前回の「ある女性作家の死まで。」から、早くも半年。この間、何をやっていたのかと問われると、空いている時間は例のアレとかWikipediaの「八八水災」を訳したりとかしていました。嘘です。ほとんど怠けていました。
Wikipediaの履歴を見ると、翌2010年から書き始めていましたね。毎年夏が近くなると、「あれ、完成させないと」とは思うもののつい投げ出してしまい、足かけ七年です。語呂合わせで「八年後の八月八日にアップしよう」と、「今年こそ頑張る」状態で臨んでいたのですが、結局は「八年後の八月八日プラス八×八日」という有様でっす。それにしても、日本での呼称に合わせたとはいえ、「八八水害」という記事名は、どうもしっくりきません。むう。
「8年後の8月8日(2017-08-08)までに」と思って訳していたら、結局「8年後の8月8日から8*8日後」になってしまったでござる。なお、8年のうち7年11ヶ月は単に放置していただけ。どうか安息のあらんことを。→八八水害 – https://t.co/JqEKFnRpZb
— やうち。 (@Yauchi) October 11, 2017
今年の夏、同じような繰り返し呼称、というか略称でやはりしっくり来なかったのが、TOKYO MXほかで放送された『プリプリ』こと『プリンセス・プリンシパル』でっす。なんでや。「プリプリ」言ったら、『Diamonds』を歌ってた人たちやろ。などという、いつにも増して 歳がばれる 強引な導入。
もともとですね、『プリンセス・プリンシパル』は何話かちゃんと録画していて、いつか観なきゃなあと思っていたんです。ところがある日、何かの待ち時間に、スマートフォン版のゲームを落としてやってみたところ、「あ、これって、おいらの一番苦手なジャンルのパズルゲームだ……」という落胆から、アプリは消すわ録画も消すわという流れに。以下、よくある展開。
『プリンセス・プリンシパル』は途中の回まで録画していたんだけど、ソシャゲの方が「???」な内容だったので、一気に興醒めして録画も全部消した、とは口がさけても某氏には言えない。
— やうち。 (@Yauchi) September 20, 2017
まじかー。前にも書いたとおり、1秒も観ることなく録画全部消しちゃったけど、どうしよっかな。https://t.co/XlPIHaVKVA
— やうち。 (@Yauchi) October 4, 2017
↑と、数時間前に逡巡した挙句、結局ニコニコチャンネルで観ている途中なんですが、何これ超面白い。録画消しちゃったおいらしねばいいのに。
— やうち。 (@Yauchi) October 4, 2017
結局、10月10日までの無料期間中に第6話まで。そして先日、ニコニコptを使って無事に完走しました。時期遅れとはいえ、ちゃんと放送順を追って全話観たのは、ちょうど2年前の『Charlotte』以来です。Charlotteつながりというのも不思議な縁。むしろ、おいらがあんまりアニメを観ていないという事実が再度伝われば幸いでっす。
で、第6話まで観ていた頃に、
午前中、割としんどいことが続くたびに「ベアトだって泣きそうになりながら頑張ってたじゃない」と自分を励まして乗りきったけど、別においらはベアト推しでもなんでもないことにお昼を食べながら気がつく程度にお疲れモード。
— やうち。 (@Yauchi) October 11, 2017
と、松岡修造のシジミばりに自分を鼓舞していたところ、Twitter上で鍵の人から「抱え込む子が好みだと思っていたのでアンジェかと思いきや、ベアトとは意外だった(大意)」という反応がありました。ごめん。前半も若干違うし、後半はポストの中でも否定しているじゃんよ。どちらかと言えば、この頃に惹かれていたのはプリンセスです、プリンセス。第8話の回想と最終盤の立ち回りが光りますが、彼女のすごさは、アンジェたちと出会う第2話にあると思っています。はい。
どうでもいいんですが、第8話を観た後、「高貴な身分の子が、市井の子と入れ替わって戻れなくなった」という話を最近どこかで読んだのを思い出して、ずっと気になっていました。このブログを書いていたら記憶が蘇ったところです。R-18作品でした。ごめんなさい。
気を取り直して、今回はこの第2話のお話。以下、ネタバレ注意です。
時系列と放送順を入れ替えるという構成上、視聴者は第1話(case13)を観終わった時点で、プリンセスとアンジェたちは仲間になっていることを知っている。続く第2話と第3話が「case1」「case2」となるので、彼女たち背景や最初の接触の話と想像がつくわけです。すごく度胸がいる編成ですが、上手いですね。さて、プリンセス攻略のためアンジェとドロシーが乗り込んだパーティーで、コントロールから追加の緊急指令が。事故を装ってプリンセスと入れ替わり、さらにモーガン外務委員からチューリッヒ銀行の鍵を預かり、と、二兎を追う作戦が成功したかに見えた直後、パーティー会場に戻ったプリンセスが振り返りながら
「ところでアンジェ。そろそろ教えてくれない?」
「えっ?」
「西側のスパイがわたくしに何の御用かしら?」橘正紀, 大河内一楼, 「case1 Dancy Conspiracy」『プリンセス・プリンシパル』#02,2017
わはー。やはりスパイ作品はこういう不測の事態がなくてはなりません。さらにプリンセスは畳みかけます。
「おじのノルマンデイー公が、もうじき到着するわ。知ってるでしょ? この国のスパイの総元締めよ」
「……用件は何?」
「アンジェ!?」
「まさか本当に!?」
「静かにして、ベアト。周りに気付かれてしまうわ」
「でも……」橘正紀, 大河内一楼, 「case1 Dancy Conspiracy」『プリンセス・プリンシパル』#02,2017
そして不穏な歯車の音とともに到着するノルマンディー公の車。追っていた二匹の兎は、今や前門の虎と後門の狼に。問題はこの後です。
「目的は?」
「女王になりたいの」
「姫様っ!」
「あなたの王位継承順位は、第四位よ」
「あなたたちが手を貸してくれれば、一位になれるんじゃなくて?」
「国を売るおつもりなんですかっ!?」
「ごめんなさい、ベアト」
「っ!」
「わたし、悪い女だったの」
「……」
「話が大きすぎる。わたしたちの一存では決められない」
「では、決められる人に伝えてください。わたくしと手を組みましょう、と。回答が『Yes』以外だった場合、この場でお二人の正体を暴露します」橘正紀, 大河内一楼, 「case1 Dancy Conspiracy」『プリンセス・プリンシパル』#02,2017
非常に切迫した内容が丁々発止で展開されるため、観ている側としては面白いのですが、おいらは第2話を観た直後、「いや、それ、おかしくね?」と五百回くらい思っていました。Cパートで「なぜプリンセスが正体に気付いたのか」は明かされるのですが、この取引をプリンセスが切り出す理由が無いんです。
プリンセス側に立って考えると、初対面でいきなり粗相をしでかした相手が十年前に別れた彼女だと明かされたとしても、それをもって信用するのはいささか博打がすぎます。もしかすると、「自分は黒蜥蜴星から来たスパイ」と妄言を垂れ流すだけの(だいたいあってる)シミ抜き得意な洗濯屋見習いで、ドレスで踊ってちゃっかりInstagramに画像を上げるような子に成長しているかもしれません。それは冗談としても、彼女が西側のスパイであるというのは紙片のみの情報です。彼女が実はノルマンディー公の手先で、うっかり欲を出そうものなら、「わたし、悪い女だったの」「まったく、そのようだな。シャーロット」とノルマンディー公が背後から現れてバッドエンドに一直線、というのはよくある話です。やうちさん、それゲームのやりすぎです。
逆に、これもアンジェの紙片の筋書きだったとしても、これまた危険な話です。プリンセスだって王室の中で揉まれて幾年月、アンジェが提示した取引に乗ってくれる保証はありません。というか、プリンセスにしたって、自分と似た顔を持った女が十年ぶりに接近してきて、「壁の向こうのスパイです。ちょっとドレス借ります」だけで済むとは思わないでしょう。どう考えても身の危険を覚えますよね。こっそりノルマンディー公に伝えて、お縄にしてもらいましょう、という心変わりがあっても不思議ではありません。時の流れって怖いですね。が、アンジェはかなりプリンセスを信頼しているようです。コントロールからの緊急指令が書かれたメモは、アンジェ自身が焼却しているにも関わらず、自分がプリンセスに宛てた紙片には、身バレという最大の禁句が載っているにも関わらず処分を指示していません。プリンセスが待機していたあの部屋、暖炉もあったというのに。
一方、この要求をするならこのタイミングしかない、というのも分かるのです。図らずもドロシーが「話が大きすぎる」と言ったとおり、必然的にコントロールに判断を仰がねばなりませんでした。プリンセスが「そうね。インコグニアから紅茶は持ってきているかしら?」とか可愛い球を投げてきたら、それはそれでアンジェも手配しちゃうだろうし、そんな感じで「じゃあ、また明日。ごきげんよう」となるルートも見てみたい気がしますが、いや、それじゃダメなんです。コントロールに届くような無理難題を投じて、我々同様に「初対面のはずなのに何故?」と思わせなければいけないんです。ある程度時間がたってから言ってきたとしたら、「AとDが校内でヘマしたか?」となりますが、
「プリンセスが独力でスパイを発見できたとは思えません。背後に何らかの勢力がいる可能性があります」
「分析屋は黙っていろ! これは重篤な国際問題だ。条約違反が露見すれば、紛争が紛争のまま終わる保証はない。下手をすれば世界大戦になるんだ!」
(略)
「軍として要請する! プリンセスの要求を受け入れよ!」
「プリンセスには、二重スパイの可能性があります」
「我々としては、内部にモグラを抱えるリスクは看過できない」橘正紀, 大河内一楼, 「case1 Dancy Conspiracy」『プリンセス・プリンシパル』#02,2017
と、「事前の情報漏洩」という幻を追う方向に。この疑心暗鬼もスパイものの妙味です。素晴らしい。そして、ドロシーにしろコントロールにしろ、無駄のない、それでいて進行上不可欠な台詞が多いのも素敵です。さて、チェンジリング作戦の帰着点をどう設定していたのかは作中で描かれませんが、「プリンセスの気分に応じて入れ替わり」なんていうお花畑な運用は予想されないので、必然的に、替わった後のプリンセスに価値はないでしょう。ところが、着手時点で既に漏れていたとなれば、そうそう迂闊に手は出せません(と、おいらはこの時点で思っていた)。プリンセスの身辺に不審なことがあれば、一網打尽になりかねない。しかもその網の大きさを測りかねるわけですから、なおのこと。さらに是が非でも鍵を手に入れたい軍部の意向、それを含めた超臨機の判断、なによりこの後のアンジェからの通信というダメ押しもあって、ことは僅かな差で成功裏に幕を下ろします。
とまあ、切羽詰まった状況で「上に伝えざるを得ない」というのは、先にも書いたとおり「顔の似た女が急接近してきた」プリンセスにとって、身を守る「切り札」の存在を強くちらつかせることにもなるわけです。アンジェからしても作戦をご破算にしたうえで、プリンセスに手札を与えたことになるわけです。うまいなあ。そうすると、誰がために鐘は鳴ったのか、と考えるとやはりプリンセスでしょうし、危ういくらいの信頼を基礎にアンジェが、おそらくはあの紙片で脚本を伝え、プリンセスが演じたのでしょう。
そんな風に、考えていた時期がおいらにもありました。
まず、一つ目のダメ出しが第3話の冒頭で。
「とにかく、これでコントロールは欺けた。一緒に逃げよう。ルートは決めてある。カサブランカに白い家を用意したの。そこに二人で―――」
「駄目……」
「えっ?」
「言ったでしょう。あなたの力でわたしを女王にしてほしいの」橘正紀, 大河内一楼, 「case2 Vice Voice」『プリンセス・プリンシパル』#03,2017
なんてこった。アンジェさん、コントロールを欺いて作戦を白紙にするどころか、ハナから高飛びする気満々じゃないですか。ということは、あの時点で「上げ」て長期保証を得る必要はなかったし、むしろ穏便に終わらせた方が目を盗みやすくなるじゃないですか。そして、あっさり断るプリンセス。あれですね、『カサブランカ・グッバイ』ってことですね。 だから歳がバレる。
アンジェによる筋書きではないとなると、小さな紙にびっしり書かれた第2話の紙片は何だったのか。もう一つのダメ出しはこれです。先に予想したように、一連の動きの台本じゃなかったんですか、とぐぐったら、海外の解析班がいい仕事をしていました。以下、引用でっす。
My dear Ange,
I have waited a long time for this moment. There are many thing I’d like to talk about.
But there is little time to explain my […]
I have become a spy like you became a princess.
I am a spy on a mission [?] […]
Would you lend me your dress for this purpose?
I’ll explain in detail later.
I have to take responsibility for your difficult […] to spoil your dress.
Your truly,
Charlotte海外「このアニメの情報密度がヤバすぎる」『プリンセス・プリンシパル』2話「case1 Dancy Conspiracy」の海外反応 (mkmk団)
なんてこった。本当に「壁の向こうのスパイです。ちょっとドレス借ります(大意)」しか無かったよ。
となると、コントロールを交渉相手に引きずり出したのも、その結果、ありもしない背後関係という空の手札を匂わせるどころか、敵国の諜報機関との接点を持つという別の役札を手に入れたのも、プリンセスの発意ということ。なんてこった。おいらだったら「後で説明してくれるなら、とりあえずドレスが返ってくるのを待とうかしら」で終わりです。自筆の手紙をプリンセスに渡しても大丈夫と考えたアンジェ以上に、プリンセスはアンジェを信頼してあのアドリブ劇を敢行し、「後で説明するわ」で先送りしたアンジェの思惑を越えて、プリンセスはあの場を最大限に利用したということになります。この辺は、過去の分岐点から動けず、当時の信頼関係と悔恨の念に立つしかないアンジェと、過去の分岐点からのベクトルを信じていて、ここからの信頼関係で道を暗い森を開墾しようとするプリンセスの違いでしょうし、なんとなく、第2話のこの手紙と第12話のコキジバトのメッセージに二人の性格がよく出ているように思います。ともあれ、アンジェたちが出て行ってから戻ってくるまでの、おそらく十数分の間に、プリンセスはそこまで考えて待っていたというのです。あの密室で、「やはりこの格好では寒くなってきたわ、ベアト」「ひっ、姫様。ひめさまあああああ」みたいな過ちは無かったんですよ!!1
閑話休題。上の方で「やはりスパイ作品はこういう不測の事態がなくては」などと浮いたことを書いてしまいましたが、観ていると、どうしても「アンジェたちがこの危機をどう脱するか」という視点になっちゃいます。ましてや、Cパートで「実は部屋を出る時に」というネタバレを披露されてしまうと、「なあんだ。やっぱりつながっていたんだね」となってしまうのため、モーガン外務委員から鍵を預かった以降の展開も通じていたように思ってしまうのですが、実はそうじゃない。肝心なところではプリンセスが鍵を握っていたんですね。 物理的にも。 そう思うと、というか、そこに思い至った時、おいらは、ぞわっとしました。この子、理念や理想だけの「お姫様」じゃない。いや、もう、こういう聡い子は大好きです。おいらは現実世界で賢い子に出会ったら全力でぶっ潰すと公言していますが(できているかどうかは知らない)、聡い子には勝てません。そういう子だと思いました。
おいらも「それにしたって、何も一国の王女がそんなに危ない橋を渡らずとも」と思っていたのですが、はっとしたのが直後の第4話。ケイバーライト制御装置の試作品を運ぶ船を追ったアンジェたちが橋の上で揉めるシーン。ふいにプリンセスが橋の欄干に上ります。
「姫様っ!?」
「わたしも行きます」
「駄目だ、そんなの!」
「訓練は受けました。それに、わたしが行けば、護衛を残さなくて済むでしょう?」
「……」
「待てよ、プリンセス。あそこはパーティー会場じゃないんだ。素人には危険すぎる。そこまでする理由を訊きたいねえ」
「あら? わたしならとっくに危険ですよ? スパイをやっているとバレたら、わたしは終わりです。これよりずっと細くて脆い橋の上に、わたしは立っているんです」
「だからって! 危険を増やすことはないだろう!」
「同じですよ。皆さんの失敗は、わたしの秘密に直結します。だったらわたしは、作戦が成功するために命を懸けなければなりません」橘正紀, 大河内一楼, 「case9 Roaming Pigeons」『プリンセス・プリンシパル』#02,2017
そうでした。第8話の回想でも出てきますが、プリンセスはあの晩に初めて橋に立ったわけではないのです。これまでも、たった一人で、秘密と理想を携えてか細い橋を歩んできたのでした。第4話のやり取りの時点を第2話の場面に置き換えて考えれば、別に無謀な賭けでもなく自然な選択だったのでしょう。あの日の約束を果たすため、悪魔と友達になることに今さら何の躊躇いがあって?
おいらはですね、最終回までのどこかで「あなたの代わりに十年も役割を果たしてきたのに、今さら元に戻れっていうの?」みたいな感じで泣き崩れたりして、弱さをどこかで見せると思っていたのですが、まったく逆方向の使い方で叫ぶという鉄壁っぷりを見せてくれました。ぎゃー。ダメです。聡すぎて後光が射します。アンジェじゃないけれど、あなたはもうプリンセスですよ。というか、弱い子はお前の方だったのかよ! という。そんなプリンセスのプリンセスたる言動(回想を含む)は、第8話と第11~12話に集中しています。でも、プリンセスの確固たる意志の見せどころというのは、十数分の熟考の果てに単身挑んだあの場面にあるように思うのです。
★ 補記(11/02 16:15)
なるほど。『とある魔術の禁書目録』の第三王女、ヴィリアンとの比較というのは面白そうです。とエアリプ。
でも、『とある魔術の禁書目録』と言われ、おいらが最初に思い浮かべたのはヴィリアンではなく、最大主教のローラ=スチュアート。ローマ教皇がフィアンマと戦って敗れたという一報を聞いたときのくだりでっす。
「……善人め」
その言葉に、どれだけの意味が、想いが込められているのか。船頭には判別つかなかった。ローラ=スチュアートは見た目通りの年齢ではなく、積み重ねた経験の量も質もそこらの人間とはケタが違う。だからこそ、船頭にはローラの考えいている事が分からなかった。
「……されど、貴様は笑うていたのであろうよ。この善人め」鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』第16巻,2010,p325
かつて「わたし、悪い女だったの」と告白した彼女が断頭台に上ったと聞いたとき、きっと誰もがローラと同じことを呟くのでしょう。アンジェから銃弾を百発撃ち込まれそうですが、おいらも心のどこかでは、プリンセスの描く結末が叶えばいいなと思っているのです。