2011年3月アーカイブ

気象庁によれば、東京では28日に桜が開花したとか。東京の開花って関東でも館山の次くらいに早い気がするんですけどね。こんな年でも春はやってくるし、花は咲くのです。
そんな中、やらかしてくれたのが石原慎太郎・都知事。29日の記者会見でこんな事を言ったそうで。

東京都の石原慎太郎知事は19日の記者会見で、東日本大震災に関連し、「桜が咲いたからといって、一杯飲んで歓談するような状況じゃない」と述べ、被災者に配慮して今春の花見は自粛すべきだとの考えを示した。
石原知事は「今ごろ、花見じゃない。同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感が出来てくる」と指摘。さらに「(太平洋)戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」とも語った。
都は既に、花見の名所となっている一部の都立公園について、節電などのため入園者に宴会自粛を呼び掛けている。

花見は自粛を=被災者に配慮必要-石原都知事 (時事通信)

電気の使用や警備に割く人員、ゴミの処理といった実務的な面からならともかく、連帯感という言葉を持ち出すのはどうだろう。

実はこれに先立って29日の聯合報にも似たような記事がありました。いずれも「28日に東京で桜が咲いたよ」という記事なのですが、時節柄どうしても震災の話になってしまうのは致し方ありません。

日本の気象庁は28日、東京に桜の季節が到来した事を正式に宣言した。毎年、桜の季節が来ると、日本国民はみな大勢の友達や家族と共に、桜の木の下で弁当を広げたり、杯を交わして桜を愛でる。しかし、今年の桜の季節は、大震災のせいで日本人は特別な異なる気持ちを胸に抱くことになり、満開の桜の下でも、今年は桜を称える人は少なくなりそうだ。
3月11日に発生した東北地方の大地震と津波は、少なくとも1万人以上が命を落とし、2万人近くが行方不明となっている。この天災と福島原発の事故により、今年は桜の観光業も大きな影響を受けると見込まれている。

100年の歴史を持つ水餃子の店を東京で経営する福田は、「寒い季節を経て、桜の花が咲くと、私たちの気持ちもまた変わる。桜が私たちの再起を刺激してほしい。少しずつ少しずつ。粉々になった物事を直す大工事には、再起の第一歩を踏み出すための、奮起させる何かが欲しい」と話す。
築地市場の行商人の博之は、命の短さについて特に感じ入ったという。彼は「それまで普通の生活を過ごしてきた人たちが、突然いなくなってしまう事に気がついた。人間も桜も同じ。命の何と短い事かと、あなたも思わずにいられないでしょう」と話した。

日本人は時に桜を勇士のシンボルとも捉える。日本の武士たちは特に桜の花を愛した。桜の花は命を惜しまず、また花の咲く時期が短く、盛大に咲き誇り、満開の時に散ってしまうからだ。このため、桜は同時に「武士道」精神も体現し、堅忍、勇敢、自己犠牲を象徴する。
今回の震災でも日本人は、彼ら特有の「忍ぶ」精神を見せた。死神と背中合わせになった後でも、日本人は秩序と協力を保ち、お互いに助け合った。被災地の至るところで被災者たちの堅忍の精神が見られた。帰る家が無い一家は、避難所でたき火の周りを囲み、周囲が大雪に包まれても、火の手は彼らの毅然とした顔立ちを赤々と照らした。ある老人がくるぶしの高さまである泥の中で自転車を押していた。自転車の籠には、彼の子供の結婚写真があった。離散した家族を探し当てた者は、その瞬間にお互い抱き合い、救助隊は笑顔で毛布を差し出した。その光景は、満開の桜のように美しかった。

日本で桜が咲いた 耐え忍ぶ姿が震災の犠牲に映える (聯合報/強調は引用者)

日本の気象庁は28日、東京で桜が開花したと発表した。予測では1週間後に満開となるという。しかし、大地震と津波の被害を受けて、日本人は国全体で国の為に命を捧げる時期に入ってしまっている。いかなる贅沢のほか、楽しみに関する物事や行いでさえも、自ら進んで投げ捨てている。自律、自制という「自粛」は震災後の日本におけるキーワードとなってしまった。東京の多くの企業は、毎年恒例で桜の季節に行っている桜を見ながら酒を飲む宴席をそのためにキャンセルしている。

(中略)東京の桜の季節は、日本人が期待する毎年の行事だ。桜の花の特徴は、盛りの時期に散る事であり、桜を見る事には喜びと悲しみの両方が存在する。日本はなおも国の為に命を投げる時期の中にあり、桜の下で花が咲き散るのを見ると、日本人はなおのこと命の短さとはかなさを感じいることだろう。
日本に広がる「自粛」ムードの中、今年の花見は以前のような喧騒に取って代わって静かなものになりそうだ。(中略)福島発電所の原子力事故は電力不足という危機を招いた。「自粛」は実際のところ電力消費の点に向けられたもので、各業種が進んで電灯をオフにしたり、エレベーターや暖房を切る動きが見られ、ひいてはトイレの便座ウォーマーもその対象となった。来月に行われる統一地方選挙もこの「自粛」の空気に包まれ、候補者たちの宣伝カーはあらゆる通りを縦横無尽に走るようなことをやめ、黙々と票を訴えている。(中略)
こうした動きは、日本の政府が法律や懲罰の手段を講じたためではない。全国民が自発的に「自粛」しているのだ。これまで賑やかな繁華街であった東京も、今では夜になれば一面が漆黒の闇だ。東京歌舞伎町にあるカラオケ店の店主は言う。「誰からも営業休止を強制されていない。節約して被災地を助けたいんだ」
関西学院大学社会学部の鈴木兼介・准教授は「テレビで大々的に被災状況が報道され、自粛というのは、東京の人にとって緊急時の団結を示す方法となった。自粛は日本人にとって自分の小さな力を示す最も簡単な方法と思われている」と指摘する。
今回の天災は、日本人の脆さを余すことなくさらけ出すことだろう。咲いた桜の花はもしかすると、再び故郷を再興させようとする日本人にとって、最も必要な力と慰めを与えるかもしれない。

東京は桜の季節に 国全体が「自粛」で楽しまず (聯合報/強調は引用者)

と、ここまではよかったんです。それにしても、桜の花が一斉に散るさまは大勢の犠牲者を連想する? 被災者が今後を見通せない中で桜の木の下で優雅に楽しむのは不謹慎? そうやって共に沈んでいく必要がどこにあるんでしょ。沈まずにすんだ者たちは、彼らを引き上げる力がある。その力を捨て、自らの身も捨てる行為は誰も望んじゃいないし美しくもなんともない。
一報、同じ29日の聯合晩報の社論は同じ「自粛」でも一気に突き抜けた方向に展開します。ちょちょちょちょっと待てえい。

(前略)「自粛」の2文字は、自らの言行を控える事を外部に示すばかりではなく、その背後には「全体」の意義を支えるというものがある。これは日本人の集団における性格の一部分である。活発で勇猛、一所懸命に突き進む個性の台湾人に言わせれば、自らに反省を求めるようなことはしないが、この「自粛」の2文字を用いて社会全体の秩序を追求すれば、もしかすると社会がひどく「混乱している」原因の一つを気付かせることになるかもしれない。
台湾が混乱してからかくも久しい。特に選挙は毎年毎年行われ、毎回の政治的動員は混乱を続けさせ、対立が積み重なっていく。(中略)政治家たちは少しばかり「自粛」できないのだろうか? あるいは少なくとも、事実をありのままに話し、偽りのテーマでマスコミで喧伝することをしないという原点に立ち返るということはできないのだろうか? 
(中略)政治家たちに「自粛」を求めるのは、今日の台湾の有権者たちにとって大いに贅沢な願いなのではないだろうか。長きにわたり、多くの政治屋たちが「力による社会分裂」の状況により、自らの発言権の取引の材料にしてきた。それはECFAしかり、原子力発電所の件もしかりだ。そこにはコンセンサスを目指すための微力などという気持ちは僅かにも存在しない。日本は天災によって政府も民間も自粛に向けて促された。台湾はこれまでずっと人災が天災よりも激しかった。どうか政治屋たちよ、少しは「自粛」してみてはどうだろうか!

政治家たちも「自粛」してみては (聯合晩報/強調は引用者)

いや、さすがにそれは都合良く取って出しすぎですよ!
かつて「嘘みたいに輝く街」と形容された東京ですが、先日来の節電の影響であちらこちらで電気を抑え気味。無論、無駄な電力使用を控えるのは大切だと思いますが、ピークを頭に入れない非効率な節電や経済活動を過度に抑制する事は避けたいものです。

27日の自由時報には、そんな東京の街を見た駐日特派員・張茂森による記事が載っていたのでこちらを訳。今回もまた簡易更新でごめんなさい。

日本の東北地方で大地震が発生してから2週間が経った。深刻な被害を受けていない東京でも、日が暮れた後は明らかに暗く光がない状態だ。災害の暗い影がエネルギー供給を逼迫させ、かつては眩いばかりに煌めいていた不夜城も、否応なしに倹約の新生活から学び始めている。
多くの公共用エスカレーターが使用を停止し、電車の本数も以前のように密ではない。これまでずっと商品で満たされていたコンビニエンスストアにも補充する商品がない。日中、澄み切った冬の日差しは、東京から既に大地震という暗い影が一掃されてしまったかのように錯覚させる。しかし、ひとたび夜になれば、残酷な現実がむき出しになる。かつては色とりどりの光を放っていた大都会は、今や一面真っ暗で死んだように静まり返っている。

最も顕著な違いと言えば、これまで若者で溢れかえっていた渋谷に勝るものはない。巨大な屋外テレビモニタからは映像や音声が消え、賑やかな往来だったスクランブル交差点からも人通りが減り、誰もが大声を挙げていた客引きの店員たちは影も形もなくなった。JR渋谷駅前(訳註:どうでもいいけど、原文は「渉谷」になっている)の有名スポット、忠犬ハチ公像の前で友人といっしょにぶらぶらしていた鈴木市代(訳註:原文では「音訳」とされている)は、「大げさだよ。ちっとも渋谷っぽくない」と話す。
あるメンズファッションショップの女性店員は、地震の前は夜の7時や8時にはまだ多くの客がいたのだが、「今ではみんな早めに帰宅してしまう」と言う。「どこもお客がいない。みんな出かけない訳じゃないんだ。さっさと電車に乗って帰ってしまっているだけ」ある運転手が愚痴をこぼした。
飲み屋やレストランを見ても、以前は退社後に一杯ひっかけていたサラリーマンたちが大勢いたはずなのに、今では閑古鳥が鳴いている。38歳のあるサラリーマンは、食品や野菜についての放射能汚染の問題が出て以来、レストランで食事するのを避けるようになったと話す。コンビニの店員の一人は、工場がストップし、東北地方の道路が通じず、ガソリンも配給制になり(訳註:原文まま)、時折電力制限がかかり、荷物の配送される量も明らかに足りていないと言う。

この大東京地区3,500万人の住民生活が、いつ元通りになるかどうかは誰にもわからない。泣きっ面に蜂と言うべきか、東京電力よれば、この夏の電力需要は最大で5,500万キロワットに達すると見込まれている。一方で、東京電力が電力を供給できる最大能力は4,650万キロワットでしかなく、2割前後の不足が生じることとなる。現在、東京23区はまだ計画停電の対象となっていないが、今後は範囲に含まれる事になるかもしれない。日本のメディアは、今年の夏の計画停電は東京電力にとどまらず全国に波及する恐れがあると報じている。
東京電力では各企業の工場に対して、休止日を平日に移し、電力需要の比較的少ない土曜日に工場を稼働させて電力使用の分散を図ることを提案している。日本政府もまた、各企業に対して夏休みを分散させたり、極力工場を夜間に操業させたり時間を短くしたり、また家庭に対しても省電力家電の使用したりといった、支援と協力を呼び掛けている。

震災から2週間が経過した東京 夜は暗く、人はさびしく (自由時報/強調は引用者)

「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
そんな言葉が一日も早くあちらこちらから聞こえてきますように。

さて、再開2回目も、台湾主要紙の社論から大震災や原発事故に関するものを抜き出して訳す事にします。リハビリも兼ねて、こんな簡易更新で申し訳ないです。前回が18日のものだったので、今回は19~21日の三連休の分から。本当は自由時報や聯合報の社論からも引っ張ってくるつもりだったんですが、中国時報系の工商時報が19日に載せた社論、そして21日の中国時報の社論があまりにぶっ飛んでいたのでその2つを抜粋して訳。

(前略)この大災害に対し、日本の国民は当初、自らを律し本分を守り、高い集団意識を見せた。これは制度と文化が長きにわたって育んできた結果であり、世界のメディアもまた大いに肯定している。しかし、ひとたび災難が広まってしまうと、次に表れてくるのは人間性の試練だ。日本各地の大空港ではこのところ、国外に避難しようとする国民が大量に出ている(訳註:原文まま)。また、いくつかの運送業者は、危険を冒して被害の大きな地域への物資を輸送する事を拒んでいる。このように、結局災難が降りかかった際は各自で行動するしかない、というのが明らかになったが、これは人間の条理の常と言うものだ。「滅私奉公」というのは現代社会の普遍的な価値ではない。
日本はこれまで、驕りたかぶる閉鎖的な社会であった。自らの期待の高さから、確かに多くの「日本が一番」という技術を生み出し、これまで誰も代わる事ができなかった。また、それゆえに、世界的な供給の鍵は、今回の地震によってストップするという危機に見舞われている。しかし同時に、他を排斥する閉鎖性から「日本が一番」は「日本だけ」に陥り、国内市場で満足し国外には無かったものもある。最も典型的な例が携帯電話のシステムだろう。原子力発電所の工事や法規についても、「アメリカの学問を基礎とし、日本の学問を用いる」になっており、ここからも国家の「プライド」が見て取れる。
今回、原子力事故をコントロールできず、国家の「プライド」は傷つけられた。世論は菅直人内閣の能力不足に矛先を向けて戦い始めている。実際のところ、菅内閣は日本の経済の「失われた20年」に多くみられる「凡庸な内閣」の一つでしかなく、震災発生前から退陣の危機に面していた。日本の原子力エネルギー運用における積年の弊害が、ますます収拾のつかない危機的状況を同時に発生させたのだ。これは、歴代の短命政権が怠ってきた結果であり、それを菅直人がまとめて受け取ってしまったものだ。もちろん、菅内閣が報道されているように、原子力事故が発生した当初、家庭内のもめ事を外に出したくないと考えアメリカの援助を断ったというのであれば、原子力事故で受けた傷口に塩を塗るような重大な失策である(訳註:原文まま)。

(中略)台湾を含めた国際社会に対し、少なくとも次に掲げるような問題について考え始めるべきだと言える。
第一に、反原子力の意識が台頭する一方で、産業の発展と国民生活の水準はどちらもどうしても捨てることはできない。そこで大体のエネルギー政策をいかに有効に進めるか? 日本の原子力事故の後、ドイツでは真っ先に一連の古い原子力発電所の閉鎖を発表し、中国やフィリピンなどの国も新たな原子力発電所建設を見合わせるに至った。台湾の第一原発の運用延長と第四原発の建設に対しても抵抗は増える事は間違いないだろう。しかも、火力発電に頼ることは二酸化炭素削減の風潮に反する。したがって、「不賢を見ては、内に自ら省みる」ことで原子力の安全性を抜本的に高めるほか、台湾の溢れる太陽光をより積極的に活用し、太陽光エネルギー産業を加速的に発展させ有利に導くことが、政府のもう一つの当面の急務である。
第二に、世界戦略モデルのリスクコントロールはどうやって高めればよいか、という点だ。過去、水平分業の世界戦略モデルは、共存共栄のビジネスチャンスと安定した物流という利便を創造した。しかし、今回の日本の震災と原子力事故で派生したチェーン切れの危機は、世界戦略における「一つを動かせば全てに影響する」という致命的な弱点の全てが暴露された。研究開発から生産まで全て一手に行う韓国の三星電子のような会社でも、鍵となる生産設備や部品を日本企業に依存している。世界各国から部品を集めて組み立てする仕組みの台湾科学技術メーカーは言うまでもない。
日本人の震災の教訓が記録に留めきれていないように、世界戦略の投資リスクも分散しきれていないが、毎回の教訓には必ず新たな啓示がある。水平分業の脆弱性は既に白日の下にさらされた。短期間でこれを調製する事はたやすくないが、垂直に整理統合することを中長期的にわたって適度に強化する事は可能だろうか?
第三は、より深くより重要な哲学思想の課題である。あるいは、震災後に石原慎太郎・東京都知事が投げた「天譴論」である。石原は、「日本人はあまりに自我を強調しすぎて、何事も我欲を大事にしてしまっているから、政治もポピュリズムに向かっている。今回の津波によって、こうした執着を洗い流すことができればと思う。これは天罰だと思う(訳註:原文まま)」とありのままに語っている。石原は国難の傷口に塩を塗りつけ糾弾を受けたが、決して思いがけないものではない。しかし、これはまさに、いわゆる「良薬口に苦し」である。「何事も我欲を大事にしてしまっているから」というのは、実のところ、日本人だけに当てはまるものではなく、過度に発展し過度に消費を重ねるその他の国々にも言えることである。「人類は自然に打ち勝つことができる」という信仰の下、どれだけの人のする事なす事が「我欲」を満たすために行われているのだろうか。この4年間に世界中で絶え間なく発生した人災と天災は、その一部において「我欲」が罪作りにそうさせたものである。「天譴」というのは、おそらく余りに聞き苦しいものだろう。もし今回の宮城の津波が「天啓」だと言えば、いったいどれほどの人が教訓を真に生かして育み、「我欲」を投げ捨て、天を敬い人を愛するのだろうか?

2011年はこのような一年だ! (工商時報/強調は引用者)

(前略)このほか、あらゆる災害に直面しても法を守り続け、理性的で、落ち着いていて、おとなしい日本人の国民気質に、世界中の人が称賛を与えた。また、メディアの姿勢も特化したもので抑制が利き、決して大げさなものや、涙を誘うとするものではなかった。これと比べ、日本政府の危機対応能力は、やる事が多すぎて手が回らず、世間からひどく批判を受けている。
言い換えると、日本の国民性というものは、既に神聖化、固定化されてしまい、さながら四方八方から吹いても動かないようだ。そう、例えば順番に列になって買い物や品物を待つ事や、ひどい渋滞でもクラクションを鳴らさない事や、被災者が簡単に泣き叫んだりしない事......といった耐える性格も、これらすべては、いかなる統治者にとっても素晴らしいと思う模範的な市民と言えよう。しかし、歴史の奇妙なところは、おとなしく、落ち着いた一般市民こそが、怠け者で無能な統治者を生みやすいということだ。

我々は、過去100年間に日本で発生した3つの大震災(関東大震災、阪神大震災、そして今回の東日本大震災)を検証し、政治が不安定になり重篤な段階において震災が発生し、その結果として天災が人災となる災害状況となっている事を発見した。
1923年8月下旬、加藤友三郎首相が病没し、その後は政党間の争いが極めて激しかったことから、最終的に海軍元老の山本権兵衛が組閣を行うことでようやく決まった。9月1日11時58分、関東地方でマグニチュード7.9の大地震が発生し、東京市は建物の半数以上が全壊、死者の数は10万人を超えた。
未だ組閣作業も終わっていなかった山本は、震災に対応させるため前内閣の内相と警視総監を主に充てた(訳註:原文まま)。その結果、彼らは戒厳令を発し(訳註:原文まま)、市民の米強奪の風潮を防ぐとともに、「不逞な朝鮮人」が各地で放火したり、井戸に毒を投げ入れたりしているとデマを流し、6,000人の在日韓国人が不幸にも虐殺された。また、続いてプロレタリア階級の労働者や左翼運動者も尾行、逮捕されている。中でも、憲兵の甘粕正彦は無政府主義者の大杉栄夫妻とその甥の3人を絞殺し、これにより正式に「大正デモクラシー」にも消灯ラッパの音が吹かれた事になる。

1995年1月17日未明に関西の大阪、神戸、淡路島などで発生したマグニチュード7.2の地震では、6,000人あまりが亡くなり30万人以上が帰る家を失った。この阪神大震災の発生する半年前には、立場が互いに異なる自由民主党と日本社会党、新党さきがけによる3党連立内閣が、社会党の村山富一を首相として誕生している。
村山は高齢で頭も回っておらず、行動もためらいがちで、外界から激しい非難を浴びた。震災からほどなく東京でも地下鉄サリン事件が発生したが、村山内閣はまたも人心を落ち着かせる有効な策を打ち出せず、この事件に関わったオウム真理教が起こした社会的不安をもたらす事となった。これらのことに、村山は「初めてのことですので」と責任を逃れようとし(訳註:原文まま)、いたずらに社会党の名声を地に落とし、以来再起できないままでいる。

さて、今回の民主党の菅直人内閣を見てみると、内では小沢(一郎)グループとの争いがあり、外でも外国人からの献金という醜聞が暴露された。このように政治的な評判が落ち込んだタイミングで、間をおかずに今回の3連続の災難に直面したのだ。しかしながら、震災の後は都市の救済に全力を傾けたため、津波の深刻な被害を受けた東北地方太平洋岸の小都市、漁村がおろそかになってしまった(訳註:原文まま)。大量の被災者で溢れかえり、救援が遅々として進まないさまは、あたかも戦火が再びやってきたようだ。
(中略)一通り平和な時期の日本の社会は、上位の政治家たちが権力闘争を行い、焦って利益を取り合うような事ができるが、ひとたび天災が発生すれば、それにより人災が広まり、人々はひどく困難な境遇に置かれるのだと言える。
日本人は法を遵守し、順序を守り、抑制され、おとなしく、もののあわれや武士道の伝承を有するが、彼らを単一のラベルで括るのは誤りである。でなければ、幕末の知識ある武士はどうして腕をまくって立ち上がったのか? 戦後、反戦や反米の理念から安保闘争や全共闘に身を投じた知識青年たちはどうして感情を高ぶらせたのか?
さらに留意すべき事は、安保闘争や全共闘が最も激しかった50年代60年代は、岸信介、池田勇人、佐藤栄作といった器の大きく積極的な人物が総理大臣になっていたが、対して平成に入ってから(特に今世紀以降)は小泉純一郎が改革ブームを巻き起こしたのを除けば、安倍晋三、福本康夫(訳註:原文まま)、麻生太郎、鳩山由紀夫、そして菅直人と、紙っぺらのような人物が続きやりきれなくなっている。これは、政治に対して全体的に無関心であり、反対して争うようなエネルギーが衰えている社会を鏡写ししている。

したがって今回の災厄にあっては、日本が再び再生再起できるかどうかは、無論愛国の力が少なくてはできないが、しかし異議を唱える批判のエネルギーが湧き上がるかどうか、これこそが鍵になっている。

おとなしい日本国民、執政者をよく眠らせやすい (中国時報/強調は引用者)

これはまあ、なんて言ったらいいのやら。どちらの記事も喜ぶ人がいそうだけど、そんなあなたこそが記事によるダメ出しの対象なのです。誰だ。おいらか。
まずは、拙い言葉ではありますが、東北関東大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。そして被災された方々と彼らの住む街の今後の復興と、今なお生きようとしそれを守ろうとしている多くの人々の奮闘が結実することを願ってやみません。

さて、台湾では災害発生後、日本の地震に関する報道を多く行っています。例えば今週一週間(月曜~金曜)のTVを取ってみても、公視が13時から14時まで、華視は18時から19時まで(いずれもTST)日本の地震に関するニュース特番を連日放送していました。
さらに今日18日には(17日も類似のイベントはあったけど)、中華民国赤十字社をはじめ、公視・華視・中視などマスコミ各社の共同主催により、チャリティーコンサート『相信希望Fight & Smile募款晩會』が20時から24時まで(同)ぶっ続けで行われていました。放送時間を延長して募金の受付が行われ、最終的に約7億7,800万元(約21億円)が集まるというビッグイベントに。すごいすな。

今回の地震、もちろん「日本が地震で大きな被害を受けた」という点で注目されている事は間違いありませんが、日本人同様に福島第一原子力発電所の行方も注視され、新聞・テレビも連日報道しています。繰り返しになりますが、日本が危ないという隣国の危機という点もありますし、日本に数多くの台湾人が行っていたり住んでいたりする事も理由の一つでしょう。加えて、意外に知られていませんが台湾にも原発はあります。これも大きいと思います。しかも現在建設中の通称「核四」はかなりセンシティブな社会問題ですので、日本の技術が福島を御せるか否か、というのは同じ地震多発地帯である台湾にとっても今後を左右する大きな関心なのです。

さて、それでは今日18日の主要三紙がこぞって社論(自由時報はコラム「自由談」だけど)に取り上げた東北関東大震災について、ぶっ続けで訳。日本を応援する論調の自由時報、災害時の日本人の対応を称え、いや意外とそんな事もないですよと思ってしまう聯合報、そして台湾の原子力政策を厳しく問う中国時報と、文字通り三者三様の展開でっす。今日はこんな感じで簡易更新。

日本は世界で最初の、そして現在まで唯一の原子爆弾の攻撃を受けた国だ。1945年、広島と長崎にそれぞれ1発ずつの原子爆弾が投下され、ほぼ廃墟と化し、数十万人が死亡した。さらに敗戦により降伏し、日本全土が著しく傷つき、廃墟同然となった。国家機関は瓦解し、アメリカによって軍事占領が実施された。当時の状況を考えれば、多くの人はこう思った事だろう。日本はこの先没落の一途をたどり、二度と蘇る機会は無いだろう、と。
しかし、それから19年後の1964年、日本は東京オリンピックを開催するとともに、経済協力開発機構(OECD)にも参加し、先進国家の一員に復帰した。さらに30年間にわたって二桁の経済成長を遂げ(訳註:原文まま)、豊かな国力を固めるだけではなく、世界第2位の経済大国にまでなった。その経済発展の経過はアジア四小龍の参考すべき手本となり、いわゆる雁行形態論を作った。日本はその先導する雁となり、アジア各国の経済を大きく飛翔させた。
今回、日本は大地震、大津波、原子力災害という三重苦の災難を同時に被った。これは2発の原子爆弾や敗戦よりも深刻だろうか? 正直に言って、それにはまだ及ばないだろう。加えて言うならば、今日の日本の豊かな国力と優秀な国民の資質は、どれも第二次世界大戦時のものとは比較にならない。もし、往年の日本人たちが急速な回復と発展をすることができていれば、日本が衰える理由など現在ではますます見る事もないだろう。
さらに重要な事は、日本経済の強大さの主な要因が、技術力、意識の高さ、アイディア、そして国民の能力だという事だ。工場や施設が津波の襲来を受け使い物にならなくなっても、日本が再建の道をひとたび歩めば、先ほど述べた重要な資産は大きな能力を発揮し、大災害のもやの中から日本を抜け出させ、なおも世界経済の供給の鎖の中で、重要な役回りを保ち続けることになる。
悪材料が出尽くし、底を打つ、というのはよくある話だが、高度な知恵を含んでいる。日本は現在、なお混乱、恐怖、悲愴の中にあり、希望の光が雲の切れ間から差し込んできている事を多くの人が見過ごしてしまっているが、この差し込む光は、間もなく大地を照らすことだろう。

それでも日本は再起するだろう (自由時報/強調は引用者)

全世界で、台湾のように一つの国家が日本の災害に関心を集めている例は恐らくないだろう。24時間不眠不休で報道を続け、繰り返し繰り返し細部を報じ、政治家の愛情に欠けた辛辣な質問を行い、社会は緊張し続けている。こうした焦燥感により、多くの人がますます日本の国民が直面した災難への落ち着いた反応に着目している。彼らは驚きこそすれ決して乱れず、慟哭すれども哀れみはせず、すすり泣く事はあっても泣き叫ぶ事はなく、悲しみは抱いても誰を責める事もしない。かような大災害に直面しても自制心を保ち続ける姿は、ただただ敬服するばかりだ。
台湾の注目を集めたのは、日本のメディアが報じた、簡素で、自制された、煽情もない光景だけではなく、より印象的だったのはとある市民の光景だった。例えば、物資を争って買うようなこともなく、みんなが必要なものだけを取り、飲料水や食べ物を別の人の為に残すといったものだ。避難の途中で車が渋滞し、仮に隣の車道が空いていても、追い越しをしたり、クラクションを鳴らしたり、逆走するような事はない。困窮した中でも、老人優先、次に子供、その後に一般市民という、順番を待つ文化をなお守り、奪い合いによる諍いもない。「福島の50人の決死隊」が志願して原発の核に立ち向かう姿は、さながら「忠臣蔵」の赤穂四十七士の現代版のようだ。テレビの中の伝奇が、現実の日本において登場している。
日本国民は、災害を順番を脱するための口実に使わない。自分の苦しみが他人に比べて深刻であり、当たり散らす権利があるなどと思うことはない。彼らは、他人もまた被災者である事を知っている。国民が規律を守るという事は、法治国家の正常な状態だ。しかし、大災害に直面しても秩序を保つ事ができるのは、より深く心に刻まれた社会倫理に拠らねばならない。国民の質はここからその優劣が見てとれる。もしこうした奥深い民族性から解釈しないのであれば、日本文化の中にある特殊な、恥の感覚、後手の哲学、武士道精神などにこうした栄誉の精神が強調されている。それらは、他人の感じるさまに思いを寄せ、他人の意見を気にし、他人の持つ同等の権利を認めるものだ。
台湾ばかりではなく、西洋諸国も日本人の態度に敬服している。大規模な災害が発生した後というのは、往々にして、物資不足や公権力の低下によって窃盗や強盗といった治安悪化現象が生じる。アメリカもハリケーン・カトリーナの後、ニューオーリンズでは暴動が発生して無政府状態同然になった。日本の今回の震災は、第二次世界大戦後の工業国家が遭遇した中で最も深刻な災禍と言われており、日本政府の態度も議論の余地がある。しかし、日本国民の成熟し、抑制された姿は世界から刮目されている。

(中略)日本の政治は傷だらけ穴だらけになっているが、幸いにも行政システムは健全に動き、最も称賛すべきは国民が安定の作用を果たすという重要な役割を担っている事だ。この災難の中にあって、他人が何を必要とし、何を感じているかを決して忘れない。これは文明における深いテーマであり、日本人が我々台湾人に投げかけた一つの課題とも言える。

日本人はどうしてできる? 他人もまた被災者なのだと気が付く被災者たち (聯合報/強調は引用者)

(前略)先進諸国の反応は激しいものだが、我が国の行政院原子能委員会によれば、モデル計算の結果、仮に福島原発の10基(訳註:第1原発の6基+第2原発の4基のこと)が全て高濃度の放射性物質を排出したとし、かつ風向きが台湾方向という最悪の状況で、推定される放射能汚染の度合いは、チェルノブイリ事故の13倍だという。台湾が福島の風下に位置した場合、日本から台湾まで到達する時間はおよそ120数時間、大気中で拡散されることから、台湾の国民が2日間で受けるレベルは、毎時7.3ミリシーベルトとなり、屋内避難措置基準の10ミリシーベルトには届かない。また、7日間では25.5ミリシーベルトと、これも50~100ミリシーベルトという疎開基準や、100ミリシーベルトというヨウ素を服用しなければならない状況にも達しない。
原能会によれば、17日に国内三大飛行場で日本から帰国した者に対して行った検査で、4,000人あまりの旅行客のうち26人から軽微な汚染が確認され、処理を行った後の再測定では問題のある者はいなかった。しかし、この検査結果を見ても、漏洩は火のない所に煙は立たないという問題ではない事は明らかだ。
(中略)日本は、最も危機管理を重視する国のうちの一つだが、今回の天災の発生により、世の中を震撼させた原発の核漏洩事故が発生した。現在の台湾の政府も、原発は二酸化炭素を削減する地球温暖化防止の策の一つだと考えている。しかし、日本の地震の体験は我々に対し、原発の安全性と外部への漏洩という問題が、我々が正視せねばならない課題である事を知らせている。改めて危機管理と安全の観点からエネルギー政策を点検し、まずは専門的な見地から各種のメリットデメリットを分析して、防災および被害軽減というリスク管理措置、リスクの多寡を用いるべきだ。さらに、情報を全て公にして透明性を図り、全国民のコンセンサスを求めてこそ、原発の安全性に対する国民の疑惑を拭う事ができるというものだろう。

日本の原子力事故の『黙示録』 (中国時報/強調は引用者)

いつもの事ながら、このブログのカウンタがくるくる回るには、外部の力を借りねばなりません。先週金曜に書いた「僕と契約しに、台北までおいでよ!」が、翌日になって猛スピードでアクセスを稼いだらしく、よくよく見てみたら2chのアニキャラ個別板のキュゥべえスレと、アニメ板の本スレにURLが貼られていたみたい。しかも、幸か不幸か作品の人気に比例してスレの消費が速いもんだから、日曜以降は元の低空飛行という超短期的ピーク。まあ毎度毎度のお約束とは言え、急な増加はびっくりします。今回だって、「3月だけに、コアラのマーチ」とか書かなくて本当に良かったと思います。はい。

と、皆さんの体感温度を1月に逆戻りさせたところで前回のおまけ。
前回、「台北市立動物園には、2003年から『Q比(キュー・ビー)』という名前のコアラがいる」という話をした最後に、あまりの疑心暗鬼から

ってあれ? 虚淵さん、これって偶然なんですよね? 伏線じゃないっすよね?

僕と契約しに、台北までおいでよ! (やうちさん、ニュースだよ!)

なんて書いてしまいました。いや、このアニメ、それほどよく練られた構成だし、設定です。なるほど、あの話はここに跳ね返ってくるか、というかそもそも「均衡」というのはそういうことか、っていう(さっき第8話を観た)。前回の文字の話もしかりで、劇団イヌカレーも頑張る頑張る。いやはや。

とはいえ、それらはさすがに作品内で完結するやり取りであって、現実世界の要素とは一線を画すものです。例えば登場する風景のモデルになってる場所で、あんなことやこんなことが実際に起きているかという、そんなことはありません。え、ないよね、うん。
だから、台湾のコアラだってたまたまそういう近い名前だったというだけだし、何より第8話の最後で正式名称が出ちゃったしね(くどいけどさっき観た)。オーケーオーケー、ならば前回の話も与太話というか、しょうもない小話だったというだけのこと。

と、思っていたら、星海社の「最前線」のサイトでこんなのが。「この「才能」には、嫉妬せずにいられない」というテーマに対し虚淵さんが5つ挙げています。しかも割と最近、っつか先月24日のもの。その中の一つを抜粋して引用。

コアラ

視線を現実世界に向けてみよう。この地球上において最も嫉妬したくなる羨ましい生物といえばコアラである。高いところに居座って毎日20時間寝て過ごすとか、どんだけ優雅な生活してやがんだコイツは。しかも主食であるユーカリの鎮痛・鎮静作用によって終始酩酊してるときたもんだ。ひねもすラリって居眠りするばかりの生涯ですよ。巣作りさえしないのよ。夢のマイホームのローン返済に日々忙殺されるエコノミックアニマルから見たら、もぉ何様だコイツ、ってな生き物ですよ。そのくせ愛らしい珍獣として大人気。悔しい。許せん。

この「才能」には、嫉妬せずにいられない......(虚淵玄) (『最前線セレクションズ』/強調は引用者)

虚ォォォ淵くゥゥゥゥゥゥゥゥン!!1

えっと、つまりなんですか、嫉妬せざるを得ない愛らしい珍獣がコアラで、そういえば台北にQBという名前のコアラがいて、それはそれとして一見可愛らしいのに穴が開いてももう一回穴を開けたくなるほど許せない白い珍獣がQB、というのは偶然ということですかそうですか(そうだよ)。なんか頭の中がぐるぐるしてきたのでこの辺で。次回は平常運転の予定です。たぶん。きっと。
やっぱり2月は短いですね。あっという間に3月です。という事は1月期のドラマやアニメもいよいよ佳境に入ってくるというもの。あ、ここまでの強引なネタ振りで読めましたか。というかタイトルの時点でピンと来ていますね。そうですそうです。またACGのお話です。
1月期のアニメの中でも注目の問題作と言えば、『ちだまりスケッチ』こと『魔法少女まどか☆マギカ』でしょう。観てて思ったあんな事やそんな事は別の機会に譲るとして、今回は『ちだまり』と台湾の話でも。っていうか別の機会を作るのかよ。

まずこの作品、タイトルからしていろいろ面倒です。そもそも平仮名が存在しない中国語圏で、平仮名や片仮名の含まれる題名はどう対処しているのかと言うと、基本的に原題を意訳し、人名なんかの固有名詞は「平仮名→その音に相応しい日本語の漢字名→そのまま中国語」とするのが基本です。『涼宮ハルヒの憂鬱』が『涼宮春日的憂鬱』に、『明日のよいち!』が『明日的與一!』に、変化球としては『けいおん!』が『K-ON!輕音部』に、とかね。この他、横文字はそのまま英語にしたり、あるいは意訳して中国語にしたりしています。

さて、『ちだまり』ですが、まだ日本で放送中にも関わらず既に諸外国でも人気を博している事は今さら言うまでもありません。欧米人がいわゆる『まどか文字』を解読してしまったり、今日の時点で既に10言語版(日本語を除く)のWikipediaに項目があったりしますしね。というか、うめ先生や新房監督ですら4言語、虚淵氏に至っては日本語版と中国語版にしかないというのに、どういうことなの......。タイ語版なんか、開いた途端にほぼ『まどか文字』状態ですよ......。
あ、脱線脱線。とまあ、日本でも現在進行形のお話なので、そして恐らく制作陣の予想を超えた海外進出ぶりなので、当然中国語圏での放送や物販はされていないし、オフィシャルな『中国語題』すら存在していません。従って、メインの魔法少女5人のうちフルネームに漢字が使われている赤い子を除くキャラクタの名前にあてる漢字も、割とまちまちだったりします。

ここで、台湾のサイトや中国語版Wikipediaを参考に現時点での使われ方をまとめてみましょうか。もっぱらこんな字が使われているようです。なお、台湾ベースで転記しますのでオール繁体字なのはご愛敬。
 ・ピンク:まどか→圓または圓香など。(日本の字体だと「円」または「円香」)
 ・青:さやか→鞘香、爽、沙耶香など。
 ・黄:マミ→麻美、真美、真實(日本の字体だと「真実」)。ほか多数
 ・黒:ほむら→焰など。
名前に何らかの伏線がありそう、というのは向こうのファンも思っているようで、それに関する話もちらほらありますが、たぶん彼らをいちばん悩ませたのはむしろタイトルロゴのこの文字じゃないかと。

yaguyagu125.jpg

どう見ても漢字テストで書いたら0点なこの「魔法」の字です。委員長に教えてもらったのですが、PTTあたりでは「廃怯少女」などとも呼ばれているとか。たしかのこのロゴ文字、『まだれ+"R"』みたいなのは「廃」の簡体字「废」っぽいし、『しょうへん+"去"』なんて「怯」そのものですからね。とはいえ、これはあくまでネットでの俗称。おいらが相変わらず『ちだまり』なんて呼んでいるのと同じです。現時点で使われている中国語題(仮)ですが、原題の『まどか』は漢字に直す+愛称である「小」を頭につけて『小圓』、『マギカ』はその意味から『魔力』として、『魔法少女小圓☆魔力』。だとか。それにしても「廃怯少女」ってじわじわ来ます。あのアニメ、タイトルロゴでも詐欺ってやがったか。

あ、一匹忘れていました。本年の「ぶっ飛ばしたいキャラNo.1」に早くも選ばれそうな「キュゥべえ」がいました。彼の名前はどうやって表現しているのかというと、まずWikipediaでは「Kyubey」「丘比」となっていますね。ああ確かに「キュゥ」の音は漢字で表現するのが難しそう。ひっくり返して「比丘」にすると「僧」の意味になるのも無駄に意味深だし。え、考えすぎですかそうですか。ちなみに、Google先生に「丘比」の翻訳を強引にお願いしたところ、

yaguyagu126.jpg

( ◕‿‿◕ )<わけがわからないよ。

とまあ。このデブはさておき、「キュゥべえ」という発音の問題もあってか、台湾のネットでも日本と同じく「QB」っていうのが多く使われてます。楽だしね。もしかすると、第8話で明らかになった正式名称の兼ね合いで、あて字の方も変わってくるかもしれません。

そんなキュゥべえについて、先日思いもよらない話が。

[旧聞]台北市立動物園のコアラ.....名前はQ比(QB)なのか....( ◕ ‿‿ ◕ )

カレー (Twitter)

はっは。そんな馬鹿な。という事で台北市立動物園のサイトのサイトにアクセス。いやあ、パンダは習ったことがあるけど、さすがにコアラは知りませんでした。「無尾熊」なんですね。関係しそうなページを探していくと......純真無垢っぽい表情で契約を迫ってくるような生物は......、

yaguyagu127.jpg

あ。いた。本当に「Q比」だ。これだと発音も「QB(キュー・ビー)」に近いのでますます「QB」だ(わけがわからないよ)。

それにしても、おのれキュゥべえ。日本人の目が届きにくい海外で暗躍していたばかりか、よりにもよって小さな子供たちに人気の出そうなコアラだと!? 愛くるしいいでたちで「魔法の使者」かと思いきや、実はコアラ! どこまでキャラ立てすれば気が済むんだ、あn(ry
しかも、この世 で活動開始したのが に生まれたのが2003年の7月とは。アニメが放送される遥か昔 、『沙耶の唄』より前 じゃないですか。いったい誰が名付けたんだろうね。

という前に、せっかくなので台北市動物園のサイトに載ってる「本家 キュゥべえ」ことコアラの「Q比」のプロフィールでも。

性別:オス
出生:2003年7月4日
星座:かに座
出生地:台湾 台北市立動物園
父:派翠克(パトリック)
母:麗琪(リーチー)
好きなユーカリ:白ユーカリ
特徴:顔が割と大きく、毛色が比較的薄い。
飼育員の話:Q比の食欲はいつも旺盛で、しょっちゅうたくさんのユーカリを食べています。食べる時は若葉が地面に落ちています(ご飯を食べる時にいつも飯粒を落としています)。
Q比の話:僕が考える世界三大美味は......ユーカリと、ユーカリ......それとユーカリだね。

台北コアラWebサイト (台北市立動物園/強調は引用者)

さ、さすがインキュなんとかさんやで......。
はいはい、ネタバレ自重自重。って、おいらまだ第8話すら観てないですけど。

元に戻してこの名前、いったい誰がつけたんだろう。と思って遡ってみると、生まれて1年近くが経過した2004年の夏前になって、ようやく名前がついているんですね。
もともとコアラは生まれてから半年くらいの間、母親の育児嚢の中で育つそうです。Q比の場合も一般にお披露目されたのは翌2004年の4月のこと。そこから初めて名前を公募する動きになったそうです。確かに、生まれた、名前もつけた、でも姿が見えない、となると動物園でもイマイチ盛り上がりに欠けるからね。まずは2004年3月31日のTVBSから。

木柵動物園のコアラ、麗琪の赤ん坊は既に9ヶ月にまで成長した。母親の近辺に付きまとうのを大変喜ぶことから、動物園側はこの小さなコアラに「立克」という名前を与え、明日4月1日から一般に公開されお披露目される。
(略)この「立克」はあくまでコアラのニックネームとし、動物園では4月頭から命名活動を公に行うことを計画している。(略)

子コアラはママにべったり 幼名は「立克」 (TVBS)

なんだろう。「立克(リック?)」でも良かったんじゃないかと思ってしまう今日この頃。立克...、素敵な名前なのに。
はいはい、MONSTER、MONSTER。って、ぴったりじゃねーか! 後はもう一連の記事をばばっと通して抜き出してみましょ。同じ2004年のTVBSから4月28日、5月26日、そして6月1日です。

台北市立動物園で新しく生まれたコアラ。いったい彼の名前は?
現在、Web上で行われている投票では、「Q比」と「熊寶貝(訳註:『かわいい熊』の意味のはず)」の2つが最も人気を集めている。動物園が彼に与えた幼名の「立克」は、支持する者が決して多くはない。
4月頭から現在まで、既に14,000人以上が子コアラの命名についてネット投票しており、今のところ最も票が集まっているのは、タイアップした銀行が考えた「Q比」だ。票数は、第2位の「熊寶貝」を1,000票あまりもリードしている。動物園側がつけていた「立克」は現在三番手だ。
ところで、どうして「Q比」という名前がこんなにも人々から支持されているのだろうか? これには動物園側も理由がわからないでいる。しかし、もし何らかの事故がなければ、「Q比」はこの子コアラの名前となることだろう。この命名投票は5月26日で締め切られる。新たなアイディアがあるという人は、ぜひ動物園のサイトから投票に参加してみるといいだろう。

コアラの命名企画 「Q比」が一番人気 (TVBS/強調は引用者)

総統選挙が終わったばかりだが(訳註:2004年の中華民国総統選挙のこと。激戦のため、再集計の結果が出たのはこのニュースの8日前)、台北市動物園の中でも熾烈な選挙戦が行われている。生まれて10ヶ月になる子コアラに、どんな良い名を付けるかというものだ。現在、18,000人あまりが票を投じている。目下のところ、「Q比」が6,000票あまりを集めてトップに立っている。
昨年7月4日に生まれた子コアラは、既に体重が1.86kgにまで成長した。現在、日中の大部分の時間は母親に抱かれて一緒に寝ているが、そのさまは非常にかわいらしい。動物園によれば、4月4日の児童節から始まった今回の投票で、予め10個の名前の候補を提示してネット上で投票を行ったところ、現在「Q比」が6,196票、2位が「熊寶貝」が4,421票で続いているという。動物園では、投票が過熱しているため投票終了期間を延長して5月31日までとし、6月1日に新しい名前が付けられることになるとしている。

いちばん良い名前を頼む! コアラ「Q比」、6,000票でリード中 (TVBS)

木柵動物園でもっとも子供たちに愛される子コアラの名前がついに正式決定した。2ヶ月あまりにわたる投票の結果、「Q比」が「熊寶貝」や「立克」などを退けて、勝ちぬいてきた。
ユーカリの木の上を行ったり来たりしている子コアラは、まもなく1歳になろうとしているが、今朝がた、「Q比」という新しい名前を手にした。「Q比」は30あまりの候補リストの中から選ばれ、2位の「熊寶貝」や3位の「立克」を打ち負かした。(以下略)

子コアラ「Q比」はまもなく満1歳 活発に活動 (TVBS/強調は引用者)


( ◕‿‿◕ )<どうもありがとう。僕の名前はキュゥべえ。

いや、もういいから。
てっきりBenQ(明基電通)あたりが噛んでいるのかと思ったら、考えたのは銀行だって? これはかえってそっちの由来の方が気になりそう。おまけに動物園側も理由がわからない(大人の理由かもしれないけれど)というところに、なんだろう、不思議な力を予感せずにはいられません。あ、考えすぎですね、ごめんなさい。
それにしても、まさかそんな不思議な名前の生物が本当にいるとはね。偶然の一致とは言え恐ろしいものです。

ってあれ? 虚淵さん、これって偶然なんですよね? 伏線じゃないっすよね?

★ 追記。
後日談と言うか今回のおまけは、次のエントリの「台北のコアラと虚淵さんのお話のおまけ。」で。
今週の月曜日、つまり2月28日というのは、台湾において重要な意味を持つ日です。二二八事件から64周年にあたる今年は、台北で国家紀念館が正式オープンした、といった出来事がありました。
なのですが、そのへんは他のブログでももろもろ取り上げられると思うので、同じ28日の中国時報電子版にあった日本の衛生事情に関する話でも。

衛生的すぎてかえって病的とも言えそうな日本の衛生観念は、台湾の記者たちにも興味の対象であるらしく、最近では例えば1月20日の自由時報が「ゴミ拾い競技 日本で新たなスポーツ誕生」と題して、日本の「スポーツごみ拾い」を報じています。もっともこれはその2日前の東京新聞の記事に基づく報道ですが、それを拾い上げるあたり記者の感性をくすぐるものがあるのかもしれません。
さて、今回強引に引っ張ってきたのは中国時報の林志成記者が28日に伝えた「日本で街をきれいにするブームが起きる」という一連の記事。これがなかなかしっかりと取材された特集になっています。ええ、それはかえって驚くほどに。

まずは1つ目。台北市内の学校で、トイレ清掃を学校教育に取り込んでいるというお話。

トイレ掃除は、もう悪い事をした生徒に罰を与えるための労務ではない!
台湾美化協会は、4月下旬にも国内外の1万3,000人に向けて台湾での清掃イベント実施を呼びかける。また、専門スタッフが生徒に対してトイレ掃除や排水溝の清掃を指導する台北市新生国小、金華国中を模範学校に選定した。新生国小の蔡志鏗・校長は、子供たちがトイレ掃除をしたいと考えているのなら、それによってその子は将来謙虚な人間になるだろうから、極めて教育的意義が大きい、と話す。
(略)金華国中の黄景生・校長も、多数の生徒は家庭で掃除をする機会が多くないことから、学校がその責を引き受けねばならず、働く習慣がはぐくまれるよう手伝い、清掃活動を通じて品格教育を行うと述べている。(以下略)

トイレ清掃による品格教育 台北市の名門校が呼応 (中国時報)

続いて2つ目。ここからは日本の街頭清掃の話に。

午前5時半、空はまだ暗く、気温も8度、小雨もぱらついている。そんな中、企業の社長、幹部、サラリーマンや学生など約200人が東京新宿の地下鉄東口外に集まった。彼らは日の出を迎えようとしているのではない。歌舞伎町の汚れた通りをきれいにするため集まっている。彼らは自ら志願して街の環境をきれいにし、そこから自らの確かな力を見つけ、歌舞伎町一帯の犯罪率をも低下させようとしている。
「日本を美しくする会」によると、日本では毎年約10万人が各地の清掃活動に参加しており、日本の国民運動になっている。それらはボランティアの参加であり、何の報酬も発生しない。歌舞伎町周辺の通りを清掃する活動は、8年以上前から月に1回行われている。雨が降っても台風が来ても、雪が降っても中止された事はない。今年2月24日で99回目を迎え、200名の参加者のうち188人はベテラン、初参加は約20人だった。

統一超商仕入部の陳世富・経理は、日本に来て新宿の清掃活動に参加し、スコップを持って排水口のゴミを取り除いた。陳は、これが日本で参加する清掃活動としては2回目だと語り、「排水口が綺麗になると、自分もすっきりする」と話す。
清掃活動の発起人でイエローハットの創始者、78歳になる鍵山秀三郎は、99回目を迎えた新宿の清掃活動に欠席した事がない。彼によると、8年あまり前に歌舞伎町の通りの清掃活動を始めた頃は、面白そうに眺める店の者がいたという。「1,2ヶ月後には誰も来なくなる」と考えられていたのだ。それがよもや8年を超す活動になるとは思いもよらず、周囲がきれいになれば人の心も変わり、現在の歌舞伎町一帯の犯罪率は当時の2/3に低下している。(以下略)

日本人10万人が街路清掃 心を美しくする運動 (中国時報)

3つ目と4つ目も日本の事例紹介。このへんから微妙に「あれ?」となってきます。両方とも抜粋して訳。

日本の教育は、トイレ掃除などの清掃活動を通じて質が変化している!
愛知県立西尾高校の教師、高野修滋は「便教会」を発足させ、体面を捨ててトイレ掃除の列に加わり、身をもって生徒たちに謙虚さを教えるというものだ。関西大学サッカー部は、厳しい練習と清掃学習の両面を通じ、今年1月にはついに全日本大学選手権で優勝した。(以下略)

関西大学、試合に勝つ暗黙の了解を掃き出す (中国時報)

トイレ掃除は会社を蘇らせることができるだろうか? 日本がバブル経済の中にあった20年前、日本のとある会社が倒産の危機にあった。社長は「望みがなくともとりあえず何かを頑張る」こととし、家の近くの神社のトイレを半年余り掃除した。そこから得たものがあり、掃除の概念を会社に持ち込み、会社は再び息を吹き返し、2008年の世界金融恐慌も順調に乗り越えた。(以下略)

清掃学を実践、瀕死の会社が模範企業に (中国時報)

すげえ。導入部しか訳さないと、かえって身構えてしまうような話に思えてくる。それぞれ詳しいエピソードがあるので、気になった方は原文をあたってみてください。5つ目が記者によるまとめ記事です。

日本で清掃活動の取材を進めていく中で最も感じたことは、日本人はどうして、ともすれば我が家の床よりもきれいに、あんなにもトイレをきれいにする術を持っているのか、ということだ。トイレをあのようにきれいにしても、毎回用を足す際に、こんなにきれいなトイレを汚すことを常に気にかけねばならない。
西尾高校の高野先生に取材した際、とあるレストランで会う約束をした。レストランではまず靴を脱がねばならず、いささか面倒に感じた。取材中に尿意をもよおし、トイレに行ったところ一目で呆気にとられた。「なんでこんなにきれいなんだ!」しかも、用を足すにはまずトイレ専用のサンダルを履かねばならなかった。
手を洗う際、水滴が洗面台の表面に噴き出した。このトイレを私が来る前のようなきれいな状態にするため、私はポケットからハンカチを取り出して、その水滴をふき取った。
(略)通りを掃除し、トイレをきれいにすることは、既に日本の国民運動になっている。環境美化だけではなく、彼らはその中から人生の哲学と企業経営の道を見出している。台湾人は、トイレの掃除を総じて避けたいものとしてとらえているが、日本人のトイレ清掃の哲学を見てみて、その概念を改めるべきだ。

「トイレ」取材記―きれいな場所を汚す事が忍びなく、ハンカチで水をぬぐう (中国時報/強調は引用者)

むむむ。国民運動かというとどうかな、というのはありますし、哲学や経営理念なんかも人それぞれなんでしょうけど、なかなか興味深い一連の記事でした。日本人だって昔から血眼になっていたかというと、(いやその辺は全然詳しくないですけど)そうでもないだろうしね。トイレの事を「ご不浄」って言ったりしますし。

と、ここまでで終われば、たぶんこのブログにも引っ張ってこられる事もなかったでしょう。が、林志成記者はご丁寧にもこんな記事も書いてくれていました。以下、全文を訳。

台湾の人々はトイレを汚い場所と考えているが、日本人は人生の道理を探求するための場所と捉えている。
昨年、日本で最もヒットした曲に、植村花菜が歌った『トイレの神様』がある。TBSが今年初め、この歌を2時間ドラマにして放送し、人々の涙を誘い、高視聴率を上げた。
日本人は、「どんなトイレにも、神様が一人住んでいる」と考えており、女性が幼い時から清潔を好む習慣を身につけ、また常に家のトイレを「人を見はることができるほどピカピカ」に磨いていれば、大きくなってから女神のように美しくなると考えている。『トイレの神様』の日本での大ヒットには、祖母と孫との間の家族愛のほかに、日本文化におけるトイレ掃除の重要性が明らかになっていることが挙げられる。
統一超商の広報担当の林佳珍は、「台湾美化協会」が推進するトイレ清掃運動に関わっている。最初はたいへん嫌がったが、日本のアドバイザーが直接手を便器の中に入れて汚れを掃除しているを目の当たりにして大きな衝撃を受け、自ら歯を食いしばってやったという。彼女は、心の障壁を克服した後はなんでもなくなり、トイレも人の心をきれいにするよい場所になったと話す。

『トイレの神様』、日本中で大ヒット (中国時報/強調は引用者)

おお。ここまで書かれると、プレッシャーすら感じちゃいます。そこまでトイレ掃除で達観できないおいらは、やっぱり鏡のように光るまで掃除するべきなんでしょうか。

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