小悦悦事件は対岸の些事か。

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前回、ちょっとした息抜き程度で取り上げた「まだ浮かばずや高遠は。」に予想外のアクセスがあって、ただいま尋常じゃないほどに困惑しています。「なぜ伸びた」というよりも、「あれ? なんで他のは伸びないのん?」という。どうもタンブラー経由で来る人が多いみたいで、実際にいくつかのリンク元を見たんですけど、なるほどこういう切り取り方のサイトは短絡的だけど便利ですね。

そういった小ネタの次の更新というのは、ぐっと拳に力を入れて、「本当はそういう小ネタだけのサイトじゃないです」という姿勢を見せないといけません。
―――が、そう力を入れ過ぎるとなぜかACGに走るというのがこのサイトの恒例になっているので、今回もまた簡易更新です。ごめんなさい。時間があったら、馬英九がぶち上げた公民投票の話をまとめてみたいなあ、って思っているんですけど、なかなかこれが難しくて(主に語学力の意味で)。

今回取り上げるのは、13日に中国広東省で起きた交通事故のお話です。まずは21日の朝日新聞から抜粋で。

中国広東省仏山市でひき逃げされた2歳の女児を18人の通行人が放置した事件で、意識不明の重体だった悦悦(ユエ・ユエ)ちゃんが21日未明死亡した。地元紙広州日報(電子版)などが伝えた。
悦悦ちゃんは13日夕、ワゴン車にはねられた。通りかかった人がすぐには救助せず、別のトラックにもはねられた。事件の一部始終が防犯カメラに映っており、保身のため他人のトラブルや困難に関わるのを避けようとする風潮の象徴だとして関心を呼んだ。
南京市では2006年、バス停で転倒して骨を折った女性を病院に運んだ男性が、「押し倒した」として訴えられて一審で約4万5千元(約54万円)の賠償を命じられた。今回の「放置」の背景になったとの見方もある。

18人が放置の女児死亡 中国に無関心社会の議論起こし (朝日新聞/強調は引用者)

というもの。
この事件については、ChinanewsさんがKINBRICKS NOWの「誰も助けてくれなかったひき逃げ事件被害の少女が死亡=中国人の道徳崩壊が話題に―広東省」でも書いていますね。こちらには、つべに上がった実際の映像へのリンクもあるのですが、―――いやあ、これ、「閲覧注意!」ってレベルじゃねえぞ......。

さて、メディアが取り上げたことによって、この事件も日本で知られるようになりました。あ、念のため言っておきますが、もちろん中国国内でも議論になっています。日本での掲示板やブログの感想を見てみると、やはり「中国人のモラルがひどい」という意見は多いですし、おいらもそう思いました。一方で、Chinanewsさんの記事の後半を読むと、「むむむ」と思い直す部分も。

では、この事件を「日本で話題になった中国の事件」という点で、台湾の記者の目から見るとどうなるのか。26日の自由時報に、駐日特派員の張茂森が書いた記事があったので、そちらを訳。

今月13日、中国広東省仏山市で、2歳の女の子の「悦悦」が2台の車にひかれ、18人の通行人から見て見ぬふりをされるという事件が発生し、この女児は最終的に帰らぬ人となった。事件発生後、日本の主要紙や電子メディアは連日にわたって中国の人心の荒廃ぶりや、道徳の失われたさまを批判した。ネット上には数千もの書き込みが連なり、その中には中国人が自ら「これは全中国人の恥だ」と受け止めているものもあった。
日本の各主要メディアが分析した事件の背景をまとめると、その多くは2006年に南京で発生した「親切は報われない」事件に触れており、南京の例が中国社会において見て見ぬふりをする考え方がより深く浸透させてしまったと述べている。(略)
南京の例のように災いを転嫁するような人がいると、「親切によって雷に打たれる」人も出てくることになり、また悪人が務める裁判官に善人が当たってしまう可能性もある。こうしたことによって、2歳の女児の惨劇が生まれてしまったのだ。中国のネット上には、意外にも18人の通行者を支持する声も現れた。「善意がしっぺ返しの結果を生む社会なら、余計な世話を焼かなくなるしかないじゃない! あなたも! 私も!」というのだ。

数年前、台湾のある政治家が日本を訪問した際に、日本の記者から「中国人と付き合う時の心得」を問われ、こう答えた。「もし、水中から助けを求めている者が中国人だとわかったら、ちょっと考えてから行動すべし」と。なぜだろうか? 「なぜなら、彼を助けて岸に上げた後、彼は『こいつが俺を水に落としたんだ』と言うかもしれないからさ」。この逸話と、前述の「南京の事件」は完全に一致する。

しかし実際には、このように助けた者が逆に手を噛まれるという事例は、中国だけで起きるというものではない。その他の国でも大いにある話だ。しかし、そのような懸念が予期せぬ災難を招き、死にそうな者を救わないことを正当化するような現象は、間違いなく希有な例である。こうした行為は、決してモラルの低下だけではなく、人のためという基本的な人間性が失われているという問題でもある。数千もの日本の網友たちは、中国社会の道徳や価値観が既に完全に崩壊したと指摘している。また、ある者はYouTubeにアップされている2つの動画を示した。1つは、仰向けになり身動きが取れなくなった1匹のカメに、別のカメが全身の力を込めてひっくり返そうとするもので、最終的には身を翻すことができて終わる。
もう1つの動画は、1匹の雄ネコが車にはねられて既に亡くなっている雌ネコの傍に身を寄せ、脚を使って懸命に体を揺するというものだ。生き返らせようとするが、疲れきって雌ネコの横で休み、やがて再び同じように雌ネコを救おうと動くのであった。カメもネコも自分の同類を救う必要性をわかっている。この2つの動画を観て、中国人はいったいどのような感想を持つだろうか?

東京前線:小悦悦の事件は全中国人の恥 (自由時報/強調は引用者)

1ヶ所、どう見ても力技で意訳した箇所がありましたが、そこは目を瞑ってください。ちゃんと訳すと、「助けたい気持ちも報われない、こんな世の中じゃ―――p(ry

はいはい。
まあ、穿った見方をしてしまうと、随所に自由時報らしさがあるようにも思えてきます。日本のメディアやネットの論調に乗っかりつつ、当然のように自分たちと「中国人」との間に線を引くさまといい、巧みな引用による題名といい。

「らしさ」という点で、もう一つ別の記事でも。21日の聯合晩報なんですが、この記事「七次江陳會」のカテゴリ、つまり20日から中国の天津で行われていた江丙坤・海峡交流基金会董事長と、陳雲林・海峡両岸関係協会会長との通算7回目の会談について、というわけなんです。ええと、これはどういうことだろう、と思って記事を読むと、19人目に通りかかって悦悦を救った陳賢妹のコメントを引きつつ、こう触れています。

民主化というのは、大陸が現在直面している一つの重大な課題だ。温家宝がかつて大声で呼びかけたこともあった。温家宝は、政治改革が停滞してしまうことにより、全ての成果が再び失われてしまうことを懸念しており、外から見ていると、誰もが言葉の節々に切迫した感情をうかがい知ることができる。しかし、中国大陸にとってより喫緊のテーマは、ひょっとすると民主化ではなく、モラルの喪失なのかもしれない。

観察点/小悦悦の話から両岸和平の道を (聯合晩報)

む。ここまでは日本のメディアにもありそうなお話で、特に両岸関係や江陳会に及ばないような気がするんですが、ここからが急転直下。

ここ数日、両岸の最もホットな政治的議題と言えば、「和平協議」、「公民投票」あるいは「共通の政治的土台」(九二共識、台湾独立反対)だろう。陳雲林もまた温家宝の口ぶりをまねて、「もし両岸の共通の政治的土台に背けば、過去に築いた成果は全て『元の木阿弥になる』だろう」と語った。しかし、いったいどの価値を最上段に掲げるべきだろうか。和平? 道徳? 公民投票? それとも九二共識?
しかし、道徳と政治との間に、何の関わりがあるというのか? 道徳がいったいなぜ両岸関係と関わりあうというのか? 実はそれらは大いに関係がある。平和協定や公民投票にしても、あるいは一中各表も各表一中も、仮にそれらが達成されても、たった一つ道徳が失われてしまえば、それらはどんな状態になるだろうか? 100年前に林覚民が形容した「あたりは血生臭いに匂いで満ち、街は狼犬で溢れている」という有様だけではない。狼犬というのは汚職官吏だけではなく、権力、名誉と地位、金銭そして物欲で溢れた庶民たちでもあるのだ。
これらの事から、正に道徳と良識は最上位に置かれるべきものだと言える。和平、公民投票、統一か独立か、これらはある種の「集団」の概念であるが、道徳とは個人個人の最も深い意識の部分に端を発するものだ。両岸の施政者たち、とりわけ北京当局は、その知恵を集団から個人に転換すべきであり、道徳の危機に集中して根源から救わねばならない。さもなくば、和平あるいは協議、ひいては両岸の商業的利益すらも再び全てを失ってしまうことだろう。

観察点/小悦悦の話から両岸和平の道を (聯合晩報)

ええと? 百歩譲って「それは確かにそうだね。道徳は大切だよね」となっても、それが両岸問題とどう結び付くのかなあ。今の両岸を比べた時の隔たりを示しつつ、でもモラルの問題って政治的にな考え方と違って共通の理解が得られそうな気がするよね、っていう狙いなのかしらん。でもそれでアイデンティティの問題が解決するとも思えませんが。
むしろ、「両岸問題を軟着陸させるためにも、北京当局は個別の政治的テーマよりモラルの向上をうんたらかんたら」なんて言うよりも、Chinanewsさんの

個人的には「中国人の道徳云々」という主張よりも、法律の問題、教育のカバー率の問題、あるいは貧困の問題などが大きいのではないだろうか。

悦悦ちゃんのような残酷な事件は、中国では毎年何件も起きている。今回は防犯カメラの映像というショッキングな「素材」があったことが注目を集める要因になった。おそらく、このまま道徳の崩壊をひとしきり嘆いてすっきりした後、みなが忘れてそれでおしまいとなってしまうのだろうが、先に述べたような社会経済的な問題が一歩前進するきっかけになって欲しいと切に願う。

誰も助けてくれなかったひき逃げ事件被害の少女が死亡=中国人の道徳崩壊が話題に―広東省 (KINBRICKS NOW)

という方が、はるかにはっとさせられるんだけどね。もっとも、こうやって書いてしまうと「あ、やっぱり向こうが抱えている問題はこっちと一味違うわ」となって、それこそ九二共識が揺らいでしまうから、道徳がモラルがって言った方がぼやけていいのかもしれませんけど。

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