智識を世界に求め、じゃなかったっけ。

どうも「どうしたこうなった」という感じが強い今回の参議院議員通常選挙。そう言われてみると、7月3日の公示日の時点でちょっとした異変がありました。国政選挙の公示日には中央選挙管理会委員長の談話が発表されるのですが、これまで有権者の投票行動に対してはほとんど触れず、例えば昨年10月の衆院選のとき[PDF]3年前の参院選のとき[PDF]も、「投票に際しましては、各政党等の政策や候補者について十分に検討され」程度しか書かれていませんでした。ところが、今回の談話では、

 有権者の皆様におかれましては、これからの国政を担う国民の代表者を選ぶため、主権者として積極的に投票に参加されますよう期待するものであります。投票に際しましては、各政党等の政策や候補者について十分に検討され、選挙区選挙については候補者名を、比例代表選挙については候補者名又は政党等名のいずれかをお書きいただきますようお願いいたします。
 また、SNS等インターネット上の情報には様々なものがあることに十分留意して、その情報のみを鵜呑みにするのではなく、他の情報にも当たるなどして正確性を的確に判断することが大切だと考えます。

第27回参議院議員通常選挙の公示日における中央選挙管理会委員長談話[PDF] (総務省 自治行政局/下線は引用者)

という、下線部分の一文が加わりました。もちろん、下の方では、今回の選挙から導入された選挙ポスターの品位保持義務規定の話も入っているので、厳密には「ここ以外は前例踏襲」というわけではありません。しかし、改正公選法が初めて適用される国政選挙なので注意を促すのは中央選管として当然として、法の埒外であるはずの「有権者の判断」に半歩踏み込んだのは、ちょっとびっくりしました。今になって思うけれど、この談話、有権者に伝わっているのかな。フラグになっていないかな。

さて今回の選挙、この談話を嘲笑うかのように、ネット上の情報が選挙の争点を揺り動かしていきます。おそらくほとんどの有権者が、これまでの国政選挙との違いや、公示前の政治的課題とのずれを感じているんじゃないかな。それは台湾の記者も同じのようで、中央通訊社の楊明珠記者が公示日の3日に伝えた記事では、そのまんま記事題で「日本で参議院選挙がスタート、物価急上昇への対応が争点」と書いています。また、記事中でも、前日に日本記者クラブが行った党首討論会の内容を引いて、最大の争点は物価高騰対策だとし、その他に給付金、消費税の引き下げや廃止、コメの高騰対策、年金などの福祉政策、少子化対策、米国の関税措置への対応等の外交・安全保障政策などが挙げられています。うん、まあそうだよね。おいらもそう思っていたもん。

ところが蓋を開けてみると、そうした政策論争は置いておかれてしまった感じがします。楊明珠記者も、8日に石破首相が閣僚懇で表明した在留外国人対応の新組織設置に触れる形で、「『外国人問題』が今回の選挙の争点となり、各政党も様々な政策や見解を打ち出している」と10日の記事で書いています。主要政党の主張などのほか、その「外国人問題」について事例(とされるもの)の詳細を書いていて、読んでいてすごく不思議な気持ちになります。中央通訊社の記事とあってか、だいたい中国人が悪者になっているのでそれもあるのかもしれないけれど、ちょっと書きすぎじゃないですか。というか、その手の人たちって、「どの国の出身か」なんて考えていなくて、「内か外か」「自分が安全な方に線を引けるか」だけだと思うの。

一方で、聯合報に目を移すと、雷光涵記者が2日に伝えている記事で、「『外国人が問題の根源だ』日本の参院選が、ヘイトスピーチの争いとなるだろう」と題していて、さすが日本社会をよく見ているなあと脱帽するしかありません。その後、参院選に関する記事を書いていないようなので、次なる記事が気になるところ。

そうなると、自由時報の林翠儀記者の記事も見てみないといけません。まず目を引くのが、9日に書かれた天皇陛下のモンゴル訪問の記事でしょうか。って、そうじゃないし。「ウランバートルでは滅多にない雨となったが、モンゴルでは『吉兆の雨』と呼ばれており、今回の件はモンゴルで美談として広まった」とか長文書いてんじゃないですよ。

さて閑話休題。3日の公示後に書かれた記事では、「石破政権の中間考査」と位置付けたうえで、「各党首は第一声で、コメの価格高騰、消費税の減税や現金給付などの物価対策、社会保障などの課題を主要な争点として掲げた」と連ねていました。ところが、8日付けの記事では、中央通訊社とほぼ同様に「外国人問題」を例示とともに詳報し、最後の段落で「今回の参議院選挙でも、思いがけず外国人問題が争点となってきた。中でも、とりわけ小規模野党の参政党が掲げる『日本人ファースト』のスローガンが最も注目を集めている。参政党の主張は、外国人の権限を縮小し、参政権や公職に就く資格を奪うなど(原文ママ)、保守色の強い日本保守党と似ている。自民党、日本維新の会、国民民主党などのその他の政党も、保守派の票を狙い、次々と関係する政策を打ち出している。立憲民主党、共産党、社民党などのリベラル系の政党は、共生と権利保障を強調し、多様性ある文化的な社会と外国人の政治参加を主張している(これも原文ママ)」と二分する論点であることを強調しています。また、与党の過半数維持が困難な情勢だと伝えた14日付けの記事では、自民党の劣勢に関連し、昨年の衆院選で大敗して保守派が痛手を負い、その保守派の票が石破自民党ではなく反中・保守色の濃い参政党や日本保守党に流れ、漁夫の利を得たと分析しています。いや、最後のところの言い方ァ! また、参政党の「日本人ファースト」が日本社会に長く存在していた外国人問題にクリーンヒットし、大きな共鳴を得たとも書いています。記事では消費税の話や日米の関税問題についても触れていますが、どうも国内の論調が流されてしまったことで、外電記事にも影響が及び、「日本の今回の選挙では、外国人問題、特に中国人問題がホットなようだ」となってしまっている感じが否めません。これが「日本政界での主要な争点」と伝わるのは、先々よろしくないような気がしてならないのです。

ちなみに、例のスローガンの中文訳ですが、中央通訊社は「日本人第一」、聯合報は「日本人優先」、自由時報は「日本第一」「日本人優先」と、ちょっとばらついているみたい。用語として統一されたり定着したりしてほしくないのは、山々なんだけど。