日本の「治安神話」は崩壊しているのか。

| | コメント(0) | トラックバック(0) | | このエントリーをはてなブックマークに追加 |
連休前に東京で発生した2人の台湾人留学生殺害事件は、急転直下の結末を迎えてしまったようですが、この事件に関するとある投稿記事の話でも。

その記事というのは6日の聯合報の「民意論壇」に載った、蔡増家・政治大学国際関係研究センター第二研究所所長によるもの。この記事をはてなブックマークに登録し、Twitterに流したところ、予想外の反応がありました。うへえ。ブックマークするにあたって訳したのは冒頭のほんの一部分でしかないので、まずはちゃんと全部を訳してみたいと思います。

5日、2人の台湾女性留学生が東京で惨劇に遭ったことが報じられた。この非常に残忍な殺人事件は、日本の治安は良好だという外部の定型的なイメージを打破したばかりか、日本が失われた20年に陥った後の奇異な社会現象のベールを開けたとも言える。

日本文化を知る者たちは皆、戦後の日本が低い犯罪発生率を維持してきたことを知っている。重要なポイントは社会の制約力であり、法律による制約力ではない。社会環境による束縛の力が法律のそれよりも大きな日本では、罪を犯した事のある者が社会でまともに立脚することがたいへん難しい。また同時に、こうした観念形態は株連九族(訳註:罪を犯した者の親族まで罰せられること)を招き、家族までもが社会から冷たく排除されることになる。
2004年に台湾人女子大生が河口湖で殺害された時に、日本人の犯人の家族が隣近所からのプレッシャーに耐えきれず、すぐに引っ越したということからも明らかだろう。
こうした社会の集団としての拘束力の下、日本人は不用意に犯罪に手を染めることができなくなり、またしたいとも思わなくなったのだ。同時に、この長期にわたる低犯罪率の下、日本の警察も持つべき捜査能力を次第に失っていってしまった。

戦後の日本の社会が、犯罪に対して高度な集団の制約力で応じたことは、その存在だけに拠るものではない。二つの基礎の上に立つものであり、その相互作用によって効果を生じていたのだ。
一つ目は、高度経済成長の持続だ。日本はかつて猛スピードに経済を成長させていた頃、終身雇用制度によって世に名高い低失業率を達成した。しかし、1990年に(訳註:原文まま)バブル経済が崩壊した後、派遣労働者制度がだんだんと終身雇用制度に取って代わるようになった。
派遣制度の下での労働者は、健康保険を享受することができないばかりか(訳註:原文まま)、定年後の国民年金もないという(訳註:これも原文まま)、日本の福祉制度から見捨てられた一団となってしまうのだ。日本の社会学者によれば、これらの数から見て300万人近い派遣労働者たちが「下流社会」を形成しているという。「下流社会」は政府と世の中に対し強い不満を抱えており、最近の日本で発生している奇怪でショッキングな犯罪事件の多くを引き起こしている。

二つ目は、閉鎖的な社会体制にあるという点だ。過去、日本は島国で排他的だったこともあり、また優越感が災いし、加えて日本の大学には独特なシステムがあったことも手伝い、日本に留学する外国人学生の数は多くなかった。
しかし、2000年以降、少子化の波が到来し、日本の多くの私立大学ではだんだんと入学生が減少し、閉校の危機に直面しようとしていた。
日本政府はこうした大学を救済するため、一千万人留学生計画を打ち出し(訳註:原文まま)、各地方大学に海外からの留学生を採用することを奨励した。
こうして日本にやってきた大量の留学生の素質は一様ではなく、同時に、留学の名目で来日し不法就労する者も多くいた。こうした数多の外国人留学生は、日本の最近の外国人犯罪の増加スピードを加速させ、同時に多くの新たな犯罪手法を生み出してしまった。

経済の衰退が日本の社会体制における拘束力を次第に瓦解させ、大量の外国人留学生が日本の社会の高い壁を徐々に突き破り、また日本の警察制度も過去の低犯罪率という過去の夢の中に酔いしれていたようだ。
最近の日本では、最重要の指名手配犯が警察署に自首してきたところ、認識できなかったばかりか追い返し、3つの警察を回ってようやく自首できたという話が飛び出した。これは日本の警察の捜査能力にたいへん大きな疑問を抱かせるものだ。
失われた20年に墜ち込んだ日本を見てみると、日本の社会には既に巨大な変化が生じているが、日本政府は何も変わっていないと言えそうなことに気づく。

日本の低犯罪率神話が崩壊 (聯合報/強調は引用者)

この記事に関して、というか、はてブのポストに対して、Twitter上で意見や反論が来るわ来るわ。これにはおいらも面喰らいました。それにしても、いちいち訂正していませんが(訳註:原文まま)が多いなあ。
記事に出てきた「株連九族」というのは、註釈でも入れているとおり「一人の罪は一族の罪」という考え方です。「史記」によれば秦の時代には既にあったようで、犯罪者の両親や妻子も刑罰が加えられたり財産を没収されたりしたそうです。そこまで直接ではないけれど、日本でも似たような例はありますよね。村八分に始まり、中島みゆきの「出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ」、最近では数多の人肉検索や映画『誰も守ってくれない』を思い出します。なるほど、その「社会による拘束力」はあるかもね、と、この一点だけはおいらも同意です。あれ? ということはまだこの力は生きているんじゃ? などと。
もっとも、この蔡増家(とおいら)の意見に対する賛否や正誤は、きっと山ほどあると思います。その辺は皆さんに譲るとして(逃げた)、翌7日の聯合報の「民意論壇」、つまり同じ場所に淡江大学中国大陸研究所の楊景堯・副教授が異論を投げていますので、参考までにこちらも訳。

6日の本紙「日本の低犯罪率神話が崩壊」を拝読し、その内容の一部に疑問を抱いた。筆者は両岸とアジアの主要国の学生の移動を研究しているが、今学期も日本の広島大学教育学院教授であり、日本比較教育学会会長である大塚豊・教授を淡江大学の訪問研究として招いている。大塚教授との意見交換の後、今回のミスリードを明らかにすることができそうだ。

まず、当該記事では日本の高度な「社会の拘束力」が2つの基礎の上にあると論じている。高度経済成長がその1つであり、文中では経済の衰退が犯罪の増加を招いたと述べている。しかし大塚教授はこれに賛成できないとはっきり述べた。中国大陸の経済発展は「お金が全て」だったが、かえって犯罪は増加している。日本の経済は、道徳や責任感を低下させるようなひどい状況を作らなかった。
第二に、日本と外国の交流は、アジアの他の国々を圧倒している。国際留学生の出入りはアジアで唯一の輸入超過、すなわち海外に留学する日本人より日本に来る留学生の方が多く、2010年には14万人あまりに達している。
先の記事では留学生を招く際のハードルについても触れているが、大塚教授は日本語の学習の困難さが本当の原因だと考えている。日本の文部省(訳註:原文まま)が2008年に発表した「留学生30万人計画」は2020年に目標達成を目指しているが、特に各大学には英語を使っての授業を可能にして、言語の障壁を低くしてより多くの留学生を引き込もうとしている。
ここ数年、日本の私立大学の入学生数は安定しており、問題はそのように深刻ではない。日本全国の高等教育の規模は300万人に達しない程度であって、決して「留学生一千万人招致計画」など打ち出す可能性はない。

日本の高等教育に神話は無い (聯合報/強調は引用者)

おおなるほど。「日本の安全神話は崩壊したのか」というより、論拠そのものを否定しているような感じでしょうか。確かにいわゆる「移民一千万人計画」とごっちゃになっている時点で、前述の投稿記事は既にアレな感じがあします。ということは、6日のブックマークやポストは、割と「ごめんなさい」な感じかも。
むー、何だかタイトル詐欺っぽくなってしまいましたが、最後に「安全神話」に関して触れた8日の中国時報の記事で終わりにしましょう。こちらはおなじみ東京特派員の黄菁菁による署名記事。

日本が外国人に与えるイメージとして治安の良好さがある。しかし、ここ数年、外国人犯罪率が上昇する傾向にあり、日本の警察にとっても頭痛の種になっている。今回の台湾女性留学生の事件では、日本の安全神話も疑われている。しかし、今回は容疑者が日本人でなかったことで、多くの日本メディアが安心しているようだ。もし容疑者が日本人であったのなら、日本のメディアはきっと大いに盛り上がったことだろう。

日本の警察庁が2011年1月に発表した統計によれば、全国の警察本部の捜査1課が「捜査本部」を設置した重大殺人事件は2011年(訳註:原文まま。2010年の誤り)の1年間で合計77件で、前年に比べて9件の減少となり、1979年に統計を取り始めて以来、最少となった。
このうち容疑者が逮捕されたのは61件、解決率は79.2%だった。この数字には前年以前に捜査本部が設置された事件も含まれている。61件の解決事件のうち、31件が発生から1ヶ月以内に解決し、半数以上に達している。
日本の治安は良好で解決率も高い、というのは、これまで世界的に非常に高い評価を受け続けてきた。同時に、日本人の犯罪に対する警戒心を低いままにさせた。鞄を背中に掛けても盗まれる心配をせず、電車で鞄を地面に置いたまま寝てしまい、ほとんどの家には鉄の門や窓がなく、出かける際に鍵を掛けないという光景も珍しくない。このせいで、日本人は外国に出ると、しばしば現地の悪人たちからカモと思われてきた。

今回の留学生の事件を担当する蔵前警察署の前で待機していた日本人記者は次のように分析する。犯人がもし捕まった場合、日本の警察は安全な日本という世界的なイメージを取り戻すために、メディアと全力で協力するだろう、と。例えば、警視庁が容疑者を護送する際には、専用のパトカーをわざとゆっくり進ませて、メディアが顔をよく捉えられるようにし、日本の世界的名声を蘇らせるのだという。日本の警察では今回の事件をかなり重く見ており、警視庁は初日に200人の警察官を動員し、早期解決の意気込みを示そうとした。

外国人犯罪率の上昇、日本の警察を悩ませる (中国時報/強調は引用者)

最後の方でも少し出た、台湾メディアの報道と警察の対応についてはまた別途、ということで。

★ 追記。(01/10 09:50)

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 日本の「治安神話」は崩壊しているのか。

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.yauchi.net/mt/mt-tb.cgi/323

コメントする

このブログ記事について

このページは、◆YAUCHInowAが2012年1月10日 01:44に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「2011年を制したのは、二次元と四次元のハイブリッド。」です。

次のブログ記事は「繰り返された「容疑者逮捕」の幻。」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

動画とか。

 

・備忘録。
http://www.angusj.com/resourcehacker/rh_japanese.zip
O→F→object TitleEdit: TEdit→MaxLength


Powered by Movable Type 4.25