単に混ぜてしまい、どのように使えばよいのか分からなくなっている事がある。今回のWeb公文書システムの改修を機会に整理して明確化するものだ」と強調した。
教育部がこのように「臺灣」は「台灣」ではない、と正名しようとしているが、各政府機関の命令や広報、新聞稿の大部分には「台灣」と書かれてしまっている。例えば、馬英九総統の「治國週記」でも「夜市遊台灣」と触れていたり、行政院も「投資台灣、啓動黄金十年」などの政策で台灣の文字を使っていたりしている。ある市民は、「文字というのは広まって次第に一般に認められていくものだ。『臺灣』に改めても、結局は余計な事にしかならない」と批判している。教育部が「臺灣」の使用を決めた事に対し、行政院のその他の部や委員会は足並みを揃えるのだろうか? 呉敦義・行政院長は12日、「教育部が提出する服案がどのようなものか見なければならない」と答えた。
呉敦義は、「公文書上に印刷される文字でも、ある人は正体字の『臺』と簡体字の『台』(教育部は『臺』の異体字と指摘している)を比較して使っているし、既に人々の書く上での習慣もある。言ってみれば活字体があり、筆記体がある英文のような感じだ。教育部は、画数の多い正体字に改められるのかどうか。彼らができると考えれば、一般市民もこの字を知っているのだから、『臺』を使っても字を書く際には『台』と書くだろうし、大変だという事にはならない。人々は自在に使うだろうし、認識している。何もまずい事はないだろう」と指摘した。『臺灣』は『台灣』ではない? 教育部、正体字の使用を求める (自由時報/強調は引用者)
とは言うものの、漢字の表記というのは広く生活に関わってくるものだし、ましてや「台湾の人にとっての『台湾』の表記」なのだから、なかなか難しい問題のようです。同じ13日の自由時報から抜粋して訳。
これに関しては14日の聯合報も「黒白集」で「台灣.臺灣」と題し、「そんな事をやってる場合じゃないだろ、JK」と皮肉たっぷりに伝えています。外野からすれば「な、なるほど」で終わっちゃうけど、台湾の人たちからすれば些細かつ大きな問題。日本で言うと「『にほん』か『にっぽんか』」みたいな感じですかね、いやそれとも違うような。教育部が「台灣」ではなく「臺灣」に名を正そうとしている件について、学者や専門家らは、文字は社会の賛同というベースの上に立つべきものであり、教育部は人々の習慣を無理に捻じ曲げようとしてはならない、と考えている。
現在、政府機関や学校でも「台」と「臺」がごちゃ混ぜに使われているのをよく目にする。例えば「國立臺北科技大學」は、学校のWebサイトのトップページでは校名に「臺」の字を使っているが、サイト内のその他の情報のページを見ると「台」の字もある。台鉄でも台北や台中といったターミナルでは「台」の字が多く使われている。
全国教師会の秘書長を務める台北市敦化国中の国語教師、呉忠泰は、「世間では多くの字が俗字を援用している。教育部の文字計画には整合性が必要であり、しかも社会の認識という基盤の上に立たねばならない。もし『台』という字に対してのみ行うのであれば、その妥当性が大きいということを言わねばならない。また、政治的な考えがあるのではという連想を容易にさせるものだ」と考えている。
(略)またある中学校の校長は、「文字というものは、広まっていく中で次第に一般に認められていくものであり、絶えず時代に伴って変化してきたものだ。表記の上でほとんどの人が既に『台』灣を使っているのだから、教育部はこうした人々の習慣を捻じ曲げてまで行う必要はない。いわゆる考証の結果についても、それではいったいいつまで遡ればよいのだろうか? なぜ現代人を無理矢理に過去の歴史の淵源に合わせようとするのかわからない」と批判している。
有名な文学者で国文教育緊急救助連盟の副召集人である張曉風は、「コンピュータで文字を打つ時代では、多くの人が発音を基に入力しているのだから、結局は『台』にしても『臺』にしても、実際には何の違いもない。ただし名前や固有名詞には独自性があるから『臺』を使うべきだ」と話す。張曉風は、自身の普段から書いている癖では台北も台灣も「台」で書いているが、既に亡くなった文学者である臺靜農については、尊敬の念を表して「臺」で書いているという。(略)
まあいずれにしても、PlurkやTwitterで書いたんですが、何も見ないで「臺灣」って書こうとしたらどちらも書けなかったおいらに死角はなかった。というか、「灣」すら間違えて書いてしまったので、もう何も言う資格がなかったという罠。
ちなみに、1日の英字紙Taipei Timesの記事「WikiLeaks says it has Taiwan cables」によれば、今回流出したアメリカの外交公電のうち、台米関係に関するものは約4,000件、うち約2,000件は機密扱いではないもの(unclassified)だったんですが、約200件の極秘(Secret)文書と、約1,800件の秘(Confidential)文書があったとのこと。
「何てこったい、機密情報がこんな簡単に流れちゃうような、言いたい事も言えないこんな世の中じゃ!(棒)」とは言うものの、世の中を飛び交う情報は結局のところ玉石混交でして、「俄かに信じられないものほどマジだった」というのが意外にある一方で、「俄かに信じられないものはやっぱりガセネタだった」というのも大量に存在しているのでした。というわけで、香港の雑誌『鏡報』(初めて聞いた名前だなあ)に載った、両岸関係を揺るがしかねない不思議なお話を2日の自由時報から抜粋して訳。
ちょっと考えてみたけど...いやぁ......出所が出所なのでかえってコメントしづらいかも。まあ自由時報が食いつくのもわかるけどね。香港の親北京系雑誌『鏡報』の最新号によれば、中国は2013年の全国人民代表大会で、国民党の連戦・栄誉主席を「国家副主席」に任ずるかもしれないという。連戦の事務所の丁遠超・主任は1日、この件に関してノーコメントだと回答した。行政院大陸委員会の頼幸媛・主任委員は、「台湾のいかなる者も、大陸の公職に就く事は許されない」と話している。
中国国民党の文化伝播委員会の主任委員である蘇俊賓は、「これは本当に不可解で、ナンセンスな話だ。コメントのしようがない」と話す。
一方、民主進歩党の李俊毅・立法委員は「中国がこのような事をするのは、明らかに台湾を中国の一部分だと見なそうとしているからだ。このような事柄を台湾の人々は絶対に受け入れる事は出来ない。連戦がもし中国の国家副主席を受けるのであれば、国民党は台湾でもてあそびきったという事だ。連戦には、国民の両岸関係に対する基本的な姿勢を判断し損ねない事を期待する」と話した。(略)雑誌『鏡報』は、かつて中国の政協委員を務めていた徐四民が創刊したもので、現在の社長は徐四民の息子の徐世英だ。12月号に掲載された陳星戦による文章は、権威ある人物からの話として、北京が両岸協力について考えている計画として、連戦を国家副主席として招くというものがあるという。
この文章によれば、南北朝時代に北魏が南北の「交聘」、「戸市」を推し進め、ほぼ戦うことなく全国統一を果たした歴史にちなみ、北京はこれを手本にする価値があると考えたという。そこで、2005年に連戦・胡錦濤会談があったが、当時の連戦が受けた礼儀作法は、既に二国家間の外交儀礼と異なり、また一般の接待クラスよりも高かった。これは言わば「藩王の礼」であり、これには大陸が将来の両岸関係の構造を暗喩すると同時に、統一後の台湾の「地位」も表している。(略)香港誌:中国が連戦を国家副主席に? (自由時報)
じゃあここで、仮に「出所がWikiLeaks」だったらどうしようって考えてみると、それだったら信じちゃいそうなおいらがいます。普段から偉そうに言ってる割には流されやすいんです。ああ、今さら言うなって?
という事で話は全く変わりますが、同じ両岸関係の話題&タイムリーなウィキリークスの話題、って事で、31日に台湾のブログ「CoolFunNews~ 全球華人最爽快的新聞來源」に載った記事を全文訳。
え。既にお分かりの通り、これ嘘です。はい。台湾版の「虚構新聞」や「bogusnews」といったところでしょうか。調べていて「へー」と思ったのは、この嘘記事の記者「魏軍梓(wei4jun1zi3)」というのは、ほぼ同発音の「偽君子(偽善者の意。発音はwei3jun1zi3)」を狙ってるみたいですね。虚構新聞の社主やbogusnewsの主幹といい、こういう小ネタまでしっかり仕込むのは万国共通みたい。11月30日 記者:魏軍梓 台北報道
昨日、アメリカの機密ファイルが公表されたウィキリークスで、彼らの取得したアメリカの外交機密文書の公開が始まった。今回公開された範囲には、25万件におよぶアメリカ大使館とアメリカ国務省の連絡記録が含まれており、アメリカ政府にとって重大な「情報災害」となった。ウィキリークスでは、3ヶ月をかけてこれらの資料を逐一ネット上に公開し、ネットユーザたちが閲覧できるようにするという。驚くべき事に、今日公開されたファイルの中には、台湾海峡の両岸の指導者クラスが相互に連絡する手段についてのものがあった。そこに描かれている内容によれば、馬政権と中国政府は、なんとSkypeのビデオ通話を使って両岸の今後の行方を話し合っているという。
この新たに公開された文書は、アメリカ在台協会(AIT)からアメリカ政府に渡されている定期リポートで、その中には台湾海峡問題に対するアメリカの憂慮が示されているほか、台湾が中国に接近しつつある事によりアメリカが重要な陣地を失いかねない事への懸念が記されている。馬英九政権は両岸の商業を開放する傾向にあり、そのため台湾と中国の連絡もどんどん密になっている。この定期文書の中でもっとも注目されるのは、アメリカの協力者が台湾の総統府から得た情報だ。その情報によれば、馬英九政権は、世間や国際社会からの過度な関心を避けるために、総統の執務室内で自分のパソコンを使い、中国の指導者である胡錦濤とSkypeで喋っているという。
協力者の情報はさらに、二人は他の政府関係者や政敵から見つからないように、執務室に誰もいないときにSkypeを使ってチャットをしていると述べている。秘書や少数のスタッフを除けば、極めて限られた者しかこのコンタクトの方法を知らないという。しかし、二人ともパソコンをあまり上手に使いこなせていないため、Skypeの設定を行った際には、ともに秘書の手助けが必要だったという。推定によれば、馬英九と胡錦濤はおおよそ1週間に1度の割合でチャットを行い、毎回の内容は両岸の今後の行方についてだという。しかし時には、ささいな時候の挨拶なども行い、例えば「階段を上る時の膝痛はどうすれば軽減できるか」といったような話もしているという。協力者はレポートの中で、「馬と胡のSkypeに関する情報は秘密に相当し、そのためより詳細な点はほぼ取得不可能である。しかし分かっている事は、両岸の指導者クラスの連絡は、想像していたよりも既にだいぶ密接だという事だ」と述べている。
アメリカ在台協会とアメリカ政府の文書では、この情報を引用するとともに分析を行い、「中国と台湾は、冷戦時のアメリカとソ連とのホットラインを真似ているようだ。連絡をより密にできれば、双方にとって最大の利益をもたらすかもしれない。しかし、科学技術の進歩により、双方がこの事実を明らかにする事を必要としなければ、1台のパソコンさえあれば動画を使って相手方と政策の相談を行う事ができるのだから、今回の事件は本当に人々を懸念させるものだ」と考えている。現在、両岸の指導者とも、今回のニュース発表についていかなる釈明や意見も出されていない。
ウィキリークスが台湾海峡の機密を公開! 両岸の指導者はSkypeでコンタクトを取っていた (CoolFunNews)
しかしながら、世の中「ウィキリークス、何それこわい!」「僕の公電も流出されそうです!」一色なこのご時世、「出元がウィキリークス」となれば、誰かしらが引っかかってしまうのも仕方ないね。という訳で3日の聯合報から抜粋して訳。
なんてこったい、立法委員を完全に釣るとは。っていうか、総統府もわざわざコメントするなよ。と思ったんですが、先日の虚構新聞の「「流出した尖閣ビデオ、見ないで」 政府呼びかけ」が話題になったように、心のどこかで「いや、もしかすると」というのがあるからこそ、こうやって反響があるのかもしれないですね。その匙加減が嘘ニュースサイトの真価でもあり、妙味でもあるのかもしれないけどさ。馬英九総統と中国の胡錦濤国家主席が毎週「Skype」で密談をしている? それは最近話題の「ウィキリークス」が暴露した両岸の「最高機密」? いやいや、安心してほしい。これはパロディ版のウィキリークスの内容だ。全ての経緯は純然たるフィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは一切関係ない。
ネットでこの2日ほどの間に広まったパロディ版の両岸「ウィキリークス」事件だが、国民党の頼士葆・立法委員は2日午前の立法院財政委員会で、陳冲・行政院副院長に対し、「ウィキリークスの内容は真実なのかどうか明らかにするよう」行政院に働きかけるよう求めた。しかし、2日の午後になって頼士葆も、馬英九・胡錦濤ホットラインの話がもともとネットユーザのパロディであり、自らが騙されていた事に気が付いた。頼士葆は、「やってしまった。なんて恥ずかしいんだ。完全に(ネットのデマを)信じてしまっていた!」と素直に話している。
(略)ネットニュースの「CoolFunNews」が、アメリカのウィキリークスによる機密文書漏洩に関して、両岸の指導者である馬英九と胡錦濤がしばしばSkypeを使って挨拶をしていると報じた件について、総統府公共事務室は2日、プレスリリースを発出し、本件の内容が「純粋に、ありもしない作り話である」と強調した。
総統府公共事務室は、馬英九総統は既に何回も公に話している通り、両岸関係の展開は「先に経済、後に政治、先に簡単なもの、後に難しいもの、先に急ぎのもの、後にゆっくりでよいもの」という原則に基づいて順番に行っていると述べた。現在のところ、中国大陸の指導者と面会するような計画は無く、また会うのは両岸が経済問題で協議するレベルではなく、政治的なテーマを組み込んだ時であり、しかも現在のところそのようなタイムスケジュールもないとし、「この文章が指し示している内容は、実にでたらめで考えられないような話だ」と述べている。
それでも、事実は嘘ニュースよりも奇なものみたいで、書いた当時は嘘の内容であっても後から本当に実現しちゃった、なんて事が虚構新聞でもあったそうですね。っていう事は、ん? あれ?

