射落された鴉のような姿をも。

かつて、大正昭和の文豪は

おれのようなやくざな人間の死も死にあたいするであろうか。おれの投身はきっと群衆を駆り集めることはできるであろう。今まで平和でいたひとびとの表情をしばらくは掻き乱すことはできるであろう。しかし次の瞬間には、ただ何事もなく、波紋のおさまるように人人は又平気で、先刻に考えていたことを更に考えつなぎ、愉楽するものはその方へ急いでゆくであろう。そこにおれは何の値せられるものがないのだ

幻影の都市 (青空文庫)

と書いていましたが、さて実際のところはどうなんでしょ。

という書き出しでピンと来た人がいたら大したものです。というか、おいらの引き出しの少なさが露呈するだけですね。およそ2年前に「ある女性作家の死まで。」で取り上げた台湾の女性作家のお話です。別に3回忌というわけではないし、おいらもあまり気乗りしない話題ではあったのですが、このところの日本国内の別の事件事故を見ていると、触れておいた方がいいかなと思ったので、あえて書きたいと思います。

前回のエントリでは、亡くなった女性作家の両親が「自殺の遠因は、数年前に塾講師からなされた性的被害だ」と公表したことをかなり否定的に書きました。そういえば、同年後半に世界を席巻した「Me Too」の走りだったと言えるかもしれません。繰り返しになるけれど、性犯罪を肯定するつもりはないです。遺族が断定的に「自殺の理由」を明かすという行為にドン引きしたのです。

さて、じゃあ今回は何にドン引きしたかという話の前に、まずは2年前のエントリ以降に起きたことをざっくり時系列で。あ、今回も基本的に亡くなった作家さんの名前は出しませんし、自殺の遠因になったとされる講師の名前も出しません。あしからず。

主なものを中央社の記事から拾い上げていきましょう。2017年5月6日の中央通訊社の記事によれば、亡くなった女性作家の両親が「娘は生前、他に3人の子が同じような被害を受けていた、と言っていた」と声明を発表。件の本の記述と全く同じ状況ではないものの、一部は似た点があるとのこと。一方、講師も同月9日についに沈黙を破りました。台南地方検察署に対し説明をしたうえで、塾を通じて声明を発表します。同月10日の中央通訊社の記事に声明が載っていますが、その中で、彼は作品の登場人物の名前を引き「私は李国華ではない」と全否定。もっとも、これは出版記念の座談会で彼女が言った「私は、本当に(主人公の)房思琪ではないんです」という回答をトレースしているようにも見えます。そういう余計な小ネタを挟まなきゃいいのに。さらに、彼女のこの言葉を踏まえ、「小説はフィクションの手法を用いており、自伝ではない。私は創作者を尊重し、コメントは控えたい」と半ば挑発的な点も。一方で、「2か月ほど交際していたが、彼女の両親の知るところとなり、別れさせられた」と微妙な告白もあったため、割と火に油な感じもあります。同じ記事には、本件の急先鋒でもある民進党の立法委員の林俊憲がFacebookで「絶対にやめない! 絶対に見逃すわけにはいかない!」とブチ切れたことも書かれています。また、この声明では、加熱する報道に対し、家族や友人、業界の人々を巻き込まないでほしいと訴えていましたが、同じ10日の中央通訊社の記事では、この講師の娘がモデルとして所属する事務所が、ネット上で言われている「この講師が立ち上げた事務所」という点はデマである、と打ち消したうえで、電凸の被害に遭っていることを公表したことが書かれています。日本でもこういうのありましたね。しかし、オンラインもオフラインも動きは止まらず、翌6月20日の中央通訊社の記事では講師の娘が、また同月25日の中央通訊社の記事では、「別の出版社で、高い評価を受けたにもかかわらず、裏切られたことがある」という台湾のネットメディア「報導者」の記事から「その出版社では?」とネット上で糾弾された出版社の社長が、それぞれ自殺未遂に至ったことが報じられています。なお、同月26日の中央通訊社の記事によれば、「報道者」側が「(一方の主張だけを掲載したことについて)公平な報道という点が欠けていた」として謝罪しています。

そして、時期は前後しますが、5月9日には小説の出版社がFacebookで声明を発表。死後に「自殺の原因は講師だ」という両親の声明を出した出版社です。同月9日の中央通訊社の記事にFacebookの全文が転載されていますが、いわく「出版社として両親の声明を出したことについて、社内でも連日にわたって議論と検討を重ねた結果、やはり落ち度があったので、謝罪と釈明をしたい」とのこと。えええええ。

 自4/28以來,對於各方的關心,我們有些話想說。尤其是以出版社身分代轉奕含父母聲明一事,經過社內連日的辯論與檢討,是認確有疏失,需要公開道歉與交待。 首先報告當時的處理經過。4/28的凌晨至上午,我們都與奕含親友持續聯繫著,同時也不…

游擊文化さんの投稿 2017年5月8日月曜日

事態が急展開したのは同年8月22日。台南地検署は「具体的な犯罪の証拠が無かった」として、講師を不起訴とします。8月22日の中央通訊社の記事によれば、女性作家の同級生の証言や講師との電話の記録を見ると、初めて会ったのは16歳以降であったこと、初めて男女関係を持った時には既に教師の生徒という関係になかったこと、カウンセリングの記録を見ても強制されたとは読み取れないことなどを検察官が記者会見で説明しています。当事者の片方がいないとはいえ表面的な感じは否めないし、カウンセリングの記録ってそこまで出していいのかなっていう気もしますが、とにもかくにも終幕を迎えました。

ってなるはずがなくて、例えば同月22日の中央通訊社の記事によれば、台湾の女性団体である婦女新知基金会は、台湾には性別平等教育法があるにも関わらず保守系団体の圧力によって中身が伴っていないという指摘をしたうえで、彼女の作品を高校生の教材にしようと訴えました。また、元検察官で弁護士の楊智綸は同日の中央通訊社の記事で、精神疾患と過去の性的な被害および自殺との因果関係を明確にするのは困難ではあるけれども、としたうえで、過去の性的被害が長期にわたって精神的な悪影響として累積し、自殺に至ったということを、検察が考慮しようとしていない、と指摘しています。さらに同日の中央通訊社の記事によれば、当時の台南市長である頼清徳は、この性的被害から自殺までの流れを事実だとしたうえで、法的な制裁はなくとも良心の呵責からは逃れられないし、因果応報となるだろうとコメントしています。え、いや、うん、おう。

こうした反発もあってか、当初は翌23日に予定されていた講師の記者会見が当日になって中止となり、23日の中央通訊社の記事によれば、代わりに弁護士を経由してコメントが出されています。いわく、自らの道徳的な過ちについて、女性作家の家族、自分の家族、講師だった頃の同僚、社会の人々に改めて謝罪するとともに、メディアに対しては女性作家および自分の家族が平穏を取り戻せるよう求めています。

その要請が功を奏したというわけではないでしょうが、2017年の後半以降はニュースにもほとんど登場しなくなります。暮れに行われた一年の振り返りで、Yahoo奇摩が行った「話題となった人物」のネットアンケートで、女性作家が1位になったことが同年12月1日の中央通訊社の記事に出たことや、Openbook好書奨で中国語作品賞に選ばれたことが同月2日の中央通訊社の記事で報じられたこと、同月21日の中央通訊社の記事にも出ているとおり博客來で年間売上トップだったことあたりで再び名前が出て来ているあたりでしょうか。

事態が大きく動いたのは、女性作家が世を去って間もなく2年になろうかという、今年4月の頭です。はい、こっからが本題でっす。もう疲れたからあまり書かないけれど。

4月5日、中国のSNSである微博で、「あの講師が、名前を変えて福建省福州市の学校で教えている」と、その学校の微博などから引いた画像とともに投稿されました。それにしても、そこまで書いておきながら、「公のもとに裁きたいわけではなく、誰かの地位や名誉を失わせたいわけでもない。ただ、第二の房思琪を防ぎたいだけだ」というのは、ちょっと余計な予防線の張り方ですよね。

ポストした主の予測を超えたかどうかはわかりませんが、末尾にあった拡散希望のお望み通り、瞬く間に微博で拡散し、中華圏のニュースサイトに飛び火します。同じ5日のNOWnewsでは、学校側の微博を引用し、教師の交流に伴うオンライン上の講義であり、また正式な契約をした講師ではないとの釈明を載せています。さらに同月6日の中央通訊社の記事では、2年前の顛末まで含めて経過を列挙。何もそこまで蒸し返さなくても。しかも、同月8日の中央通訊社の記事によれば、福州市の教育局による調査チームの要求を受け、オンライン講義はあえなく閉鎖されたとか。ふええ。

おいらは、決して講師の男性を擁護する気はないのです。2年前の記事でも、

彼女のような境遇の者が二度と出ないように、また境遇と結びつくかはさておき彼女のように自ら命を絶つような者が出ないように、何よりここまで大きな話になってしまった彼女自身に平穏が訪れるように、そう願わずにはいられません。

ある女性作家の死まで。 (やうちさん、ニュースだよ!)

などと、この微博と似たようなことも書いていますしね。でも、この微博の「第二の房思琪を防ぎたいだけ」というのは、「燃料は投下した、さあ炎上させたまえ」と思いをごまかすためのものにしか見えません。上に書いた検察の不起訴の理由も微妙だなあとは思っていますが、だからといって、起訴に至らなかった過去の事実に絡めて、その人物の現状を晒すという行為に大きな悪意を覚えます。ましてや、その悪意を覆うように、かかる行為に正義があるがごとく振舞うことにドン引きです。なんだかなあ。

翻って日本国内を見ても、春先から似たような出来事がありました。世の動きが自分たちの考える正義とやらと異なっていたとしても、その意味を考えることなく騒ぐことが、ましてや個人をつつくことが正しいと言えるのかしらん。社会的制裁と言えば聞こえはいいけれど、罪は事実に依って認められるべきだし、罪は法に依って罰せられるべきなのです。よく「既に社会的制裁を受けている」として罪が減らされることがありますが、おいらは、あれって社会的制裁を助長しているような気がしてなりません。周りの熱に乗じて拳を振り下ろした側は、やがて忘れていくのが常ですが、今回の微博のように2年たって再び熱を帯びていったのを見ると、恐ろしさを禁じ得ません。水底に棄てられ沈められた諸々のものが浮かび上がるときって、往々にして「詳しいことは忘れたけれど、また叩かれても仕方ない」ってなっちゃうんだもの。

蔡英文の「安保対話」発言をめぐる場外乱闘。

ちょっと日が経ってしまいましたが、今月上旬の蔡英文・総統のインタビュー記事をめぐる騒動、というかその後をめぐる騒動について、やはり触れておきたいと思います。

くだんのインタビューは、2月28日に総統府で行われた産経新聞による単独取材で、今月2日に大きく報じられました。さらに同日にはTwitterでも蔡英文が日英両言語で概要をポストしています。中央通訊社日本語版の記事が、「骨子」という形でも触れているのでそちらも紹介。

台湾の蔡英文総統は1日までに台北市内の総統府で、産経新聞の単独取材に応じた。蔡氏は強まる中国からの脅威を念頭に、安全保障問題やサイバー攻撃に関して日本政府と対話したいとの意向を表明した。対話形式は「日本の考え方を尊重する」としつつも中国軍の動向に関する即時情報の共有も含め、日本との安全保障協力に強い意欲を示した。

蔡英文総統、日本に安保対話要請 本紙インタビューで初明言 (産経新聞)

与党関係者によると、蔡総統の発言は主に4つの骨子に基づく。一つ目は中米貿易摩擦や中国の民主主義陣営への干渉など国際社会の関心が集まる問題。中国の圧力をどの国・地域よりも先に受ける台湾のさまざまな努力を世界に伝える。

二つ目は、世界における台湾の地政学的、経済的、民主主義的な価値のアピール。三つ目は日本やその他の東アジア、東南アジア諸国に対する協力の呼び掛け。同じく中国の軍事的な脅威を受ける国同士という立場から、インターネットや偽情報、防疫対策などでの連携強化を促す。四つ目は北朝鮮問題。国際社会と歩調を合わせて地域の平和と安定に尽力する台湾の姿勢を示す。

台湾の状況を知ってほしい 蔡総統、海外メディアを通じて情報発信 (中央通訊社)

っていうか、2月28日に取材したのかよ、というのが最初にびっくりした点ですが、総統府のサイトにあがっている一問一答形式の記事を見ると、産経新聞側も冒頭で、二二八事件の72周年にあたる日に取材を受けてくれたことへの感謝や、犠牲となった人々への哀悼の意を表しています。いや、そうだよね。いくらなんでもそれ無しはまずいよね。

総統府の記事を見ると、安倍首相の在任中に、台湾へ多くの支持があり、また台湾に対して非常に友好的だった、と謝意を述べたうえで、「経済的な分野にとどまらず、安全保障の分野における対話でももう一歩進めたい」と語っています。

と、ここまでは産経新聞の記事を読めば分かるのですが、今回のお話はその後のことでっす。

2日の産経の記事が出るや否や、台湾の各メディアも様々な論評していましたが、台湾以外で素早く反応したのがご存じ中国の環球時報。その日の午前中のうちに、「日本を巻き込んで解放軍に対抗? 台湾のネットユーザからは『間抜け』と猛烈な蔡英文批判」という記事が出ています。「台湾の中時電子報によれば」という点も含め、昨今のテンプレ通りですね。さらに、3日には中国時報や聯合晩報の記事を引用する形で、選挙のためのパフォーマンスではないかという立法委員の発言や、台湾にとって百害あって一利無しという報道を載せています

環球時報が独自の方向に向かい始めたのは4日になってから。崔明軒記者らによる記事では、それまで「日本のメディア」と書いていたインタビュー相手について、「日本の右翼メディアである『産経新聞』」という書き出しでギアを上げてきました。そうこなくちゃいけない。さらに、自分たちで日本の記事を検索したところ、一部の小規模メディアが転載しているほかは、日本の主流メディアは追跡取材をしていない、など、蔡英文が狙った「国際的なアピール」が果たせていないことをさらっと指摘しています。また、同じ4日の別の記事では、共同通信の客員論説委員である岡田充からもコメントを取っており、李克強・首相が訪日し、逆に安倍首相が訪中した昨年の日中関係改善の流れを踏まえると、安倍首相個人がどう思うかはさておき、国として蔡英文の「対話」の訴えに応じる可能性は極めて低いのではないか、という珍しくまっとうなご意見。

同じ4日、環球時報は日本の外務省の国際報道官室から、直接対話について「考えていない(不考慮)」という回答が記者あてにあったとスクープします。いわく、日本政府は台湾当局と安全保障の領域において対話を進めることは考えていない。日本は、1972年の「日中共同声明」における基本的な立場を堅持し、台湾との関係は非政府間の実務的な関係とし、その関係を維持していくことについて何ら変更はない、というもの。このニュースは台湾にも伝わり、午後には中国時報の駐日特派員である黄菁菁が国際報導官室に確認し、環球時報の報道に誤りが無かったと報じています。この「考えていない(不考慮)」発言が今回のお話のキモでっす。

さて、困ったのは台湾の緑陣営です。高いレベルで梯子をかけようとしたら、なんだか低い位置から拒否されたわけですから。環球時報の報道について、4日のうちにさらりと伝えたものの、5日になってから反撃が始まります。まずは、林翠儀・特派員が謝長廷・駐日代表を幕張メッセで捕まえます。食品・飲料専門展示会の「FOODEX JAPAN 2019」に台湾館が出展するので、そのオープニングセレモニーに出席していたのですが、いくら政界の重鎮で訪中経験もあるとはいえ、謝長廷にコメントさせるのかよ。謝長廷が注目したのは、環球時報の「外務省から単独で回答」や聯合報の「外務省の関係者」といった情報源についてです。誰がコメントしたのか、その者に外務省を代表する資格があるのか、どういったクラスの者か、といった点が定かでなければ、雲を掴むような話でしか無いとやんわり苦言。ソースが大事というのは、昨年の関空の騒動も念頭にあってのことと思いますが、メディアからの質問を外務省の一部署が対応するというのは、珍しくないことだと思うので、ちょっとこれは苦しいような。ちなみに、この記事で注目すべきは、「外務省によれば」という記事に外務大臣の写真を差し込むことで箔を付けようとした中国時報だが、その写真は岸田・前外相だった、っていうツッコミですね。

さらに6日には、「不考慮」はフェイクニュースではないかというPTTでの議論を紹介。「不考慮」のソースが環球時報であること、日本のメディアが続報を伝えていないこと、中国の官製メディアが報じ、それを他の媒体が引用し、さらに中国の官製メディアが引くというのは定石であること、などなど。うーん、ネットの議論で書いちゃっていいのかな。

また、中央研究院の林泉忠・近代史副研究員のFacebookのポストを引く形で、外務省の回答を分析するという補強を図ります。林泉忠によれば、外務省のいわゆる「考えていない」は、「不考慮」ではなく「没有在考慮」と訳すべし、とのこと。え、なにそれ、逆に分からなくなってきた。自由時報いわく、「没在考慮」には「そのことについて考え始める可能性はあるが、考えるところまでは到らない」という意味で、「不考慮」には「そのことは知っているが、そのような考えをしたことはない」ということで意味合いが違うというわけ。なるほどわからん。でも、外務省の発する「考えていない」という日本語は、前者だと思うの。なお、日本のメディアで言えば、このタイミングに至って、サーチナが環球時報の「考えていない」回答を報じていますが、確かに主要メディアに波及した感じはありませんね。うーん、このタイミングで産経新聞あたりが場外乱闘に加わってほしかったのですが、流石に今回は迂闊な行動はとれないと判断したのかしらん。

こうした流れに対し台湾の外交部は、5日7日の記者会見で、既に日本側からの連絡があったものの、その内容については外交上のものなので差し控えることとしたうえで、日台は良好なやり取りを続けており、日本側の姿勢も明確であると述べています。実にふにゃふにゃっとした見解ですね。また謝長廷が、退役した上層部の軍人が中国に行って情報を漏らしているかもしれないことが、日本側を不安にさせているのではないか、という点については論評を控えています。そりゃそうね。

一方、「外務省の回答というのは、フェイクニュースではないか」という点に猛反発したのが火元の環球時報です。7日夜の記事では、外務省に取材した際の手続きを事細かく述べたうえで、「電話を受けた際に名乗るのが礼儀なので、我々は対応した外務省の職員の名前も知っているが、彼らは規則上『外務省』の名義で対外的に回答することにしているのだから、我々も職員の名前を公表していらぬ混乱を新たに起こさないようにしている」「録音もしているけれど、同様に公開するつもりはない」と、外務省を巻き込む準備があるようにも読める、これはこれで嫌な余談を書いています。また、この文脈で「考えていない」の意味に大きな違いがあるだろうか、という疑問も呈していますね。

この記事で特筆すべきは、外務省からの回答の日本語原文を載せているところですね。以下、引用でっす。

日本政府として台湾当局と安全保障分野における対話を行うことは考えていない。日本の台湾に関する基本的立場は1972年の「日中共同声明」の通り、台湾との関係を非政府間の実務関係として、維持していくことで一貫しており、何ら変更はない。

あえて『環球時報』の気分を逆なでするのか? 台湾当局に対する恥辱の教訓 (環球時報)

これはすごく本物っぽい言い方だなあというのが率直な感想。そして後で書く河野大臣の会見での台詞とも一致しますね。「環球時報に乗せられた」と批判を受けた中国時報は、「外務省には裏取りしてるんだけど」という記事を7日朝に出していますが、同じ日の夜に出たこの環球時報の反論に乗じ、9日の記事で自由時報や謝長廷を批判しています。

さて、この外野に燃え広がった状態で迎えたのが日本の外務大臣定例会見です。8日の閣議後に開かれた会見では、

【産経新聞 力武記者】台湾の蔡英文(さい・えいぶん)総統が,今月2日付けで掲載されたものですけれども,中国の脅威を念頭に,東アジアに位置する台湾と日本は同じ脅威に直面していると。その上で安全保障協力の対話のレベルを上げることが非常に重要だということで,安全保障分野とサイバー分野で日本政府と直接対話をしたいということを求めています。これについては,その後,台湾の外交部も台湾当局として正式な立場だということを表明しています。このような台湾側からの呼びかけについて,日本政府としてというか,大臣として,どのように受け止めるかご所見をお願いします。

【河野外務大臣】日本と台湾との関係は,非政府間の実務関係を維持していくというので一貫しておりまして,この立場に基づいて適切に対応してまいりたいと思います。

河野外務大臣会見記録(平成31年3月8日16時37分) (外務省)

と回答しており、環球時報が公開した取材回答の後半とほぼ一致していますね。というか、従前のスタンスの踏襲だから同じで当たり前なんだけど、用語の使い方を見ても、この部分の回答はあったと見ていいでしょう。ただし、この河野大臣のように「質問に答えない回答」というのは霞が関の常である中で、一歩踏み込んで蔡英文のメンツを潰すような前半の回答をあえてしたのか、まして環球時報に対してしたのか、という点は、けっこう微妙だなと思っています。仮に蔡英文の提案に乗り気だったとしても、「対話を行うことを考えている」なんてあえて言う必要がないから言うわけがないし(水面下でやればいいだけで)、全く乗り気でないとしても「対話を行う考えはない」と言うのは、今の半島情勢が十二分にめんどくさい中で台湾海峡問題を複雑にするだけでなんら役に立たないのでこれもまた言う必要がない。中途半端に「今のところ考えていない」なんて言おうものなら、「将来、どういう条件が揃ったら考えるのか」みたいな新たなツッコミどころを与えるだけだしね。つまり、蔡英文が切ったカードに対し、日本が何かを場に出す段階じゃないはずなのれす。にもかかわらず環球時報がこれだけ強気なところを見ると、うーん、言ったのかなあ。

さて、再び窮地に追い込まれた感じの緑系ですが、8日の河野大臣の回答を前向きに捉えます。同日にあった菅官房長官の会見の内容も踏まえ、8日の自由時報は「官房長官も外相も、『考えていない』という言葉は使わなかった。国際報道官室の回答は過去のものとなり、今日の大臣の回答がベースとなる」と拾っています。さらにこの記事を書いた林翠儀・記者は、翌9日の記事で、そのテンプレ回答もまた日本の善意が見て取れる、と解説しています。そうなのかな。「従前のスタンスのまま変わらず」って、実質的に蔡英文の提案にゼロ回答なんだけど。事務方で進めていくような話でもないような気がするんですが、どこかで善意とやらを汲み取ってくれたのかしらん。ちなみに、謝長廷も13日に行われた記者会見でこの河野大臣会見に触れ、「考えていない」という言葉は使われなかったという点で幕引きをはかっています。

結果としては、「大人の対応」と「空気を読む」で着地したような感じになりましたが、けっこう考えさせられる出来事だったように思います。環球時報しか報じていないから、といって安易に切り捨ててしまうことや、それを切り捨てるために都合よく論理を組み立てることの危険性ですね。それでなお恐ろしいのは、一周回って、でも本当のところはやっぱりどうなんだろうと不安に思ってしまうところに、両岸の媒体の奥深さがあるように思います。

名は千載の後までも。

先週11日、自由時報の副刊に気になる記事があったので、今回はそのお話。
日本の童謡が教えてくれる私たちのこと」というこの記事、「中正紀念堂は、台湾の民主主義が発展する過程において、移行すべきだ」とか、「故宮の台湾化も歴史が進んでいく中で必然のことだ」などと、のっけから自由時報らしい始まり方をします。もしかして、これはタイトル詐欺か、と思っていたら、「かつて日本の植民地であったことも台湾の歴史の一部分だ」などと進むので、いよいよ不安な展開に。すると、いきなり「最も面白い例として、この年末年始にネットユーザの間で広まったのが、初音ミクの歌う『台湾周遊唱歌』の中国語字幕付きバージョンだ」と、予想外の初音さん。記事の中で「YouTube上で広まった」とあるので、おそらくこちらの動画のことかと。

ちなみに、中文の字幕が入る前のものは、おそらくニコニコ動画のこちらが初出のはず。

ニコニコ動画版から5年半、YouTubeの中文字幕版から3年近くたってから、というのは何やら不思議な感じがしますね。ニコニコ動画版の投稿者コメントにもあるとおり、今から100年以上前の1910年(明治43年)に出来た曲で、歌詞は90番まであります。初音さんも23分間歌いっぱなしです。

明治期のこういう紀行ネタ的な歌と言えば、鉄道唱歌が思い出されます。名前のせいと、「汽笛一声新橋を」という有名すぎる第一集の歌い出しのせいで、鉄分が高めな歌という印象がありますが、どちらかと言えば沿線の風景や名所を盛り込んだ歌詞なので、どちらかと言えば「地理」的な内容です。

この台湾周遊唱歌も、時の台湾総督府が歌の学習のために作った(というか作らせた)ものですが、台湾の旧跡や名勝を織り込んだ内容で、4番で基隆港に上陸したあと、反時計回りで台湾を一周します。ただし、当時は西海岸の交通が発展していたこともあり、80番でようやく恒春に到達し、東海岸は海路で北上するような駆け足ぶりです。このあたりにも時代を感じますね。

さて、記事ではこれらの歌詞について、「最初は、当時の日本の帝国主義に満ちた地理を洗脳する童謡かと思ったが、台湾の歴史と産業の特色が詳しく、そして平易に紹介されているとネットで好評を博した」と高評価。いいのかな。1番でいきなり「我が日の本の新領土」とか出てくるし、78番では牡丹社事件も描かれるなど、けっこう微妙な線を行っているんだけど。

また、初音ミクが歌っていることもあって、「初音ミクといっしょに訪ねる台湾」だとするネットユーザの声や、自分に関係のある部分を切り出して「初音ミクといっしょに訪ねる台南」と編集した人も取り上げてますね。記事では「この歌を通して、まだ知らない台湾を発見してみては?」と前向きに締めくくってます。

あまりに好意的に取り上げているので、なんだかかえって違和感すら覚えます。この記事を書いた凌美雪という記者さんはどういう人なんだろう。

と思ってぐぐったら、なんかいきなり魔法少女が出てきてますます混乱しました。どういうことなの。魔法少女が初音さんを紹介していたとか、自由時報始まりすぎだろ。(混乱)

どうやら、2008年に中国で制作されたドラマ・アニメ『巴拉拉小魔仙』の登場人物が同じ名前のようです。恥ずかしながら、この作品は知らなかったなあ。主人公の姉妹のうち、15歳の姉が凌美琪、14歳の凌美雪が妹という設定。なるほど。初音さんは2007年に世に出ているし、16歳なので、あらゆる面で彼女たちより先輩ってことですね。(錯乱)

意外なニュース記事から、意外な知識にたどり着いてしまいました。いやはや、あの歌を通して、まだ知らない情報を発見してしまうとは。