ぼーと・ざ・ぶろっく!

何度も書いていますが、台湾の政治や選挙に関するきちんとした話は、東京外国語大学の小笠原教授のサイトを見に行くこと。いいね。

と、保険をかけたところで、台湾の統一地方選挙、いわゆる「九合一選挙」に関するお話です。この選挙、11月26日の投票日に向けて台湾では何かと盛り上がっているのですが、日本のメディアにはあまり取り上げられません。ネトウヨさんとしては残念至極です。そんながっかりする空気に一石を投じたのが今月3日のニュースです。中央通訊社の日本語版が報じているので、まずはそちらを引用しましょう。

(嘉義中央社)26日投開票の南部・嘉義市長選に立候補していた無所属の黄紹聡氏(72)が2日、同市の嘉義キリスト教病院で死去した。黄氏は会計士で、長期にわたって廟(びょう)の運営に尽力。地目に関する問題を迅速に解決しなければならないなどとして立候補していた。

同市選挙委員会は、公職人員選挙罷免法第30条では、市長選立候補者が投票日前に死亡した場合、その地域の当該選挙を中止し、改めて実施することが定められているため、再度立候補の届け出や番号を決めるくじ引きなどの手続きを行う必要があるとしている。同市長選には黄氏を含む6人が立候補していた。(黄国芳/編集:齊藤啓介)

統一地方選/台湾・嘉義市長選候補者が死去 (中央通訊社)

驚いた点は2つあります。まず1つ目は、候補者が死亡した場合に、選挙の手続きそのものが再度行われる点です。今回の嘉義市長選は8月18日に公告され、翌週25日には立候補者の登録は8月29日から9月2日とされました。いつも思うんだけど、この辺の手続きはかなり早いよね。結果、9月2日までに現職の黄敏恵を含む6人が立候補の手続きを行いました。かつて台湾で最も長い名前として有名になり、4年前の市長選にも参戦した黄宏成台湾阿成世界偉人財神総統も名を連ねています。嘉義市選挙委員会がまとめた受付状況を見ると、名前欄が一人だけ密。そして、今回亡くなられた黄紹聡は最後の受付だったようです。台湾では比較的メジャーな姓とはいえ、それぞれ個性的な黄姓が3人も入っているのはちょっと印象的ですね。

さて、上の記事にもある公職人員選挙罷免法の規定を確認してみましょう。確かに同法第30条第1項は、選挙区選挙の立法委員ならびに直轄市、県および市の長の選挙で、候補者の登録を締め切ってから投票日の前日までに亡くなった場合には、選挙委員会はただちに当該選挙区の選挙を停止し、再選挙日程を定めることとされています。

じゃあ、日本はどうでしょうか。地方自治体の首長の選挙でこのような状態になったときは、公職選挙法の第86条の4第6項に定めがあります。基本的には選挙の延期はせず、都道府県知事または市長の選挙の場合は投票日の3日前まで、町村長の選挙の場合は2日前までに、候補者の届出ができるとされています。要するに、追加の立候補を認めることによって、有権者の選択肢を確保しよう、というわけです。基本的にと書いたのは、候補者の死亡等で候補者が1人になってしまった場合には、投票日が5日後に延期され、これまた3日前までに追加の立候補の届け出が可能になるため(同条第7項および第8項)。走り出したら止まらないというのは、なんというか日本らしいというか。

近年の日本で、この補充立候補が注目を集めたのは、2007年の長崎市長射殺事件でしょう。長崎市長選挙の選挙期間中に、4選を目指していた現職が銃撃されて亡くなるという痛ましい事件がありました。このとき、対立候補が3名いたことから投票日は延期されず、亡くなってから〆切まで40時間弱という短時間で補充立候補が受付けています。当時の久間防衛大臣が「投票日3日前を過ぎたら補充がきかず、共産党と一騎討ちだと共産党の候補者が当選することになる」と懸念して、「不謹慎だ」と指摘されましたが、まあ実際その可能性はあったよね。

なぜ、候補者が亡くなった時点で延期しないのか。この規定は自治体の首長の選挙を地方自治法で行っていた時代からありますが、昭和22年の地方自治法改正案の国会審議ではこのような説明がなされています。松澤(兼)というのは、日本社会党の松沢兼人。

○松澤(兼)委員:(略)この五日間といたしました理由は、第一回の質疑応答でもお尋ねがございまして、そのときも申し上げたわけでございますが、やはり選挙をしなければならない、すなわちそれがためには、自治団体の長あるいは議員というものが欠員になっておる状態であります。そういう執行機関または大切なる理事機関が欠員になっておるという状態というのは、理想からいえば、できるだけそういう不安定な状態というものは短かく終らしていきたいという気持が一つございます。それからまた、あまりにこの五日間という期日を長くいたしますと、費用の点におきましても、初めから立って残っておる候補者については、莫大な費用を結局出さざるを得ない状態にもなります。そこで不安定の状態、あるいは費用の関係、それらも考慮いたしまして、しかしかたがたできるだけ選挙といものは住民の意思が反映し、競争によつて当選することを妥当とする。こういう趣旨と、この両者をにらみ合わせて折衷いたしました結果、まず五日くらいが最も妥当であろう。こういうことで本案を提出したわけでございます。

第1回国会 衆議院 治安及び地方制度委員会 第27号 (国会会議録検索システム)

また、長崎市長射殺事件後の平成19年にも、総務省自治行政局の久元喜造選挙部長が国会で次のように答弁しています。

○久元政府参考人:現行の補充立候補できる期間の定めにつきましては、今まさに大串議員が御指摘になりましたような制度になっているわけですけれども、この基本的な考え方は、補充立候補の事由が発生した場合に、補充立候補の期間をできるだけ確保しようという趣旨が一方でございます。もう一つは、補充立候補者が新しく加わってくるわけですけれども、この加わった上での選挙運動期間を確保しよう。こういう二つの要請をできるだけ調和させよう。こういうような趣旨で設けられてきているのではないかというふうに考えております(略)

第166回国会 衆議院 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 第5号 (国会会議録検索システム)

つまり、無投票会回避のための5日間延期は、「なるべく選挙を行って、投票で選ぼう」という観点と「なるべく早めに選挙を行って、政治的空白を無くそう」という観点が折り合ったもので、複数の候補者が残っていて選挙が確定している場合には、前者の憂いがないので後者の観点を採用して投票日は動かさない、と。また、補充立候補が3日前までなのは、投票日を動かさない前提の中で、受付期間と選挙期間との調整の産物というわけです。

しかし、日本では期日前投票という制度が後から加わっています。「票を投じた相手が亡くなる」「票を投じた後に候補者が補充される」というのは、期日前投票をする有権者にとって想定できるものではないですし、それを有権者に危険負担させるのであれば期日前投票という制度が使われなくなってしまう虞もあります。そういう意味でいくと、候補者の一人が亡くなった時点で、ほかに候補者がいた場合であっても、選挙そのものを延期するという台湾の制度は、有権者に沿ったものだなあと思うのでした。さきの平成19年の国会審議では、久元部長が

○久元政府参考人:この点につきましては、長の選挙の場合に、候補者が死亡したときは、候補者が一人にならない場合であっても選挙期日を延期することができないか、こういう御指摘があるわけであります。この投票日の延期ということでありますが、一つは、投票所、開票所の場所や人員の確保ということを極めて短期間のうちに行うことができるかといったような管理執行上の課題もありますし、逆に候補者サイドからいいますと、選挙運動期間が当初予定していたよりも長期化することについての負担がふえるということもあるわけですから、その辺の兼ね合いをどうするのかといったようなことが現時点で考えられる問題点かなというふうに考えております。

第166回国会 衆議院 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 第5号 (国会会議録検索システム)

と、投開票所の都合や候補者の負担といった問題点を指摘しています。もちろん、それは問題の一つではあると思うのだけど、民主主義の根幹たる選挙制度なのだから、台湾のように再選挙とすることをためらう理由にはならないんじゃないかなあ。

あれ? 「驚いた点」の2つ目は? 実は、亡くなった黄紹聡の写真がどう見ても72歳に見えない、というしょうもない話をさらに展開しようと考えていたのですが、書くのに時間がかかってしまい、このままでは九合一の当日を迎えてしまったので、この辺で。