先月26日、台湾では大規模な立法委員のリコール投票が行われました。日本では、有権者が直接国会議員を罷免することができないのですが、台湾では「公職人員選挙罷免法」という、そのままというか物々しい名前の法律で制度化されています。ついでに言えば、中華民国憲法の増修条文で総統・副総統の罷免の手続きにも間接的に関わることができるのですね。さて、立法委員の罷免の手続きはどうなっているかというと、署名と投票という手続きは、日本の地方自治体のそれと大きく変わりません。そして、有権者による投票において「罷免に賛成する票が、反対する票を上回り、かつ選挙区の有権者の4分の1以上となった場合」に罷免が成立します。後半の規定は、ちょっと要件として低くないですか、と思ってしまいそうですが、過半数要件のみの日本よりはまともなのかも。
国民党の立法委員24人が対象となった今回の大規模リコール、結果としてはすべて罷免不成立。誰も失職しませんでした。詳しい経緯や投票結果の分析は、今月1日に小笠原教授が東洋経済オンラインで解説しているので、これでだいたい分かった気になれます。というか、おいらもブログで書く内容が90%くらい無くなりました。「有料会員限定記事じゃねえかゴルァ」という方もいると思うので(東洋経済の記事も、最初の数日は無料会員でも読めたやつ)、小笠原教授がコメントしている先月27日の産経新聞の記事を引用してみましょう。
(略)台湾の清華大栄誉講座教授、小笠原欣幸氏は「昨年1月の立法委員選の結果をリコールで覆すのはおかしいという疑問も、かなりの有権者の心の中にあった。国民党はそこを掘り起こして不同意票を積み上げた」と指摘した。
与党側の「国民党の立法委員が中国の代理人となり憲政を混乱させている」との主張は、特に若年層への広がりを欠いた。リコール推進派の活動は、14年のヒマワリ学生運動を主導した30代以上が担った。
だが、ヒマワリ世代より若い有権者は、中国への危機感よりも「若者の期待に応えない民進党」への批判が強い。若者の不満の受け皿となっている第2野党の台湾民衆党は今回、全力で国民党支援に回った。リコールが成功し「ねじれ議会」が解消されれば、自らのキャスチングボートを手放すことになるためだ。(略)
今回のリコールの最終的な狙いは、昨年1月の立法委員選挙と総統選挙で生じた「ねじれ」の解消と断じて差支えは無いでしょう。実際に、立法院では多数派となった藍系が割と好き放題な有様。一方、選ばれた立法委員もまた民意の結果なので、これをひっくり返すとなると相当の理由が必要です。立法院での行状は確かに微妙であるけれども、院のルールに基づいた手続きに則ってやられると、咎める決め手に欠けます。そこで出てくるのは、両記事にも出てくる「中国の代理人」「中国共産党の同調者」というパワーワードです。21世紀にもなって赤狩りみたいな話が出てくるとは思いもしませんでした。こういう動きは、より先鋭的に指弾されてしまうので、「立法院を正常化する」という大義名分が、いつの間にか「親中派議員を排除する」方に向かってしまうわけです。そしてすり替わった論点で成功しなかった場合、かえってカウンターを食らってしまうのが常道。例えばリコール後の30日の聯合報の社論では、「大規模罷免活動は、すべて敗北した。ここで示された新たな民意は、藍系議員は『親中売台』だという非難を認めないというものであり、頼総統の『抗中保台』路線を明確に否定するものだ」と、返す刀で頼政権を批判しています。小笠原教授も「抗中保台」の行き詰まりは指摘しているけれど、さすがに結果を拡大解釈しすぎじゃないかしらん。とか思っていたら、1日の聯合報の社論を見ると「もし、理性的な国民の『罷免への強い反対』を『国民党への支持』と解釈するのであれば、それはあまりに安易であり、情勢判断を誤っている」として、国民党に対しても楔を打っています。この週は、毎日この話を取り上げているので、慌ただしい日々でしたね。
それでは、緑系の自由時報の伝え方は、と考えて、「あの記事はもしかして……」となった記事がいくつかありました。いずれも20日に行われた日本の参議院選挙の結果を伝えた記事ですが、1つ目は20日夜に駐日特派員の林翠儀記者が書いた「自民党の親中派勢力が衰退 二階王国・森山王国とも立て続けに陥落」で、和歌山県選挙区と鹿児島県選挙区の両方で自民党公認候補が敗れたことを報じていました。確かに、どちらも衝撃があったものの、それは二人の問題というよりは自民党の凋落を象徴するような結果であったから。それを「親中派の衰退」と表現したことに、何だか違和感を覚えたのですね。
07/20「今回の自民党の大敗では代表的な『親中派』の二階元幹事長と森山幹事長が標的となり、彼らが推す候補者らが次々と落選した」森山さんが何もできなかったのはそうだけど、親中派はあんま関係ないと思うの。 / “自民黨親中派勢力衰退 二階王國、森山王國接連失守 – 國…” https://t.co/9XyPLFxwEZ
— やうち。 (@Yauchi) July 20, 2025
さらに、翌21日付けの林翠儀記者の記事も、読んでいて疑問符が浮かびました。この記事、出だしの「今回の参議院選挙で自民党は敗北し、抗中友台の保守派重鎮も数多く敗戦を喫した」あたりまでは良いのですが、続けて「保守層の票は新興小政党に流れ、自民党以外で多くの新鋭議員が誕生した。将来、日本政府が対中政策を策定する際、政権を監督する力を働かせるだろうし、新世代の抗中挺台の有望株になることだろう」と書かれると、さすがに「そんなわけないだろ、起きろ」と突っ込まざるを得ません。この記事、確かに候補者や当選者の小ネタはよく拾ってきていると思うのですが、何しろ出てくる面々というのが順に、平野雨龍、石平、百田尚樹、北村晴男、神谷宗幣、さや、梅村みずほという顔ぶれ。これは、「親台派になりそうな新人議員を見つけてきた」というよりは、「中国に対して威勢のいいことを言っていた人たちの紹介」と言った方がいいでしょう。挙句、
こうした日本政界の新鋭たちは、みな表立った場所で話題性のある人物というばかりではなく、数多くの非自民系の候補者で、今回の選挙で中国に対抗する主張を掲げている者たちだ。まるで、台湾の罷免運動のボランティアと同じようではないか。既存の政治の枠組みを離れ、あちこちに優秀な人材が生まれている。彼らは保守派あるいは若者、支持層の無い有権者の支持を得て、さらに彼らの主張が日本社会からも支持を受けたり重要視されるようになったことを体現している。
という、おいらも流石に引くような解釈と謎の期待感で〆ていました。
いくら自由時報と言えども、ちょっとこれは曲げて捉えすぎじゃないかしらん。林翠儀ェ……。 / “自民黨保守票外流 造就日本「抗中挺台」潛力股崛起 – 國際 – 自由時報電子報” https://t.co/nd6LJ9lO8G
— やうち。 (@Yauchi) July 21, 2025
いきなり何を言っているんだ、と思って困惑したのですが、今になって思うと、「日本の有権者も『抗中保台』の考え方で政治家を選んでいる」というお話を見せたかったのかな、と。今の日本の民意は、「親中派の国会議員が推す候補が、有権者に選ばれなかった」「中国に対抗するような物言いの候補者が票を伸ばし、当選する者も出た」「それは台湾の罷免運動と考えが共通している」なのだ、と。仮にそうだとすると、民進党が推し進める罷免運動の考えは、決して民進党の独りよがりなものではなく、東アジアの潮流なのだ。そんな読者への誘導が言外に込められていたのではないか、と邪推してしまうような、なんだか普段とちょっと違うへんてこな記事だったのですね。
いずれにしても、これはおかしかろうと言ったところで、罷免の成立はゼロという数字があるわけで。ありとあらゆる手を尽くしたにも関わらず、残酷な現実が見えてしまったことで、民進党はここからどうやって前に進んでいくんだろうね。小笠原教授は東洋経済オンラインの記事の最後でこう書いています。
台湾政治は以前からわかりにくいが、今後一段とわかりにくくなりそうだ。
台湾で大規模リコールが不成立となった背景とは? 民進党頼清徳政権に打撃で中国がほくそえむ展開に (東洋経済オンライン)
ようし、小笠原教授がわからないのなら(わかりにくいとしか言っていない)、おいらにわかるわけがないよね!